第十二話 キネマトグラフは二人きりで
そうして、あっという間に日曜日になった。
何も知らない喜久子からは止められることもなく、堂々と出かけることができた。
実際にはここに、男が二人合流するとは夢にも思ってもいないだろう。
「やっぱり紺色のワンピース、千里ちゃんに良く似合うわねぇ」
「私のことはいいから姉さんも洋服を買ったらいいじゃない。いつも同じ服ばっかり着て、みっともないわよ」
「そうね、ありがとう」
有紗たっての希望で、先日話題に上ったワンピースを身につけていた。
紺の布地にくるみボタンが可愛らしく、裾のレースが華やかさも付け足してくれる。
今どきの女学生らしい洋装ではあるが、対照的に有紗はいつもの着物のままだった。
本人は満足そうだが、これでは姉妹ではなく女中を連れ歩く娘にしか見えなくなってしまう。
(姉さんの方が美人なんだから、お洒落して欲しかったのにな……)
せめて花の髪飾りでもあればと思って有紗に視線をやれば、有紗はいつものように微笑むだけだった。
「ねぇ、九朗さんとはどこで知り合ったの?」
「な、なんで急に」
「今日、これからあのお二人がいらっしゃるのでしょう? 千里ちゃんのお邪魔はしないから大丈夫よ。喜久子さんにも、お父様にも言わないわ」
やはり見抜かれていたようだ。
しかし、有紗はどうやら千里が九朗と出かけたいがために口実として連れ出されたと思っているらしい。
「九朗さんとは……姉さんが思うような、そんな仲じゃないわよ」
恋仲だなんて勘違いされては困ると、千里はきっぱり否定しようとする。
「千里ちゃんの仲良しさんなら、きっと良い人だって分かっているわ。向こうも学生さんでしょう?」
「そう。帝大生」
「まあ、それは凄いわね。そんな方と外国文学について語り合うなんて、とても素敵ね」
「別に……」
「千里ちゃんは私と違って賢いから、もっとたくさん本を読むといいわ。今度、早瀬さんにも聞いてみようかしら。早瀬さん、仏語辞典を持っていらっしゃるようだから、何冊か貸していただけるかも」
「早瀬さんには言わなくていいから! もう、恥ずかしいから誰にも言わないで!」
突然、憧れの人の名前を出されて、千里は思わず大声で反応してしまう。
亨には知られたくない、というより、実際には外国文学なんて一文字も触れていないのだからそれは困る。
「早瀬さんって誰のこと?」
「九朗さん……!」
間が悪いことに九朗が京矢を連れて現れた。
しっかり聞かれてしまったようで、なんでもないと無理やり誤魔化す。
「こんにちは、千里さんにお姉さん。先日はどうも」
にこやかな九朗に対して、京矢はあからさまに有紗だけを見ている。
照れているのか恥ずかしそうに挨拶だけして、それ以降は黙ったままだ。
こうしてはいられないと千里は有紗から離れる。
「私、一番いい席じゃなきゃ嫌だから! 早くしてよ、九朗さん」
「はいはい、任せて」
千里の意図を察してくれたのか、九朗はすぐに千里の横を歩いて二人を置いていく。
「おっ、おい!」
「僕はお嬢様の案内しなきゃだから、そっちはお二人で楽しんで!」
「待て貴様! おい、九朗!」
残された京矢と有紗はお互い顔を見合わせて、気まずそうだ。
「ええと、その……」
「あらまあ……」
千里と九朗は柱の影に隠れると二人の様子をうかがう。
幸いにも休日のため人で賑わっているおかげで、すぐに紛れることができた。
「すみません、あいつはいつも人の話を聞かない奴でして……」
「ふふ、二人は本当に仲良しさんなんですね」
それから、少しの間沈黙が続いたあと、京矢が思い切ったように口を開く。
「その……私で良ければ……一緒に、どうですか」
よほど照れているのか、京矢は頬どころか耳まで真っ赤になっていた。
九朗といる時とはまるで違い、すっかり初々しい青年になっている。
有紗は少し驚いてから頷いた。
「ええ。千里ちゃんたちのお邪魔はできませんものね。お付き合いしてくださるかしら」
「は、はい」
有紗に微笑まれ、京矢は恥ずかしそうに視線を下に向ける。
それから二人は劇場の入口に向かって歩いていく。
二人の間には微妙な距離が空いているが、まずまずの始まりだろう。
「佐倉さんったら、なんて分かりやすい人なのかしら」
「後は二人がどれだけ親密になれるかだね。頼むよ京矢、奥手なだけじゃ愛は掴めないぞ」
二人の姿を見送りながら、やれやれとため息をつく。
京矢がすっかり有紗に惚れているのは一目瞭然だが、有紗は継母がどんなに意地悪をしてもまるで気が付かない鈍感だ。一筋縄ではいかない相手だろう。
「私たちもそろそろ行きましょ」
今日の目的は有紗と京矢を二人きりにさせて様子を観察することだ。
できるだけ二人の様子をうかがいつつ、見つからないように動かなければ。
「ねぇ。今日の服、千里さんにすごく似合ってるよ」
「あ……ありがとう」
いきなり九朗に言われて千里は少し面食らう。
「華やかだけど品があって、千里さんらしい装いだ。今日は、僕のためにお洒落してくれたって思ってもいいのかな?」
「なっ……! 別に、九朗さんのためなんかじゃないわよ! 姉さんが着てって言うから、そうしただけ」
「そうか。じゃあ次は、僕のために着飾ってもらえるように頑張らないとだね」
「なによそれ」
ツンと顔を背けながら、千里は劇場の入口に歩いていく。
どうやら九朗は千里とのデートもしっかり楽しむつもりで来たらしい。
九朗は平然と歯の浮くような台詞を言ってのけるというのに、京矢はどうしてああなのか。
先が思いやられる気がしないでもないが、作戦は始まったばかりだ。
(お願いだから、少しは姉さんと仲良くなってよ……!)
千里の祈りは果たして二人に届くのか。
とにもかくにも、二人きりの映画鑑賞の始まりである。




