後日談 2 (ジョイル視点)
後日談 2(ジョイル視点)
「おい、グズ! 何ぼさっとしてんだ!」
「す、すみません!!」
ベルワーテ侯爵領の北西に位置する炭鉱。
ジョイルは泥まみれになりながら、採掘の際に出た泥や砂利を一輪車に載せて搬出していた。しかし、上手く均衡を保つことができず、何度も泥や砂利を通路にぶちまけてしまっていたのだ。
仕事のできないジョイルを、髪を短く刈り上げた筋肉隆々な男性が怒鳴る。
他の者は筋肉も付いており、長期間に亘って従事していることもあって円滑に搬出している。
今も、ジョイルが罵声を浴びせられている脇を何人も通り、一輪車で泥や砂利を搬出。空になった一輪車を再び採掘している地点まで押していた。
同僚が何人も横を通る度に、ジョイルは自分を情けなく感じていた。
カンカンカンカン!!
昼食の時間になり、愚痴を言ったり、泥の付いた顔を拭いながら皆、食堂へと移動する。
そこでは炭鉱で働いている者のために食堂が設けられており、料理が無償で提供されるのだ。
ジョイルも当然その恩恵を受けることができるのだが、他の者よりも量は少なかった。
理由は単純、満足に仕事もできないからだ。
彼は今まで、ベルワーテ侯爵家の跡継ぎとして勉強に励み、実家を追い出された後も絵を描いていただけ。特別、体を動かして仕事をしていたわけではない。
石炭の採掘では始業の時間から、わずか数十分ほどで体力が尽き、頻繁に休憩を取っているので、明らかに他者より仕事量は少なかった。
その様子を見たジョイルの上司にあたる男性から、通常より七割ほどの量を提供されていたのだ。
ジョイルは食事の量が少ないことも受け入れている。それどころか、食事が無償で提供されることに感謝さえしていた。デシャン男爵領での極貧生活が余程、堪えたのだろう。
彼は最後にスープを飲み干して早々に食事を終え、食器を返却した。
皆が食事をしている中、食堂から出ようとするジョイルを彼の上司が呼び止める。
「おい待て、ジョイル」
「な、何でしょう……?」
仕事ができないことについて叱責を受けるのだろうかと、思わず身構える。
しかし、上司はあるものをジョイルに手渡した。
「ベルワーテ侯爵からだ」
ジョイル宛ての手紙だった。
上司は『ベルワーテ侯爵から』と言っていたが、差出人は絵画の巨匠、アト・ビーテ。
すでに封は切られていた。
絵画の巨匠の名を騙って、仲間と悪だくみを考えていると疑われたのだろう。ベルワーテ侯爵によって検閲されていた。
今でも、ベルワーテ侯爵に信用されていないという事実を突きつけられ、心が抉られるような錯覚に陥る。
「ありがとう……ございます……」
ジョイルは上司から手紙を受け取り、食堂から飛び出した。
食堂を出た彼は、採掘場から近い見晴らしの良い場所へと移動する。
「なんど見ても良い景色だなあ……」
少し小高い丘。そこでは村の様子を見渡すことができるので、ジョイルのお気に入りの場所だった。
その場所に腰を下ろし、ポケットから一通の手紙を取り出す。
絵画の巨匠とは一切、接点はない。一体、自分に何の用なのだろうか――そう疑問に思いながら、一輪車に泥や砂利を載せて搬出する際にできた、血豆だらけの手で便箋を開く。
その手紙には、弟子からジョイルが来たのを聞いて連絡を取るために調べたこと。その過程で、元貴族であることや、誘拐事件を起こしたのを知ったことが書かれていた。
ジョイルは眉をひそめる。馬鹿にするために手紙を寄越したのかと。
さらに読み進めると、驚くべきことが書かれていた。
なんと、他国の貴族から絵の依頼を受けるために、ジョイルに翻訳の仕事をお願いしたいと書かれていたのだ。
『私は国中の人に、自分の作品を見てもらいたいと思っていた。多くの人の助けもあって、ありがたいことに、その夢を叶えることができた』
この人の“夢”と呼んでいた期間は、どのくらい長かったのだろう。
『次は世界中の人に、自分の作品を見てもらいたい。元貴族なら語学も堪能だろう。君さえ良ければ、ぜひ私の夢を叶える手伝いをしてくれないか? 返事はいつまででも待っている』
絵画の巨匠、アト・ビーテは人格者で有名だ。実際に会ったことは無いが、高齢だと聞いたことがあるので焦っているはず。
そんな彼が、『返事はいつまででも待っている』と言っている。
もしかして、贖罪の機会を与えてくれているのではないか――過去に犯した罪に対して許されたいと願っているジョイルは、自分に都合よく考えていた。
『世界中の人に、自分の作品を見てもらいたい』
それは自分が手放した“夢”だ。
彼の“夢”を叶えるために、少しでも手伝うことができれば……。
カンカンカンカン!!
ジョイルが物思いに耽っていると、石炭の採掘を再開する鐘が鳴った。
彼は立ち上がり、手紙をポケットに仕舞う。
今は自分を許せそうにないし、周りも同様だろう。
それほど、ジョイルの犯した罪は重い。
しかし、もし許されるのならば――
彼の“夢”を、“現実”にする手伝いをしたい。
ジョイルは再び、石炭の採掘の仕事へ笑顔で戻って行った。
この話を載せるか迷ったのですが、反省している人に希望を持たせたかったので。




