68 誘拐されました (5)
68
ポワミエ伯爵親子とベルワーテ侯爵親子は、カレドロ伯爵邸に滞在することとなった。
コレットが体や精神を回復させたころ。
「お父様、折り入ってお願いがあるのですが聞いていただけますか?」
「なんだ」
コレットは父親にあるお願いをする。
「少しの間だけ、ジョイルさんと面会させていただきたいのです」
コレットは、ジョイルとの面会を希望した。
『私の夢は、私が決める。自分の夢を誰かが決めて良いものではない』
この言葉を聞いて彼は反論せず、涙を流していた。
コレットは、ジョイルが反省しているのではないかと期待したのだ。
ポワミエ伯爵は難色を示したが、娘の希望を聞き入れることに。
カレドロ伯爵に、ジョイルと面会できるよう掛け合った。
ジョイルは一時的に城塞の地下牢へ移送されていた。
カレドロ伯爵から通達があったのだろう。城塞を訪れると、警護していた兵士に地下牢の近くにある部屋へと案内される。
部屋へ向かうのはポワミエ伯爵とコレット、侍女とポワミエ伯爵家の数人の護衛、そして――
「ロデール様までご足労いただかなくても……」
コレットの隣にはロデールが連れ添っていた。彼女を失いたくないのか、耳を赤くしながら手を握っている。
「これは私の我がままだ。生涯を共にする者として、常に君と一緒にいたいという私のね」
「ありがとうございます」
正直に言って、コレットはロデールに手を握ってくれていることに感謝していた。
また誰かに連れ去られるのではという恐怖心は残っているからだ。
ロデールの手から伝わる優しい温もりに、彼女の恐怖心が少しずつ溶けていく。
通された部屋は四方をレンガで固められており、少し圧迫感がある。
部屋にあるのは簡素なテーブルと椅子のみ。
コレットが緊張しているのを感じ取ったのか、ロデールは彼女を安心させるように背中をさする。
しばらくすると、ジョイルが看守と共に現れた。ジョイルの両手は前にロープで縛られている。
コレットは精神的に余裕がなく、監禁されていた家では気付かなかったが、彼の服装を見ると薄汚れていた。何度も着回しているのだろう、ほつれも酷い。
経済的に困窮している状態が一目で理解できるほどだ。
気まずいのか、ジョイルはずっと俯いたまま。
「ジョイルさん、その後どう?」
「……」
コレットが声をかけるが、ジョイルは俯いたまま沈黙。
そんな彼に、ロデールは苛立つ。
「なんとか言わないか」
「!」
苛立ちを募らせたロデールが、眉をひそめながらジョイルを凄む。
すると、ジョイルはビクッと体を強張らせた。
「ロデール様、落ち着いてください」
コレットはロデールに落ち着くよう優しく諭す。
二人がやり取りしているとジョイルが、ぽつりと呟く。
「……ごめん」
「なぜ、そう思うの?」
コレットは不思議に思い、ジョイルに問う。
彼女に尋ねられたジョイルは、手をもじもじさせながら少しづつ話し始めた。
「コレットが『自分の夢を誰かが決めて良いものではない』って……その通りだと思って……。当たり前のことなのに」
さらに、ぽつりぽつりと言葉を口にする。
「ここに入れられてから、ずっと考えてた。どうして父上や母上より先に、コレットに画家になる夢を打ち明けたのか」
すすり泣く声が混じり始める。
「コレットなら全てを受け入れて、応援してくれると思ったからだ」
ジョイルは不自由そうにしながらも、手で涙を拭う。
「なあ、最後に教えてくれ。僕が君に貴族の仕事や責任をすべて押し付けずにいたら――」
少し間を置いて言い直す。
「いや、僕がすべてを捨てて画家になるために平民になると言ったら、支えてくれた?」
涙目になっているジョイル。
コレットは、彼の目を真っ直ぐ見る。
「当時はその覚悟ができていたわ」
あくまで、過去形で伝える。
今は欠片も残っていないと意志を示すために。
「そう……か……」
ジョイルは再び顔を伏せた。
その後、コレットは慰めるように語り始める。
「私も、ずっと考えていたの。“夢”について」
コレットの指す“ずっと”というのは、幼いころからだ。
貴族の子供として生まれ、領主教育や淑女教育を受けてきた。
当然、夢を持つことも制限される。
そんな時に、ふと疑問を抱いたのだ。
“夢”とは何だろう――と。
「“夢”というのは、思い描く理想や願い事が叶うまでの期間が辛くて不安だから、“夢”と名付けたのだと思うの」
幼い自分が結論付けたことを口にするコレット。
その様子を心配そうに見つめるロデール。
しかし、彼女は気にせずに続ける。
「もしかしたら、大きな“夢”に対して、貴方は願いを叶えるには少し未熟だったから、長い時間が必要だったのではないか――て」
そうコレットが指摘すると、ジョイルは涙を流しながら何度も頷く。
「うん……うん、そうだと思う」
ジョイルはゆっくりとした動作で立ち上がる。
「ポワミエ伯爵令嬢、ポワミエ伯爵、侮辱して申し訳ありませんでした」
コレットとポワミエ伯爵に、深々と頭を下げた。
「ああ……」
ポワミエ伯爵は渋々といった様子で、ジョイルの謝罪を受け入れた。
会話を終え、ジョイルは看守に連れられて退出する。
コレットとロデールは、彼の後ろ姿を見つめていた。
領地へと戻るポワミエ伯爵家の馬車の中。
ポワミエ伯爵とコレットが話しをしていたが、雰囲気はしんみりとしていた。
「これで心残りは無いな?」
ポワミエ伯爵がコレットに確認する。ジョイルに気持ちを残していないことを聞いているのだ。
コレットは晴れやかな表情をする。
「ええ。無理を聞いてくださって、ありがとうございます」
ジョイルの想いは綺麗に消え去り、言うべきことも言ったコレット。
もやもやが消えて、晴れやかな気持ちだ。
あの様子なら、すぐに出て来れるかもしれない。そう思いながら、コレットは窓の外を眺める。
ポワミエ伯爵は安心したように娘を見た。
「彼の処遇だが――」
ポワミエ伯爵が言葉を発し、コレットは窓から父親へ視線を移す。
「コレットはどうしたい?」
ポワミエ伯爵はジョイルの処遇について尋ねた。娘の気持ちを汲むつもりなのだろう。
父親の言葉に、コレットは穏やかに笑う。
彼女の心の中では、すでに決まっていた。




