62 誘拐されました (3)
62
日が傾いて窓からの日差しの位置が変わり、奥の床を照らす。
部屋にはジョイルの姿は無く、コレット一人だった。
未だに手と足はロープで縛られたままだ。ただ、部屋には一人だけなので心が落ち着きつつあった。
もしかしたら、ポワミエ伯爵領を出る時から身に着けている、サファイアのネックレスが大きく影響しているのかもしれない。
ロデールが自分に寄り添ってくれていると思うだけで安心する。時折、煌めくサファイアが、コレットの心に蔓延る不安や恐怖を取り除いた。
部屋を出たジョイルは隣の部屋にいるのか、なにやら協力者と相談をしているようだ。どのような会話をしているのか知りたくて、不自由な状態の体で少しずつ移動するコレット。
ようやく辿り着き、壁に耳を当てる。
壁を隔てているので会話の内容は不明慮だが、何度か『金』という単語が出てきた。おそらく金銭面の不安を吐露したり、ポワミエ伯爵にコレットの身代金として要求する段取りでもしているのだろう。
想像しただけで吐き気がする。
内面が表情に出たのか、コレットは顔をしかめていた。
ジョイルたちに嫌悪感を抱いていると、コレットのいる部屋のドアが開く。
「なんだ、盗み聞きしていたのか。貴族の令嬢なのに、はしたない真似をするんだな」
部屋に入ってきたのはジョイルだ。
コレットは彼を睨みつける。
「自分の身の安全がかかっているもの。なりふり構っていられないわ」
「ふん!」
刺のあるコレットの言葉に、ジョイルは不機嫌になり腕を組む。
そうこうしていると、ジョイルの元に彼の協力者が姿を現す。
「なあ、ジョイル。金のことはどうするんだよ」
「俺ら誘拐するための服を買っちまったから、金ねえよ……。長引いたら生活費どうするんだ」
「本当にお前とその女が仲直りしたら、ちゃんと謝礼金をくれるんだよな? 貴族の中でも偉いんだろ?」
ジョイルの協力者たちは彼に不満を漏らす。彼らにとって、これほどコレットが頑なな態度を見せるとは予想外だったのだ。
それはジョイルも同様なのか焦りだした。
「と、当然だ! 僕はベルワーテ侯爵家の跡継ぎなんだからな! い、今は、その……事情があって平民のように過ごしているけれど……」
頑なな態度を見せた相手に焦っていると思ったが、どうやら違うらしい。
もしかしたら、自身を貴族だと偽って協力をお願いしたのかもしれない。貴族なら多くの謝礼金が出せると。
通常、平民は貴族と関わる機会は少ない。貴族について疎くて当然だ。
そう判断したコレットは不自由な状態の体を捻り、彼の協力者たちに真実を教えることに。
「彼は嘘を吐いているわ。ジョイルさんは平民よ」
「!!」
コレットの言葉に、ジョイルの協力者たちは大きく目を見開きながら驚く。
自身を貴族と偽っていたジョイルは動揺し、コレットを恫喝する。
「だ、黙れ!! 正真正銘、血筋はベルワーテ侯爵家のものだ! それはお前も分かっているはずだろう! ベルワーテ侯爵家は、ポワミエ伯爵家なんかより上なんだからな!!」
真実を伝えられて腹の虫がおさまらないジョイル。
「そうだ!」
彼は仕返しとばかりに、ニヤニヤしながらコレットを指さす。
「コレットのネックレスを換金しよう! 見たところ、上等なサファイアだ。これを換金したら、当面の生活費だけじゃなく、お前らに謝礼だって支払える!」
「そんな……」
ジョイルの提案に、コレットは絶句する。
サファイアのネックレスは、ロデールから贈られた大切なもの。奪われたくない。
当然、拒否しようと思ったが、ふと、あることを思いつく。
しおらしくなったコレットの様子に、ネックレスを奪われるかもしれない状況に動揺していると、思い込んでいるジョイル。
「嫌なら嫌で、それでも良い。俺達とお前で根競べするだけだ。俺はそのくらいの覚悟を決めて、ここにいるからな」
ジョイルは下卑た笑みで伝える。人を心底、見下したような表情だ。
コレットは自身の思い付きを悟られぬよう、彼に懇願する。
「わ。分かったわ……でも、せめて高く買い取ってくれるところにして。大切な品だから……」
自身の不安な気持ちを抑える。その不安は今の状況ではなく、サファイアのネックレスを手放した後のことだ。
目論見が外れたら、二度とサファイアのネックレスは戻らない。
コレットの葛藤など知る由もないジョイルは、弱気になった彼女の様子を見て留飲を下げる。
「安心しろ。僕だって、一銭でも多くの金が欲しいからな!」
ジョイルは下卑た笑みを浮かべたまま近づき、コレットの後ろに回る。
価値が下がらないようにだろう、丁寧にネックレスを外した。
「先ほどの会話は聞いていたな。このネックレスを、できるだけ高く売って来い。値段が高ければ高いほど、謝礼金の額が増えると思ってな」
先ほどコレットから奪ったネックレスを、ジョイルは協力者の男性の一人に手渡す。道中、野盗に狙われても対処できるようにか、屈強な体つきの男性だった。
協力者の男性は、両手で恭しく受け取った。
その様子を見ながら、ジョイルは更に命令する。
「丁重に扱えよ。ほんの少しでも傷が付いたら、それだけで宝石の価値は下がるからな」
そして、釘を刺すように伝える。
「持ち逃げしようなんて考えるなよ?」
「わ、分かってるって。お貴族様にそんなことできねえよ」
ジョイルの言葉に協力者の男性はたじろぐ。
「ジョイルはいかねえのか? こんな上等な品、俺みたいなモンが高く売れるか不安だ。貴族のお前の方が、値段の交渉に向いているんじゃねえのか?」
協力者の男性が緊張しながら言うと、ジョイルはあたふたする。
「ぼ、僕は……その……コレットと話し合いの続きをしないと……」
「ああ、そうだったな! じゃあ、行って来るわ」
ジョイルの言葉に納得した協力者の男性は、簡単に支度を済ませた後、すぐに家を出た。
思わず自身の鎖骨辺りを見下ろすコレット。
自分の体の一部を取り除かれたような喪失感に襲われていた。




