63 (ロデール視点)
63(ロデール視点)
ベルワーテ侯爵領にある邸宅。
かつてジョイルが勉強部屋として使用していた部屋。そこでは、ロデールが家令から領主教育を受けていた。
家庭教師を手配しようと考えていたが、領主教育に充てられる期間が短いので家令が担当することに。
教わるというよりは領地運営に必要な知識の確認で、家令が一つひとつロデールに尋ねていた。
「この国は、領民から徴収する税率はすべて一律か否か」
「否だ、領地によって税率は違う。それぞれ特色があり、事情が違ってくるからな。ある程度、領主に権限が与えられている」
ロデールは家令からの問題をすんなりと答える。
答えを聞いて、家令は軽く微笑む。
「正解でございます」
すると、家令は黒板にベルワーテ侯爵領内の地図を広げた。
「それでは、ベルワーテ侯爵領の話をしましょう」
そして、北西に位置する地域を指しながら、再びロデールに尋ねる。
「こちらの地域に対して、なぜ税の優遇を行っているかご存じですか?」
「そこは辺鄙な場所であると同時に、炭鉱が盛なことが理由だな」
ロデールはあごに手を置きながら、家令からの問いに、すぐに答える。
「物資を運ぶことが難しく、物の値段が高額になりがちだ。さらに、炭鉱は崩落の危険性もあり、近くには野生動物や毒を持つ虫も生息している。そう言った理由から、かなり税率を低く設定しているのだろう?」
税の優遇を行っている理由をスラスラと答えると、家令は軽く微笑む。
「正解でございます。よく勉強なさっておいでですね」
家令は褒めた後、黒板に広げた地図を丸めて片付ける。
その様子をロデールは苦笑いで見ていた。
「クレイトロワ公爵家や王家の騎士団に叩き込まれたからな。私は物覚えが悪かったから、教えるのに苦労されたと思う」
当時を思い出したのか、自虐交じりに答えた。
騎士爵位を賜る前――見習いとして修行していた時のことを言っているのだ。
修行の内容には剣術や体術、馬術の他に座学もあった。戦術を立てるのに必要だし、領地を下賜された場合に領地を運営する上で重要になるからだ。
「左様ですか。しかし、ベルワーテ侯爵領まで勉強なさっていらしたとは流石でございます。お陰で、私から教えることは無くなってしまいましたよ」
将来、主として仕えるであろうロデールに恥をかかせてはならないと思ったのか、家令も自虐を交えて褒める。地図を片付けた後に手を広げ、ひらひらとさせた。
ロデールとしては当然のことだった。
ベルワーテ侯爵位を継ぐことに決めたのだから、領地のことを熟知しておかなければならない。
領地の勉強のために割ける時間は限られている。ただでさえ勉強が苦手なのだから多少、無理してでも努力する必要があった。
「そんなことはない。まだ、あやふやな知識も多いから、よろしく頼む」
「ふふ、承知いたしました」
バタン!!
ロデールと家令が笑い合っていると、突然ドアが開く。
そこには、怒りで顔を歪ませるベルワーテ侯爵の姿があった。
手には手紙を握りしめている。
「ロデール、大変なことになった!!」
「そんなに慌てて、どうなさったのですか?」
父親の鬼気迫る様子に、ロデールは冷や汗をかく。
理由を聞くと、侯爵の口から衝撃的な事実が伝えられる。
「ポワミエ伯爵令嬢が……誘拐されたらしい」
その時、ロデールは自身の心臓が一瞬、止まった気がした。
侯爵はさらに詳しく手紙に書かれていた報告を伝える。
「ポワミエ伯爵から早馬で……カレドロ伯爵領に訪問していたところを襲われたそうだ。賊の可能性もあるが、ジョイルかもしれないと……」
「そんな……コレットが……」
ロデールは床が、ぐにゃりと歪んだような錯覚を起こした。
賊に襲われた……しかも、ジョイルの可能性もあるらしい。冷静になろうとしたが、なかなか状況が呑み込めない。
その間に、侯爵は大きな溜息を吐き、乱暴に頭をかいた。
「はあ……あいつは、どこまで性根が腐っているんだ……。親子の縁を切ったとはいえ、ポワミエ伯爵にもカレドロ伯爵にも申し訳が立たない……」
勉強部屋まで走ってきたのが影響したのか、壁に寄りかかる。
「落ち着いてください。まだ、ジョイルだと断定されたわけではありません」
ロデールは侯爵を支え、冷静になるよう言い聞かせた。
コレットが誘拐された。
賊の可能性もあると言っていたが、ジョイルかもしれないとは、どういうことだ?
もしかしたら、ポワミエ伯爵も混乱しているのかもしれない。
ロデールは伝えられたことを整理し、侯爵にある提案する。
「取りあえず、私たちもカレドロ伯爵領へ向かいませんか?」
ロデールの言葉を聞き、家令は侯爵に命令される前に馬車の手配をしようと走り出した。
侯爵の脳内は混乱し、ふらつきながらも息子の提案に乗る。
「あ、ああ……そうだな……」
侯爵を支えながら、カレドロ伯爵領へ向かう支度をするために勉強部屋を出て、廊下を歩きだすロデール。
「コレット……」
ロデールはコレットの無事を願った。
想い人の優しい笑顔を、再び見ることができますように――と。




