61 誘拐されました (1)
61
しばらく走り、荷馬車が止まった場所は、木が生い茂る場所に建つ二階建ての小さな家だった。
かなり年季が入っており、壁にはひびが入っている。所々蔦が這っているせいか不気味さが漂っていた。
偽物の護衛がコレットを荷台から降ろし、家の中へ。
彼女を担ぎながら、入ってすぐにある部屋のドアを開ける。
「会いたかったよ、コレット!」
その部屋の中央あたりには、ジョイルが立っていた。
彼は両手を広げて、嬉しそうにしている。
やっぱりと、コレットは苦々しげな顔をして心の中で呟いた。
偽物の護衛――ジョイルの協力者たちはコレットを床に下ろし、部屋から退室しようとする。
「じゃあ、俺らは部屋の外で待機してるから。なにかあったら呼べよ」
「ああ!」
協力者が声をかけると、ジョイルは了承。
すると、協力者の一人が眉を八の字にしてコレットに話しかける。
「あんたも意地を張らずに素直になりな」
ぽんっとコレットの肩を叩いた後、すぐに離れた。
彼の言ったことが理解できないコレットは、怪訝そうな表情をする。
満足げな協力者たちは、爽やかな笑みを浮かべながら部屋から退室した。
今、部屋にいるのはジョイルと自分の二人だけ。
ジョイルの協力者が部屋の外にいるのなら逃げても無駄だろうと、コレットは結論づけた。
「どうして……こんなことを?」
「そりゃあ、やり直すために決まっているじゃないか!」
誘拐しておいて何を言っているのだろう。こんなことをする人間を愛することなんて、無理に決まっている。
ジョイルが常軌を逸している様子を感じ取ったコレットは、彼の言ったことを無視。質問することにした。
「なぜ、私たちがカレドロ伯爵領にいることが分かったの?」
「エミードが教えてくれたんだ。君たちはお似合いだから復縁するべきだって!」
それは嘘だとコレットは見抜く。ジョイルを追い払い、自分たちに知らせてくれた人がそのようなことを言うはずがない。
カレドロ伯爵領にいることが知られたのは、子息のエミードが思わず口を滑らせてしまったか、どこかで聞いたかだ。
しかし、まだまだ疑問点がある。
「でも、遠回りしてまで帰る道を変えたのに……」
「ホテルの前で小さい子供に会わなかったか? 女の子の」
ジョイルの言葉を聞いて、朝に出会った、弟のサロモンと同じ歳の女の子を思い出す。
まさか……と思いながら、コレットは冷や汗を流した。
彼女の表情で察したのだろう、ニヤリとしながらジョイルが説明する。
「お兄さんとお姉さんが仲直りする手伝いをして欲しいとお願いしたら、笑顔で引き受けてくれたよ」
小さな女の子を騙したのに、悪びれる様子は無かった。先ほどのジョイルの協力者たちにも同じように説明して、協力するように頼んだのかもしれない。
ジョイルは更に説明を続ける。
「あそこから帰る道を変更した場合、どの道を通るかは大体、予想できる。よくカレドロ伯爵領に遊びに来ていたからね」
ジョイルは窓のすぐ近くまで歩き、縁に手をかけた。
コレットは再び質問する。
「いつ、協力者たちを護衛の中に紛れ込ませたの?」
護衛は皆、ポワミエ伯爵領の騎士で構成されている。集団で行動しているため、紛れ込んでいれば彼らが気付くだろう。
だが、実際、自分が誘拐されるまで分からなかった。
「コレットを誘拐した町だよ。いくら服を似せたからって、さすがに長い間だと気付かれるだろうからね。前もって待機させていたんだ」
ジョイルに誘導されていたことに、コレットは悔しくなる。
自分も父親も警戒していた。決して、怠っていたわけではない。
なのに、彼の罠にまんまと誘き寄せられ、はまってしまった。
「コレット――」
コレットが悔しがっていると、ジョイルが床に両手を突く。
「お願いだ! 僕とやり直して欲しい!」
ジョイルは、コレットに自分とやり直すよう懇願した。
彼の心からの叫びなのだろう。
しかし、それはコレットを愛しているからではなく、今の困窮した現状から脱出したいからだということは明白だった。
そんなジョイルに、彼女は冷たく言い放つ。
「嫌よ」
コレットの自分を拒絶する言葉に、ジョイルは驚く。
「な! う、嘘だろう!? コレットは僕のことを愛していたじゃないか!!」
今もコレットは自分を愛しているという彼なりの根拠を、ジョイルは切々と訴える。
「倹約を強制したこととか、押し付けた仕事を僕がしたように装うように言ったこととか、秘密にしてくれたじゃないか!!」
ジョイルの言葉を、コレットは冷ややかな表情で聞く。
別に秘密にしていたわけではない。
倹約については、事業だけでなく領民からも徴収するのだから、領主として倹約に努めるのは当たり前のことだ。それに、誰だって不要な出費を抑えたいと考えるだろう。
偽装については、自分の悪評を払拭する際、単に話す必要性が薄かったからだ。必要なら、お茶会の席で話していた。
どんなに根拠を並べ立てられても、コレットの心には響かない。
すでに心に決めている男性がいる。
「今は別の方を慕っているの。すでに婚約も済ませているわ」
正式には、まだ書類は提出していない状態。しかし、両家とも納得しているので婚約状態と同然だ。
すでにコレットに婚約者がいることを知り、ジョイルは衝撃を受ける。
「そんな……だって、あんなに長い間……」
悲しげな表情をするジョイルに、コレットは説得を試みる。
「時間が経てば大事になって、困るのは貴方たちよ。このままだと、社会復帰も難しくなるわ」
下手に出れば、やり直せると考えていたジョイル。上手くいくことばかり考えていたのか、コレットの言葉に震えだす。
コレットは伯爵家の息女。伯爵家の息女を誘拐したとなると、どれほどの重い罪に問われるか……。
もう少しと思ったのか、コレットは引き続き説得する。
「重い罪に問われるのは嫌でしょう? 私を帰して、ジョイルさん!」
ジョイルの震えが大きくなる。
彼はガタガタと震えながら、口を開く。
【2026.7.23】
“私兵”から“騎士”へ修正しました。申し訳ありません。




