57 (ジョイル視点)
57(ジョイル視点)
カレドロ伯爵領へ向かう乗合馬車に乗り、揺られているジョイル。
王都からデシャン男爵領へ向かう時とは気候が違うせいか、少し寒そうにしていた。さらに、木の板に直接、座っているので、砂利のある道を走る度に臀部が痛くなる。
ジャケットがあれば防げるだろうが、それは不可能だった。
路銀を賄おうにも手持ちの金銭では足りなかったので、とうとうジャケットを売ることにしたのだ。
ほつれや汚れはあったものの、王都の有名な仕立て屋で誂えたこともあって、それなりの額で買い取ってもらえることになった。
「うう……エミードに会ったら、まず最初にジャケットを作ってもらおう。いや、この際エミードのものでも我慢するべきか……」
ぐう……。
ジャケットをのことを考えていると、ジョイルのお腹が鳴った。馬車の走る音にかき消され、気付いているのは本人だけだ。
ジャケットを売ったことで路銀を引いても、ある程度の所持金は残るが、持って数日、長くても十日ほどだろう。そう考えると、食事の回数を減らしてでも手元に所持金を多く残しておきたいと考えたのだ。
「ジャケットより、まずは食事だな……」
その前に、エミードは会ってくれるだろうか……と、ジョイルは弱気になる。
彼は両手を前に組み、友人が会ってくれるように祈った。
カレドロ伯爵領に入り、ようやく領主の邸宅に着いたジョイル。
「すまない、エミードに取り次いでもらえないか。ベルワーテ侯爵家のジョイルが来たと」
門の前にいた護衛に声をかけ、領主の子息であるエミードを呼び出すようにお願いした。
護衛は訝しみながらジョイルを上から下まで見る。
「……ああ。確認してくるから、そこで待て。絶対に敷地内には入らないように」
ジョイルに声をかけた後、護衛は邸宅の方へ。
待っている間、ジョイルは不安だった。
先ほどの護衛の様子からして、本当にベルワーテ侯爵家の者か疑っているのだろう。家紋の入った持ち物が無いのだから当然だ。
デシャン男爵領では散々な目に遭った。エミードなら自分の顔を知っているので大丈夫だろうと思ったが、もしかしたら追い払われるかもしれない。
しかし、それは杞憂に終わる。
しばらく門の前で座り込んでいると、先ほどの護衛と使用人を伴って友人が現れた。
数ヶ月ぶりだが、ジョイルの中では数年ぶりのような錯覚に陥る。あまりの嬉しさに、ジョイルは泣きながら友人の前まで駆け寄った。
「ああ、良かった! エミード、会いたかった! 会ってくれないと思っていたんだ。なあ、助けてくれ! 僕はもう所持金も残り少なくて――」
ジョイルに両肩を掴まれたエミードは、乱暴に振り払う。
「帰ってくれ。君の顔なんか見たくない」
エミードは無表情でジョイル見る。
それに対して、ジョイルは驚いたような表情をした。会ってくれたのだから、自分に好意的だろうと思っていたのだ。
「そ、そんな……僕たちは友達だろ!? あんなに仲が良かったじゃないか!」
貴族は社交の期間外でも、周囲の貴族と親交を深める。ベルワーテ侯爵は、自分の領地に隣接しているカレドロ伯爵家とは特に懇意にしていた。
当然、ジョイルも幼いころからエミードとは親しい友人だった。
愕然とするジョイルの言葉に、エミードも同意する。
「ああ、僕も友達だと思っていた。君の人間性を知るまではね」
「な、何を言ってるんだ……?」
寝耳に水のジョイル。思い返してみても、絶交されるほどの出来事に心当たりはない。
すると、エミードは溜息を吐きながら理由を話し始める。
「君は侯爵位を継いだら、ポワミエ伯爵令嬢に貴族の仕事や責任のすべてを押し付けて、画家になる夢を叶えようとしていたんだろう?」
「!!」
式の準備をしていた折に、ジョイルがコレットに要求したことだ。
それをエミードが知っていたことに驚いた。
「どうして、そこまで知って……まさか、コレットが……」
ジョイルは怒りで顔を歪ませる。
社交界に私怨であちこちに吹聴したのだろうと、彼は予想した。
だが、エミードに話したのは、ジョイルにとって意外な人物だった。
「僕が聞いたのは、クレイトロワ公爵家のご令嬢からだよ。その様子だと、本当のようだね」
残念だよ――悲しそうな表情をしながら、エミードは呟く。もしかしたら、心のどこかで、かつての友人を信じていたのかもしれない。
「しかも、ポワミエ伯爵夫人についても心無い言葉を投げつけたり、デシャン男爵領で揉め事を起こしていたとも聞いた。君の友達だったことが恥ずかしいよ」
「……」
ジョイルの中は様々なことで頭がいっぱいだった。
クレイトロワ公爵“令嬢”からということは、コレットが流したのだろう。いつの間に、クレイトロワ公爵令嬢と知り合ったんだ。デシャン男爵領で揉め事を起こしたことまで……いや、今はそんなことは、どうでも良い。
なにか釈明しなくては。
そう思ったジョイルは、エミードに語りかける。
「そ、それは……ポワミエ伯爵夫人については酷いことを言ってしまって、申し訳ないと思っている。でも、コレットに仕事を押し付けるのは、そんなに悪いことか?」
エミードはジョイルの言葉に耳を傾ける。
「僕が事故や病気になった時、コレットが代理で領主になって仕事をするんだ。それに、僕のために働いてくれても良いだろう? 子供のころから、あいつの下らない悩み事を聞いてやったんだから。僕のことを愛しているなら、喜んで一生を尽くすべきだ!」
エミードが静かに聞いているので、同意してくれていると思ったのだろう。
ジョイルの語る言葉の内容が、徐々に酷くなっていく。
「大体、ベルワーテ侯爵位を継いだら、侯爵家に関する全ての金は僕のものなんだ。コレットに金を使うなと言って、何が悪い。夢を叶えようとする主人の体裁を守るために、コレットが完璧にした仕事を僕がやったことにするのは当然だろう。たかが伯爵家の娘のくせに――」
ジョイルが吐き捨てるように言うと、エミードは目を見開いた。




