56 領地に戻りました (8)
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コレットは自身の執務室で忙しそうに仕事をしていた。その表情は、とても生き生きとしている。
カレドロ伯爵と共同で梨の酒を造るにあたり、高級品種の梨について資料をまとめているのだ。
良い酒を造るためには、梨の魅力や特性を理解する必要がある。
さらに、今までの収穫量と流通量の平均をそれぞれ割り出し、カレドロ伯爵との業務提携に回せる量を算出。
現在、共同で開発した酒を一瓶造る場合、消費される梨の量は不確かだ。しかし、消費される梨の量が分かれば、どのくらい国内に流通させられるのか大体の予想が可能になる。
コレットが資料を見ながら計算していると、ノックをする音が。すぐに入室の許可を出すと、侍女がトレーを持って現れる。
「失礼いたします。お嬢様宛にお手紙が届いております」
「ありがとう!」
侍女から手紙を受け取ったコレットは、手紙の差出人を確認して顔をほころばせた。
差出人は、ロデールだ。早速、封を開けて手紙を読む。
内容は、この手紙は王宮から書いているということ、主である王子に許可をもらうことができ、冬の間までベルワーテ侯爵領で領主教育を受けるということ。
そして、コレットの体調を気遣う文章が書かれていた。
相変わらず、相手のことばかり気遣っていることに、コレットは苦笑いをする。
王宮からの手紙は、届くのに数日かかる。すでにロデールはベルワーテ侯爵領に着いているのかもしれない。きっと、ロデールも領民に慕われるような領主になるために努力をしているはず。
そう思うと、コレットも更にカレドロ伯爵との業務提携に気合が入る。
コレットが意気込んでいると、彼女の執務室に再びノックをする音が。許可を出すと、別の使用人が入室する。
「失礼いたします、お嬢様。旦那様がお呼びでございます」
「ありがとう。今すぐ行くわ」
コレットはすぐに、ポワミエ伯爵の執務室へと向かった。
「コレット、カレドロ伯爵との業務提携に関する資料はどうなっている?」
「ええ、お父様にいただいたご助言どおりに資料をまとめております。今のところ、順調に進めておりますわ」
「そうか」
ポワミエ伯爵がコレットに進歩を確認すると、穏やかな表情を見せた。
「カレドロ伯爵に了承する旨の返事を出したところ、先方の領地でお会いすることになった。そこに、コレットも連れて行こうと考えている」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ポワミエ伯爵に同行するよう伝えられ、コレットは嬉しそうにする。
その一方で、伯爵は座り直し、神妙な面持ちで話し始める。
「だが、少し迷っている」
ポワミエ伯爵の言葉に、コレットは冷や汗をかく。何か自分は粗相をしたのだろうかと。
しかし、そうではなかった。
「実は胸騒ぎがしてな。ジョイルの様子を探るよう、デシャン男爵領に調査員を派遣したのだが、どうやら奴がいなくなっていたらしい」
ポワミエ伯爵の話を聞いて、コレットは一気に緊張する。
さらに、伯爵は続ける。
「引き続き調査をさせているのだが、もしかしたらカレドロ伯爵領に向かっているか、潜伏している可能性がある。その報告を聞いて、もしかしたらコレットに何か危害を加えるのではないかと思うと……」
カレドロ伯爵の子息エミードは、ジョイルの友人だ。
もしかしたら、ジョイルは友人を頼ってカレドロ伯爵領に向かっているか、匿ってもらっているかも知れない。
ポワミエ伯爵は、カレドロ伯爵領でジョイルがコレットに何か危害を加えるのではと、警戒しているのだ。
コレットが努力していることは知っているので、連れていきたいと考えている。カレドロ伯爵との業務提携の話がまとまれば、自信を付けることに繋がるだろう。
だが、果たして危害を加えられる可能性のある場所に娘を連れていくべきだろうかと、葛藤しているのだ。
そんな父親の愛情に感謝しつつも、コレットは彼の心配を一蹴するように答える。
「あくまで可能性の話なら、引きたくありません。ジョイルさんが、私たちの動向を探っていたとは考え難いですし……」
コレットは毅然とした態度で続ける。
「それに、もし、彼がいるとしても、このような事態になる度に怯えていては、侯爵夫人は務まりませんわ」
ロデールと結婚すれば、コレットは将来的にベルワーテ侯爵夫人となる。災害や疫病に対処する事態になる可能性もあるだろう。ロデールは王室騎士でもあるので、彼が不在の場合は代理として領地を治める必要が出てくる。
そのような危機的な状況に陥ることと比べたら、ジョイルとの遭遇など些細なことだ。
侯爵夫人としての未来を見据える娘の言葉を聞いて、ポワミエ伯爵はコレットを同行させることに決める。
「分かった。ただし、コレットも常に警戒するように」
「心得ておきます」
カレドロ伯爵領へ向かう当日。
ポワミエ伯爵邸の前には馬車が止まっていた。その周りを護衛が囲んでいたが、通常よりも数が多い。
それほどポワミエ伯爵は、ジョイルとの遭遇に神経を尖らせているのだろう。
「それでは、行って来る。私が留守の間は任せたよ」
「ええ、任せて。貴方も、あまり無理をなさらないように」
両親のやり取りを横目で見ながら、コレットは弟のサロモンと会話をしていた。無邪気な弟は、姉が危険な目に遭う可能性があることを知らない。
サロモンは、コレットの鎖骨辺りにあるものに目を引かれる。
「おねえさまの あおいろのネックレス、きれいだね」
「ふふ、ありがとう」
コレットはロデールに贈られた、美しい青色をしたサファイアのネックレスを着けていた。
彼の瞳の色によく似ているので、お守りになると思ったのだ。そのお陰か、彼女の精神は比較的に安定している。
サロモンと会話をしていると、ポワミエ伯爵に促される。
「そろそろ行こうか」
「はい」
コレットは返事をし、ポワミエ伯爵に続いて馬車に乗る。
「気を付けてね。何かあったら、すぐに帰って来るのよ?」
「おとうさま、おねえさま、いってらっしゃい!」
母親のポワミエ伯爵夫人と弟のサロモンが声をかける。
事情を知っているであろう伯爵夫人は、とても心配そうだ。
そんな二人に、コレットは笑顔で返事をする。
「行って来ます」
「ああ、行って来る」
二人に挨拶した後、ポワミエ伯爵は御者に馬車を走らせるよう指示した。
ゆっくりと速度を上げる馬車の中、コレットは思索に耽る。
何事も無ければ良いと、恋い慕う婚約者から贈られたサファイアのネックレスに手を添えて。




