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私の夢は私が決める ~婚約者に「夢を叶えるために支えて欲しい」とお願いされましたけれど、勝手だと思いませんか?~  作者: ほし


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54 (ジョイル視点)

54(ジョイル視点)




「しつこいぞ!」


 男性はジョイルを突き飛ばす。


「いった……!」


 思わず声が出たジョイル。

 突き飛ばされて、みっともなく尻もちをついた。


「先生は外出中だ!」


 突き飛ばした男性は絵画の巨匠アト・ビーテの弟子だ。ジョイルより十歳ほど年上に見える。

 弟子の男性は怒りを露にしていた。なぜなら、ジョイルが数日も前から、アト・ビーテの作業場に通い詰めていたからだ。

 その度に、ジョイルは弟子の男性から手酷い仕打ちを受けるが、それでも懇願する。


「お、お願いだ、いつ戻るか教えてくれ……」


「教えるわけないだろう、お前のような怪しい奴に! 弟子入りしたいと言っているだけで、自分が描いた作品の持ち込みすら無いんだからな!」


 弟子の男性はジョイルを怪しく思っていた。画家に弟子入りしたいのなら、自分が描いた絵を持ち込むはずだと。


 以前のジョイルなら堂々と自身の絵を持ち込んでいただろうが、今は才能の無さを自覚してしまっている。

 馬鹿にされることが分かっていて、絵を他人に見せる勇気は無かった。

 『怪しい奴』と言われ、自分がベルワーテ侯爵の実子だと出自を明かそうとした。しかし、言ったところで信じてもらえないことは、侯爵家を追い出されてから嫌というほど思い知らされた。


 そんなジョイルの心情を無視して、弟子の男性は指摘する。


「どうせ、先生の作品が目的なんだろう? 盗み出して売り払おうったって、そうはいかないからな!」


「くっ……!」


 (あた)らずといえども遠からずだ。

 ジョイルはアト・ビーテの描く絵ではないが、所有しているであろう潤沢な資産を狙っている。


 巨匠と褒め称えられる人物の弟子になれば、衣食住はもちろんのこと、高額な給金も保証されると踏んだのだ。

 アト・ビーテは人格者としても有名。困窮している現状を切々と訴えれば自分に同情し、慈悲をかけてくれるはず。

 そういった下心を持って、ジョイルは接触を図っていたのだ。


 さらに、画家の弟子入りを志願したのは、新たに道具をそろえる必要がないというのもある。

 画材を査定に出しても値が付かなかったため、手元に残っているのだ。当然だ。このデシャン男爵領では、新品の画材が安価で購入できるのだから。


 値が付くものは、すべて売り払った。

 ジョイルが持っているものは、画材、幼いころから使用している木製の画材入れ、今も身に着けているベルワーテ侯爵邸を追い出されたときの服。

 そして、大通りの画廊に取り扱いを拒否された、自身の描いた絵のみ。


 ジョイルはもう、自身が著名な画家になって多くの人を救うなどという夢は、どうでも良くなっていた。

 今、自分が生きていくのに精いっぱいだ。


「さっさと失せろ」


 弟子の男性に立ち去るよう言われるが、ジョイルはその場で座り込んでいる。

 現状を打破するために、アト・ビーテに会いたいのだろう。


 座り込んでいるジョイルに、弟子の男性は苛立ちを募らせる。


「早くしないと兵士を呼ぶぞ。先生のためなら、すぐに駆け付けてくれるだろうからな! 今もこの辺を巡回しているはずだ!」


 弟子の男性に言われ、急いで立ち上がるジョイル。


「わ、わ、分かったから!」


 ジョイルは慌てて、その場を立ち去った。



 とぼとぼと帰路に就き、家に着くと、そこには男性がいた。


「あ、ジョイルさん丁度良かった。家賃の徴収に来ました」


 男性は家賃の徴収に来たらしく、ジョイルを待ち伏せていた。


「今度こそ支払っていただきますよ」


「す、すまない……今は持ち合わせが無くて……」


 ジョイルが申し訳なさそうにすると、家賃の徴収に来た男性は呆れたような表情をする。


「またですか? 困りますよ」


「本当に……すまない……」


 謝罪するジョイルを、家賃の徴収に来た男性はジロジロと見る。

 服は汚れており、やつれているように見える。食事すらままならないのだろう。

 本当に持ち合わせが無いと判断し、家賃の徴収に来た男性は溜息を吐きながら納得する。


「はあ……明日また来ます」


 一日、待ったところで同じだろう。しかし、徴収できる金銭も無さそうなので、家賃の徴収に来た男性は諦めることに。

 帰っていく男性の後ろ姿を、ジョイルはただ静かに見つめていた。


「こんな……はずでは……」


 こんなはずでは無かったのに。


 王都の裏通りにある酒場で金銭の多くを失った時は絶望した。

 しかし、芸術に理解のあるデシャン男爵領へ行けば、自分は認めてもらえるはずだと期待に胸を膨らませた。

 絵の才能がある自分は絵画の巨匠アト・ビーテをも凌ぐほどの天才になり、多くの人から称賛されるはずだと。


 その結果が……。


 感傷に浸るジョイルは、あることを思いつく。


「エミード……そうだ、カレドロ伯爵領へ行けば……!」


 エミードはジョイルの友人だ。


 エミードの実家、カレドロ伯爵領へ行けば助けてくれるはず。

 王都より、デシャン男爵領からカレドロ伯爵領の方が近いので、路銀も少なくて済む。

 実家のベルワーテ侯爵領は無理だろう。元婚約者コレットの実家である、ポワミエ伯爵領も難しい。

 だが、エミードなら!


 そう結論付けたジョイルは、ニヤリとした表情を浮かべながら家の中へと入る。



 荷物をまとめ、カレドロ伯爵領へ行くために。

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