52 領地に戻りました (5)
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「どうされました?」
心配になったコレットが声をかけながら隣に座ると、ロデールは話し始める。
「実は、王都に戻ることになってね。ポワミエ伯爵領を発った後、すぐに向かう予定だ」
「そうですか」
ロデールは王室騎士。彼の職場は王宮になる。
わざわざ王宮に戻ることを知らせてくれるなんて、とても律儀な方だと、コレットは心の中で呟いた。
ロデールは前で組んでいた両手をギュッと握り込む。
「父上と相談して、私が侯爵位を継ぐことになってね。それで話を付けるために一旦、王都へ戻ることにしたのだ。上手く事が運べば、少しの間だがベルワーテ侯爵領で領主教育を受ける時間が作れるだろう」
そう言った後、少しはにかんだ表情をした。
「親類の者に任せる案も出たが、私からお願いしてね。精一杯、努力しようと思う」
「まあ、そうなのですね! 大変だとは思いますが、ロデール様なら、きっと乗り越えられますわ」
ロデールは騎士になる前から厳しい訓練を受けてきた。そして、なにより責任感があるので一度決めたら最後まで、やり遂げるだろう。
騎士になると装備を揃えるための収入源として、小規模の領地も下賜されると聞いたことがある。もしかしたら既に、あるていど領地運営の知識を持っていることを見越して、ベルワーテ侯爵も決断したのかも知れない。
親類の者に任せるより、実子に継がせたいだろうから。
しかし、騎士をしながら領地運営も両立させるのは大変なことだ。騎士に与えられる領地は小規模だが、侯爵領となると大規模なものになり、全方位的に目を光らせることは難しくなる。
一人で背負おうとしている責任を、自分も一緒に背負いたい。
そう思ったコレットは、思わず口にする。
「あの、私もお手伝いして宜しいですか?」
目を見開くロデールの表情を見て、コレットの顔は一気に赤くなる。
「ご、ごめんなさい! 私ったら……」
先ほどの言葉は、相手に求婚しているように聞こえる。そのことを理解したコレットは、自身の言動を恥じた。
ほぼ同時にロデールも耳を赤くさせ、片手を首の後ろに当てる。
「参ったな……領主教育を修めたら、私から話をするつもりだったのに……」
少し間を置いた後、コレットを見る。
「すでに、ポワミエ伯爵のご許可をいただいているのだが――」
おもむろにソファーから降り、彼女の手を両手で取る。
「コレット。私と結婚してくれないか?」
ロデールの真摯な眼差し。
赤くした耳。
自身に触れる、かすかに震えた両手。
何もかもが愛おしい。
コレットは彼からの求婚を、笑顔で答える。
「はい! 喜んで!」
「ありがとう」
求婚を受け入れてもらえたロデールは、表情を優しい笑顔に変化させた。
「嬉しい……ずっと、コレットと結婚することを夢見ていたから……」
「まあ、いつからなのかお伺いしても?」
コレットが不思議そうに聞くと、ロデールは恥ずかしそうに答える。
「私が騎士になるために、公爵家で修行することが決まった時だよ。あのころは不安だったけれど、コレットの言葉で安心することができた」
彼の言葉で、コレットは幼い頃にベルワーテ侯爵邸に訪れた時のことを思い出す。
ジョイルへの恋心を自覚し始めていた頃だ。
ベルワーテ侯爵一家と共に、庭園で談笑していた時のこと。楽しい時間を過ごしていたが、ロデールだけ泣き出しそうな表情をしていた。
「どうしたの?」
侯爵夫人が優しく問いかけると、ロデールはゆっくりと話し出す。
「僕は……騎士になるために公爵家に行きます。き、きっと、僕よりも強い人がたくさん……だから、不安で……」
騎士になることは決まっていたが、具体的になってきたことで不安になったのだろう。
侯爵夫人はロデールのそばまで移動し、不安になっている息子の肩を抱く。
「ロデールなら大丈夫よ。自信を持ちなさい」
「ああ。お前が努力してることは皆、知っている」
ロデールの手には剣の素振りでできた血豆が点在し、見ているだけで痛々しい。もしかしたら服に隠れているだけで、修練の際に負った傷が多くあるのかも知れないと予想もできる。
侯爵夫妻は励ますが、不安は晴れないのだろう。大丈夫、自信を持ちなさいと言われても、漠然とした言葉のせいか未だに泣き出しそうな表情をしている。
不安を取り除いてあげたいと思ったコレットは、拙いながらも一生懸命に励ます。
「私、領地にある農園でみんなと一緒に梨を育てているの。一つひとつ丁寧に育てていると、とっても美味しくなるのよ。ロデール様はたくさん努力なさっているから、きっと誰よりもお強くなるわ」
自分もジョイルに助けられたので真似ただけだが、相手を救いたいと想う気持ちは本物だ。
その想いが通じたのか、ロデールはみるみるうちに顔をほころばせる。
「ありがとう……」
当時のできごとを振り返り、コレットはオフェーヌとのやり取りを思い出す。
『私、ロラ卿に助けていただいてばかりですわ……』
『あら、そうとも限らないのではなくて?』
少し目を伏せるコレット。
「ロデール様に支えられてばかりだと嘆いていた時、クレイトロワ公爵令嬢が仰いました。『そうとも限らないのでは?』って」
ロデールに触れられていた手を、するりと抜き、彼の両手を包み込んだ。
「私、いつの間にかロデール様の心を支えていたのね」
「コレットに励ましてもらったから、今の私がいる。感謝しているよ」
ロデールはコレットに感謝の言葉を贈った。
「いいえ、そんなことないわ。ロデール様が努力していたことは知っているもの。私の言葉が無くても今の地位にいらしたわ」
コレットは否定した。
ロデールが努力していたことは知っていた。手に多くの血豆を作るほど。
彼のことだ、自分が励ましの言葉を贈らなくても騎士として大成していただろうと主張した。
「いや、きっと不安に押し潰されていたよ。だから、ありがとう」
ロデールは再び感謝する。
「どういたしまして」
ようやく、コレットは感謝の言葉を受け入れた。
「そうだ」
そう言って、ロデールはあるものを取り出す。




