45 (ジョイル視点)
45(ジョイル視点)
「なあ、聞いたか? お貴族様のあの話」
「ああ、確か貴族の坊ちゃんが婚約者に仕事を全部おっ被せて、自分は夢を追いかけようとしたって話だろ?」
「そうそう! 酷い話だよなあ。自分の食い扶持も相手に稼がせて、好き勝手しようとしてんだもんな。人によっちゃあ、養ってくれるだろうが、そんな奴は早々いねえって」
「婚約者は養ってくれるような娘じゃなかったから、結婚は無しになったんだろ? 捨てて正解だ。そんな甲斐性なし!」
嫁さん、俺を養ってくれねえかなあ。お前そんなこと言うと捨てられるぞ? と、男性たちが冗談を言い合った後、どっと笑いが起きた。
平民が食事と会話を楽しむ酒場。
手ごろな値段ということもあり、日が暮れると多くの人で賑わっていた。酒が入り、多くの客が顔を赤くさせながら陽気に騒いでいる中、顔をしかめている者が一人。
「ふん、品のない連中だ」
騒いでいる男性たちに、悪態をつくジョイル。
なんの甲斐性も無い奴を捨てるべきなのは自分も同意する。話に登場する『貴族の坊ちゃん』も可哀想に……きっと、自分みたいに秀でた才能も能力も無いのだろう。だから捨てられるのだ。
ジョイルは、先ほど男性たちがしていた話を聞いて“貴族の坊ちゃん”を心から憐れんだ。
「はあ……それにしても、平民はいつも、こんなものを有難がって食べているのか?」
そう言って、骨付きの肉に付いた焦げをフォークでつつく。
ジョイルもまた、この酒場で食事を取っていた。
彼の座る窓辺にある二人掛けの席には、豪快な骨付きの肉、蒸かしたジャガイモを潰したもの、良く煮込まれた豆のスープ、木製のコップに注がれたブドウ酒が並んでいる。
骨付きの肉はよく焼かれているが、焦げが非常に目立つ。焦げの苦みが強く、咀嚼する度にゴリッとした食感が不快感を与える。
蒸かしたジャガイモは皮が付いたままの状態だった。酒場が提供しているせいか塩気が強く、まさに肴として調理されたのだろう。
豆のスープは具材が豆しかなく、具材が少なすぎることに不満を抱く。味付けも塩だけなのか単調に感じた。
ブドウ酒は酸味と渋みが強く、非常に不味い。酔えるだけで良いのなら十分だが、色や香り、味も楽しみたいのなら不向きだ。木製のコップに注がれている時点で質など、どうでも良いことが窺える。
ここ最近の食事は、薄く切ったパンと水だけ。
以前よりは大分マシだが、ベルワーテ侯爵家にいた頃の豪勢な食事を知っているので不服だった。
「エミードの家のブドウ酒が恋しい……」
そう言いながら、ジョイルは木製のコップに入っているブドウ酒を悲しそうに見つめる。
エミードはカレドロ伯爵家の子息で、ジョイルが自身の結婚式に招待しようとするほど親しい友人だ。
カレドロ伯爵家はブドウ酒作りが有名で、王家主催の夜会や式典などにも採用されるほど、王侯貴族に認められている。
そんな一級品と平民が利用する酒場で提供される安物と比べたら、天と地ほどの差があった。
「まあ良い。今日は前祝いなんだから、気分良く過ごそう。やっと、絵が完成したんだ」
ジョイルは紆余曲折を経て、ようやく油絵を完成させたらしい。
本当は貴族が利用するレストランで前祝いしたかったが、今の彼の所持金では前菜の一皿すら支払えない。仕方なく、平民が利用する酒場で食事をすることにしたのだ。
「画家として有名になって、大金を稼ぐんだ。そうだ、祝い酒としてカレドロ伯爵家のブドウ酒をエミードに配達させよう! きっと、驚くだろうなあ」
骨付きの肉に付いている焦げを端に除けながら、一口分をナイフで切り、口へと運ぶ。
自分が世間から称賛を浴びる姿を想像すると、不味い食事が不思議と美味しく感じた。




