42 (ジョイル視点)
42(ジョイル視点)
「何でこんなに少ないんだ!!」
ついに、ジョイルは食べ物の購入すら事欠く事態になり、家にはパン一切れも無い。
金策として、買ったばかりの家具や雑貨を手放すことにしたのだ。
買い取り業者を手配して家に招き入れ、査定してもらうことに。
二時間ほど経った後に提示された査定額は、購入した額の約四分の一。これでは、すぐに底をついてしまう。
質素な食事であれば数週間ほどは持つだろうが、現在、収入源は無い。そう思うと不安だった。
しかし、そのような事情があったとしても、買い取り業者には関係のない話だ。
「そう言われましても、こちらが適正価格だと思いますよ? 正直、清掃代も負担していただきたいくらいです」
業者は家具に積もった埃を指でなぞる。なぞった部分から本来の家具の色が現れた。
部屋中が埃っぽいのか、時折、別の業者が咳をする。
他人が咳をしても無関心なジョイルは、査定額に納得いかず、業者に強く抗議する。
「古美術品は価値が高いんだろう!?」
「それは歴史的に価値があり、美術品や芸術品として評価が高いといった付加価値が付いている場合です。数ヶ月使用した程度で、しかも一般的に流通している家具を古美術品とは言いません」
ただの中古品を古美術品と表現するジョイルに、業者は古美術品とは何たるかを説明した。
「ぼ、僕はベルワーテ侯爵家の子息だ! 高位貴族が使っていた物なんだから、価値が上がるだろ!」
少しでも査定額を上げるため、自分は高位貴族なのだから価値があると主張。しかし、業者の反応は冷ややかだ。
「はあ……いるんですよね、時々そのように少しでも査定額を上げるために嘯く方が。いずれにしても、高位貴族の方がご使用になったからと言って、特段に価値が上がるわけではありませんが」
「くっ……!」
自らベルワーテ侯爵家の実子であることを明かしたが、無駄な足掻きだった。業者に軽くあしらわれ、ジョイルは屈辱を味わうはめに。
「それで、どうします? こちらの査定額でお引き取りしましょうか?」
業者はジョイルに決断を迫る。
少しでも多くの金銭を得たいジョイルは、他に値の付くものはないか考える。
価値のあるものと言えば、ベルワーテ侯爵家から持ち出せたものくらいだろう。今、着ているシャツにスラックス、ジャケットと靴。
この中から手放すものを選ぶ。
元々、所有している衣類品の数はごく僅かなので、シャツとスラックスは除外。ジャケットは外出時に着用するくらいだが、これから寒くなることを考えると手元に残しておきたい。靴は侯爵家を追い出されてから履いている一足だけ。
「そ、そうだ、これを査定してくれ! かなり良い品だから!」
ジョイルが業者に差し出したのは、幼い頃から使っていた木の画材入れだ。
ベルワーテ侯爵は幼いジョイルが絵を描くことを好んでいると知り、名のある職人に画材入れとして作らせた特注品。様々な色の木を組み合わせて幾何学模様を描いている、まさに芸術品だ。
幼い頃から使用していたので細かい傷はあるが、良い値が付くだろう。思い出の品なので手放すのは惜しいが、背に腹は代えられない。
「ほう……確かに。細かい傷はありますが、名のある職人が手作りした品ですね」
「そうだろう!」
業者はすぐに、名のある職人が手掛けたものだと見抜く。
その反応にジョイルの機嫌は上々だ。業者が査定する様子を、当然と言った反応で腕を組みながら見る。
しかし、業者は木の画材入れを引っくり返すと、少し眉をひそめた。
「……申し訳ありませんが、こちらの品に値段を付けることはできません」
「ふん、父上が僕のために、職人に頼んで作らせた品だからな。あまりにも素晴らしくて、値段なんて付けられないだろう」
ベルワーテ侯爵が特別に作らせた品なのだから、非常に価値があるに決まっている。ますます、ジョイルは得意げになった。
だが、ジョイルの考えは間違いのようだ。
「いえ、そうではありません。無価値なので買い取ることはできないのです」
「はあ!? お前の目は節穴か!? いや、分かったぞ。買い叩こうとしているんだな!?」
木の画材入れは名のある職人が手掛けたもの。それは業者も認めている。
価値のあるものを安く手に入れようとしているのではないかと、疑っているのだ。
「違います。こちらをご覧ください」
そう言って、業者は“無価値”の原因をジョイルに見せる。
「このような大きな傷がありますと、査定できません」
そこには、大きく何かを削り取った跡があった。
その箇所にはベルワーテ侯爵家の家紋が描かれていたが、追い出される際に削り取られてしまったのだ。
以前は自身の身分を証明するために存在していたが、今は平民である事実を突きつけ、ジョイルの心を大きく抉る。
「あ……」
「それで、どうするのですか? 家具をこちらの査定額でお引き取りしても宜しいですか?」
再び、業者はジョイルに決断を迫る。
促されたジョイルはその場で俯く。
もう、自分には売れるものが無い……せめて家具だけでも……。そう結論付け、蚊の鳴くような声で答える。
「……頼む」
「承知しました」
ジョイルから了承の言葉を得た業者は、査定額分の金銭を用意するために数枚の札を数え始めた。
数人の別の業者は掛け声を上げながら、部屋にある家具を次々に外へと運び出す。
業者が数枚の札を手に持ち、次に硬貨を数え始める。
その様子を見つめていたジョイルは、自分の手元に残る金銭の少なさに愕然とした。
いや、金銭よりも価値のあるものが残っていると、ジョイルは思い直す。
自分には絵の才能がある。
油絵を完成させて大通りにある画廊に持って行けば、すべてが好転するはずだ、と。
ジョイルは拳を握り込み、画家として成功してみせると、決意を新たにする。




