38 お茶会に招待されました (6)
「いいえ、本物ですわ」
提示したのは、ベルワーテ侯爵とポワミエ伯爵がやり取りをした手紙だ。
父親と侯爵に協力を申し出たら快く了承してくれた。両者とも、早急に領地や家のために汚名をそそぎたいのだろう。
当主同士の手紙は、機密性のある情報も含まれている可能性があるので公開を避けたかったが、悪評を払しょくすることを優先した。
「侯爵と父の手紙にも、しっかりと書かれております。お読みいただければ分かると思いますが、婚約を破棄する理由は国王陛下にもご報告し、正式に受理されました」
ベルワーテ侯爵が、手紙でポワミエ伯爵家の者たちに対して何度も謝罪の言葉を綴り、ジョイルに非があることを明らかにしている。
さらに、婚約を破棄した理由は国王にも報告済み。貴族の結婚は国王の許可が必要になるので、婚約破棄についても同様に許可を求めたのだ。すでに受理され、正式に婚約は破棄された。
オフェーヌは宰相の息女。調べれば、すぐに事実だと分かるだろう。だからこそ、コレットは証拠として採用した。
しかし、オフェーヌは納得しない。
「失礼だけれど、ベルワーテ侯爵の手紙は信用に値するのかしら。『優秀な息子に嫉妬したベルワーテ侯爵も噛んでいる』という噂を耳にしたことがあるわ。ジョイルさんに過失があるよう捏ち上げ、悪者に仕立て上げたのでは?」
ベルワーテ侯爵について出回っている悪評を持ち出してきた。
招待客の息女の一人も同じ疑問を持っていたらしく、そのことを口にする。
「ポワミエ伯爵令嬢やロラ卿がベルワーテ侯爵をそそのかして画策し、虚偽の申告をした可能性も考えられますわね。後継ぎの座を捨ててまで画家を志すなんて、余程のことですわよ?」
オフェーヌと招待客の息女の言い分に、周りはコレットに対して疑いの目を向けていた。
そんな中、コレットはある事実を伝える。
「現在、ジョイルさんはデシャン男爵領に移住されているようです。最近では、大通りでスケッチ画を売っていた際に揉め事を起こしたとのこと。お調べいただいても構いません」
噂の出所を調査した際、ポワミエ伯爵は真っ先にジョイルを疑った。その調査で、彼が現在デシャン男爵領にいることが判明したのだ。
デシャン男爵領は芸術で有名なこと。芸術家だけでなく志す者も多く居住し、作品を求めて王侯貴族も訪れていることは周知されている。
ジョイルがデシャン男爵領にいるということは、彼が画家を目指しているというコレットの主張に説得力が生まれる。
コレットが言い終わると、そういえば――と、別の招待客が言葉を発する。
「姉がシャン男爵領を訪れた際、馬車で大きな画材店の近くを通るとベルワーテ侯爵令息――ジョイルさんらしき方とすれ違ったと……」
「私も、ジョイルさんに、よく似た方がデシャン男爵領で見たと仰る方がいらっしゃいましたわ。どなたかと揉め事を起こされていたそうですけれど……まさか本当に?」
後押しするかのように、ジョイルがデシャン男爵領に移住している事実が裏付けされ、提示した手紙の信憑性が一気に増す。
さらに、ジョイルがデシャン男爵領で誰かと揉めていたという事実により、彼の人間性に問題があると証明された。
ベルワーテ侯爵とポワミエ伯爵がやり取りをした手紙は、証拠として十分。
それに伴い、ジョイルからの謝罪の手紙にも証拠としての効力を発揮することに。
「ジョイルさんの手紙にある『画家の夢を叶えたら』って……」
「同時に流布している『優秀な息子に嫉妬したベルワーテ侯爵も噛んでいる』という噂もデマでしょうね。ジョイルさんの手紙を拝読する限り優秀とは、とても思えませんもの!」
「本当に、スケッチ画がお詫びになると思っていらっしゃるのかしら!?」
皆、ジョイルに対して怒りを露にした。
コレットを想ってのことだろうが、それだけではない。
自分に置き換えて想像しているのだ。
貴族の息女は、領地や家のために他家へと嫁ぐことが多い。嫁ぎ先の地域の風習を受け入れ、合わせる必要がある。
高位貴族の息女であれば、家格も同等かそれ以上になることが多いので相手からの要求も厳しい。嫁ぎ先が他国の貴族や王族なら、作法や言葉、文化も違う。
息女たちは不満を抱きつつも、それでも気持ちを抑えて受け入れている。
なぜなら、相手も同じだからだ。
領地や家、国の更なる繁栄のために結婚する。相手が作法や風習などを合わせる必要がなくとも、爵位や王位を継ぐことへの重責を考えれば納得できる。
しかし、ジョイルは自身の夢を叶えるために自由奔放に振舞い、仕事や責任をすべてコレットに背負わせ、さらに負担を強いようとしていた。
ジョイルが自身の婚約者だと想像すると、相手に対して尊敬の念など到底、抱けない。
貴族の家に生まれ、爵位を継ぐ身でありながら、責務を放棄することに心底、軽蔑する。
コレットはジョイルを好いていたが、恋心を利用して自身の夢を叶えようとしたことを知り、すっかり気持ちが冷めてしまった。幸運なことに、父親であるポワミエ伯爵は彼女の気持ちを優先してくれているので、婚約破棄が叶ったのだ。
だが、これまで提出した手紙を読んでも、なお、異を唱える者が現れた。
「でも、素晴らしい才能をお持ちなら、お支えする価値があるのでは? 爵位を持つ画家なんて珍しいもの」
異を唱えた息女は、支えるべきだと主張した。
それに対して、コレットはあるものを提示する。
「父や私はこちらを拝見して、画家の才能は無いと判断いたしました」
ジョイルがポワミエ伯爵邸を訪れた際に残した、スケッチブックだ。
手渡された息女は、スケッチブックをパラパラとめくる。
小手先の技術で上手に描いているように見せているが、基本を無視しているので歪な形だ。どの絵も稚拙で、画家として成功することは難しいだろう。
お茶会に出席している招待客は皆、ポワミエ伯爵家よりも家格は上。美術品に対して目が肥えている。
提示したスケッチブックは、ジョイルが幼少期に使用したものではない。傷や汚れが少なく、比較的に綺麗なので最近のものであることは明白だ。
絵を目にした者たちは絶句し、気分を害したのかハンカチで口元を覆っている息女もいた。
あまりにも酷い絵に、異を唱えた息女もこれには閉口した。
これで自分たちの疑いは晴れただろう――そう、コレットが胸をなでおろしたのも束の間。




