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ロデールに案内され、大通りをしばらく歩く。
「ここだ」
そこは、コレットがジョイルと行きたいと思っていた軽食を出す店だった。
コレットが少し驚きながら黙っていると、ロデールは不安そうに彼女を見つめる。
「……もしかして、嫌だったか?」
「い、いいえ! 一度は食事してみたいと思っていたお店だったので、驚いてしまいました」
「そうか。それなら良かった」
コレットの返答を聞いて、ロデールは心の底から安堵する。
二人は早速、店内へ。
ロビーは広々としており、奥にある大きな窓からは中庭が見える。
その場にいる客は十数人ほどで、約半数は男性だ。
コレットは社交界の情報から、男性にも人気が高いということを知っていた。なぜ、男性にも人気なのか理由までは知らなかったが。
ロデールが店員の男性に予約している旨を伝えると、予約客の名簿を覚えているのか、すぐに部屋へと案内される。
「こちらへ、どうぞ」
店員が部屋のドアを開け、恭しく導くと、素晴らしい景色が広がっていた。
奥にある大きな窓が一面に広がり、中庭の様子を楽しむことができる。
部屋や季節によって景色が違うのだろう。この部屋からは、紫色に近いピンク色の花をつけたネリネ、紫色の小さな花を付けた常緑低木のカルーナが。ハーブも植わっており、青みがかった紫色の小さい花をつけたローズマリー、白色の花をつけたセージが存在感を示すように風に揺れていた。少し奥には噴水もある。
王都にいるとは思えないほど、美しい自然が広がっていた。
中庭の様子を引き立てたいのか、部屋や小物などは、ほぼ白色に統一されている。
「わあ! 素敵なお部屋ね!」
コレットは奥にある大きな窓へと歩を進め、両手を口元に当てながら感嘆の声を上げた。
「コレットに喜んでもらえて嬉しい」
予約した甲斐があって、ロデールも嬉しそうだ。彼女の嬉しそうな姿を見て笑顔になる。
コレットの侍女も中庭の様子に驚いた後、自然と表情が和らいだ。
二人が着席すると、店員がメニューをそれぞれに手渡す。
季節の植物を大事にしているのか、メニューの表紙には金木犀の一枝の絵が描かれていた。オレンジ色の小さな花が可愛らしい。
どのような食事が楽しめるのだろうかと、コレットは想像を掻き立てられる。
早速、メニューを開く。
主に軽食を出す店だからか、甘味が多い。ケーキやガレット、エクレアやクレームブリュレなど、女性が好むものが載っている。
それだけではなく、サンドウィッチやカナッペ、キッシュやチーズの盛り合わせなど、塩気のある軽食も充実していた。ガレットは食材を変えて、塩気のある軽食としても記載されている。
なるほどと、この店が男性にも人気が高い理由に納得するコレット。
「なにを注文するか決まったのか?」
「いいえ。すべて美味しそうで目移りしてしまいます」
ロデールはメニュー越しからコレットに聞く。
どれにするか迷っている彼女は苦笑いをし、少し頬を赤くさせながら正直に伝える。
この店を訪れたことのある息女におすすめを聞いても、皆バラバラのものを答えていたのだ。
店に行く機会に恵まれたら、メニューと当日の気分で決めようと考えていた。しかし、いざ説明文を読むと想像が沸き上がり、どれも美味しそうに思えるので悩んでしまったのだ。
その表情を愛しく思ったのか、ふふと笑った後、ロデールは店員に聞く。
「おすすめは何かな?」
「今の季節ですと、季節のフルーツケーキと梨のタルトでございます」
季節のフルーツケーキがあるのに、何故わざわざ梨のタルトがあるのだろうかと、興味を惹かれながらも疑問に思うコレット。
この店で使用されているものなら特別なものだろう。もしかしたら、自分が担当している梨の出荷量を飛躍的に伸ばすきっかけをつかめるかもしれない。
そう結論付け、早速、梨のタルトを注文することに決める。
「それでは、梨のタルトをいただこうかしら」
コレットは梨のタルト、ロデールはサンドウィッチ。飲み物は二人共、紅茶を注文した。
店員は二人から注文を取り、メニューを下げる。その後、一礼して部屋を出た。
コレットは料理の提供が楽しみで待ちきれない様子だ。
「こちらのお店が提供する梨のタルトは、どのような味か楽しみだわ!」
「ふ、もう大丈夫みたいだな」
楽しそうにするコレットの様子に、ロデールは安心したように言う。
「まあ、どういうこと?」
彼が発した言葉の真意がつかめず、聞き返すコレット。
ロデールは優しい笑顔を浮かべる。
「コレットからの手紙を読んで、落ち込んでいるのかもしれないと思ったからな。突然、気遣う手紙をくれる時は、君の心が沈んでいる状態だと思い出してな。気分転換に誘って良かった」
質問に彼は穏やかな声で答えた。
コレットは自身にそのような癖があることを知り、驚く。
「私でも知らなかったことを、ロデール様はご存じなのね」
「ああ、大切な思い出だ」
優しく答えた後、ロデールは前で組んでいた手に視線を落とす。自身に言い聞かせているようにも聞こえるので、もしかしたら独り言に近いのかもしれない。
コレットは、ロデールにとって自分との思い出は大切なものだと知り、心がじんわりと温かくなっていくのを感じていた。
「私がこうして笑顔でいられるのは、ロデール様のお陰です。いつも気遣う手紙を下さいますし……本当に、感謝しています」
笑顔で感謝を伝えるコレットに対し、ロデールの表情は沈んでいく。
「私はコレットに謝罪しなければならない。実は君に手紙を出す前に、同僚に添削してもらっていたのだ。も、もちろん、コレットからの手紙は見せていない!」
申し訳なさそうに言葉を続ける。
「……君に、嫌われたくなかったのだ」
静かに、ロデールの言い分を聞いていたコレット。
もしかしたら、父親であるポワミエ伯爵に頻繁に手紙を出したことが尾を引いているのだろうか。自分に対しても失礼のないよう、同僚に助言を仰いだのかもしれないと、結論付けた。
「そうでしたか……。残念ね」
ロデールは悲しそうな表情をして目を閉じる。文通を打ち止めにされるのではないかと、不安になっているのだろう。
コレットは更に言葉を続けた。
「純粋に、ありのままのロデール様と文通を楽しみたかったもの。次回からは遠慮していただきたいわ」
文通を続けることができると理解したロデール。驚きながら顔を上げた後、心底、安心したような表情をした。
「本当に申し訳ない。次回からは、誰にも添削をお願いしないと約束しよう」
大きな窓から見える中庭も相俟って、とても優しく暖かい空気に包まれている。
二人は料理が運ばれて来るまでの間、幼い頃の思い出に花を咲かせた。




