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日が沈み、夕食時。
コレットは邸宅内の食堂で食事を取っていた。
この日は珍しく、父親であるポワミエ伯爵も同席している。
あらかた食事は済んでおり、今はデザートとしてオレンジのソルベを口にしていた。オレンジのソルベは果肉や皮が使われており、皮のほどよい苦みが甘味と酸味を引き立たせている。
いつもは一人で静かに済ませているが、父親との久々の会話に花を咲かせていた。ロデールの訪問を知っていたポワミエ伯爵は、話題を庭園での、ささやかなお茶会へと誘導した。
「そう言えば、ロラ卿と庭園で茶会をしていたらしいな」
「ええ、とても楽しい時間を過ごしましたわ。」
コレットは庭園での出来事を思い出したのか、ふふと可愛らしく笑う。
「聞いてください、お父様。ロデール様ったら、私のためにケーキを作ってくださったの。『箱に入らないから』と丸々、白い布に包んで。そのケーキがとても美味しくて――」
久し振りに娘が無邪気に話すのを、穏やかな表情で耳を傾けるポワミエ伯爵。
ジョイルと婚約破棄をしてから疲れているように見えたので、密かに心配していたのだ。楽しそうに話す様子を見て安堵する。
そんな親心も知らずに、コレットは話を続けた。
「幼い頃に数回、お茶会の席を共にしただけなのに覚えていてくださったの。きっと、思い出を大切になさる方なのね……」
そう言いながら、オレンジのソルベを一口分スプーンですくい取り、口にする。
その様子をポワミエ伯爵は笑顔で見ていた。
「よほど楽しかったのだな。ロラ卿に、こちらに来るときは私の許可はいらないと伝えなさい。君なら、いつでも歓迎すると」
「ふふ。ええ、お伝えしておきますわ」
コレットは笑いながらポワミエ伯爵からの言伝を預かる。
よほどロデールを気に入っているのだろう。
ポワミエ伯爵はポツリと呟く。
「いっその事、コレットがロラ卿と結婚してくれたら……」
コレットはもう一口と、スプーンでオレンジのソルベをすくい取ろうとする手を止めた。
「お父様、何か仰いました?」
ポワミエ伯爵の言葉が聞き取れなかったのだろう、もう一度、言ってもらえるように聞き返す。
しかし、伯爵は思わず口にしてしまった言葉なので、はぐらかす。
「いや……ああ、そうだ。梨の流通についてだが、報告書を読ませてもらったよ。ずいぶん努力したようだな。昨年の今頃より、他の領地への流通量が増えている」
ポワミエ伯爵は娘の努力を誉める。
父親から褒められ、コレットは子供のように嬉しそうな顔をした。
「ありがとうございます。全盛期の流通量を目指して邁進しますわ!」
「全盛期といえば、品種改良して、すぐのころのだな。あのころは物珍しくて手に取ってくれたのだろう。まさか、全盛期の流通量を目指していたとは!」
娘の目標を聞いて、ポワミエ伯爵は豪快に笑った。
「わ、笑わないでください! 私は真剣でしたのに!」
顔を真っ赤にさせて抗議するコレットに対し、ポワミエ伯爵は軽く謝罪の言葉を口にする。
「ああ、すまない。コレットは良くやっている。任せて良かったよ」
「もう、お父様ったら」
口を尖らせながら、スプーンでオレンジのソルベをつつく。
コレットが任されている梨の品種は高級なもの。品種改良して市場に出回り始めたころは物珍しさか、手に取ってもらえることが多く、流行に乗った。売り上げの多くは、珍しいもの好きな貴族が大半を占めていたので、莫大な利益をもたらした。
しかし、流行が去った後は目に見えて売り上げが落ち、今では全盛期の三分の一ほどに。大半は付き合いのある貴族の領地に卸している。高級な品種とあって、平民が購入することは、ほとんどない。さらに、質にこだわっている分、かなり手間がかかるので辛うじて黒字を維持しているのが現状だ。
「この時期は王都にいるから大変だっただろう。あまり無理をしないようにな」
収穫の最盛期は秋だが、高級品種の梨は夏の終わりごろから始まる。社交の時期と重なるため、領地にいる家令に指示したり、資料を送ってもらったりしていた。
「お気遣い、ありがとうございます。心に留めておきますわ」
実は、コレットは内心焦っていた。
本当に、高級品種の梨の流通量が増えているのだろうか――と。
現在、高級品種の梨を彼女が担当し、精力的に動いたことが功を奏したのか流通量が増えてきた。それに比例して売り上げも伸び、数字も右肩上がり。
だが、まだまだ誤差の範囲なせいか、いまいち実感が湧かない。
もしかしたら計算が間違っているのではないか、資料からの情報に取りこぼしがあるのではないかと、不安に駆られているのだ。
コレットは感じている不安を心に留める。
自分より多忙な父親に心配をかけないように。
「ふう……」
夕食を終え、自室に戻ったコレット。窓辺近くの椅子に腰かけ、溜息を吐く。
昨年は高級品種の梨を売り込むため、王都内で試食会を行った。反応は上々で更なる売り上げを期待したが、結果は微増。
いや、梨を無償で提供し、場所代や雑費も掛かったことを考慮すれば、むしろ損失だろう。
この時もポワミエ伯爵は結果を褒めたが、コレットは納得できなかった。
その時ふと、なぜかロデールの顔が脳裏に浮かぶ。
「ロデール様は今、何をなさっているのかしら……」
コレットは窓辺近くの椅子から机へ移動し、ペンを執る。
ロデールに手紙を書くためだ。
きっと、彼も疲れているだろう。
日々の鍛錬や王子の護衛、もしかしたら書類仕事もあるかもしれない。そう考えると、きっと自分より疲弊しているに違いない。
微力だろうが何かしてあげたいと、コレットは思い立つ。
自分の不安定な気持ちを、ロデールに悟られないよう慎重に言葉を選びながら、相手を気遣う文を綴る。
返信は不要だという一文も添えて。
手紙を出して数日後、ロデールから返事が。
内容は、気遣てくれたことへの感謝と外食の誘いだった。




