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24(ジョイル視点)
「お待たせいたしました。どうぞ、お掛けください」
職員の男性が、ジョイルに座るよう促した。
ジョイルは女性の職員が気になり、相手に問いかける。
「あれ? 先ほどの女性は?」
「彼女は今年入ったばかりの新人でございますので、代わりに私が担当させていただきます」
職員の男性は即座に答えた。
新人に貴族の相手をさせるわけにはいかないと思ったのだろうと、ジョイルは心の中で呟く。
「ふーん。まあ、良いよ」
そう口にしながら、ジョイルはソファに座った。ソファから、ギシリという音が鳴る。
職員の男性は相手が座ったことを確認し、手続きについての話を始める。
「それでは早速、ベルワーテ侯爵家のご子息とのことですが、何か証明できるものはございますか?」
職員の男性に証明できるもの――家紋入りの持ち物を提出するよう求められた。
当然ジョイルは持っていないため、どうにか知恵を絞って言い訳する。
「な、無い……。あ、ここに来る途中、盗賊に襲われたんだ! そ、その時に家紋入りの持ち物も……盗られてしまって……」
嘘を吐いている自覚があるせいか、声は震え、目も泳いでいる。明らかに不自然だ。
その返答と不審な振る舞いに、ジョイルが平民だと見抜く職員の男性。
しかし、嘘を指摘すると面倒事に発展すると思ったのだろう。一応、相手を気遣う言葉をかける。
嘘を見抜いていることを暗に知らせる嫌味も添えて。
「……そうですか。そのような報告は上がっておりませんが、取り締まりを強化するよう上に進言いたします。災難ですが、家紋入りの持ち物だけを盗られただなんて運が良かったですね」
「あ、ああ……」
その返答を聞き、ジョイルが平民であると見抜かれていることを悟る。その事実に恥ずかしさで顔が赤くなる。
職員の男性は、入室の際に手に持っていた数枚の書類と筆記用具をジョイルに差し出した。
「こちらに必要事項をご記入ください」
ジョイルは書類と筆記用具を受け取った後、粛々と記入していく。
応接室にカリカリと書類に記入する音が響く。
途中、分からない箇所を職員の男性に質問しつつも、なんとか書類を書き切った。
職員の男性は、ジョイルから記入済みの書類を受け取る。書類に目を通し、不備が無いことを確認。
「お疲れ様です。すぐに移住の手続きをいたしますので、ロビーでお待ちください」
そう言って、職員の男性が立ち上がろうとすると、ジョイルは前のめりになって止める。
「待て! この領地では芸術家は住居や画材などの支援を受けられるんだろう? 画家として僕もその支援を受けたいから、それも頼む!」
ジョイルからの言葉に、再び職員の男性は手続きについての話をする。
「承知いたしました。それでは画塾に通われたり、どなたかの師匠に弟子入りされていますか? どこかに所属していたり、何か実績があればご提示ください」
「いいや……でも、この作品を見れば、僕が将来すごい画家になることを認めるだろう!」
ジョイルは画塾に通ってないし、師匠に弟子入りしているわけでもない。何の実績も無い。
だが、自身の作品を見れば納得するだろうと思い、スケッチブックに描いた絵を披露する。
王都にある裏通りの酒場でも披露した、四足歩行だと思われる動物の鉛筆画だった。
「どうだ! まあ、他の奴らより格段に優れているから、僕が支援まで受けるのは気が引けるけどな」
あまりにも稚拙な絵に、職員の男性は謙遜している風を装いながら冷ややかに伝える。
「……申し訳ありません。私は役所の職員ですので、作品の価値は分かりかねます。住居の支援を希望される場合、画塾に通われるか、どなたかの師匠に弟子入りするなど、誰でも確認できるものをご提示ください」
「正気か? 役所の職員とはいえ、お前はデシャン男爵領に住んでいるんだろう? なら、この絵の素晴らしさが分かるはずだ!」
ジョイルは職員の男性の返答に不満を抱き、彼を非難しながら自身の絵を、ずいっと前へ持って行く。
子供が描いた落書きのような絵を突き出されて辟易しながらも、職員の男性は同じ返答をする。
「申し訳ありません。私には……」
「ふん! まあ、そうだな。ただの役所職員に、僕が描いた絵の価値は分かるはずないよな。日を改めるとしよう」
ぶつくさと文句を言いながら、ジョイルはスケッチブックを片付けた。
貶されたにもかかわらず、職員の男性は何事もなかったかのように画材の支援について説明を始める。
「次に画材の支援についてですが、店側に支援しているので、店頭に並んでいる商品は他の領地のものより、少し値段が下がっております。したがって、特別な何かをする必要はございませんので、そのままご購入ください。値段が安くなっていることは、画家を志している方なら一目でわかるはずです。本当に、画家になる気があるのならば」
「当然だ!」
もはや職員の男性は、ジョイルを画家の卵ではなく、単なる移住者と決めつけている。
しかし、ジョイル自身は巨匠に匹敵するほどの画家だと信じているので、嫌味に気付かない。
続いて職員の男性は、移住者用の住居について説明を始める。
「相場の家賃になりますが、移住者用の住居をいくつか紹介できます。もし、お決まりでないのなら、いかがですか?」
そう言いながら、職員の男性は移住者用の住居について詳細が記載されている書類を、いくつか提示する。
相場と言っても、ここは男爵領。王都と比べると物価がかなり低いので、良い物件でも家賃が安い。
これならばと、ジョイルは提示された住居の中で一番、家賃の高い物件を指さす。
「じゃあ、これにしよう!」
ジョイルは物件を内見することなく即決した。
まだベルワーテ侯爵から渡された金銭は残っている。使い果たしてしまったとしても、自分が描いた絵を売れば、すぐに大金が手に入る。
ここは芸術に造詣の深い者が集うデシャン男爵領。自分が描いた絵もすぐに売れるだろうと楽観視しているのだ。
この選択が後々、自身の首を絞めることになるとも知らずに……。
「承知いたしました。それでは、すぐに手続きを始めますのでロビーでお待ちください」
職員の男性は、ジョイルに移動するよう促す。
本来なら、平民と同じくロビーで待つように言われると腹を立てるが、彼は満面の笑みを浮かべていた。
今、画家としての第一歩を踏み出した。
これから成功までの道のりを歩むのだと思うと、ジョイルは希望に胸が膨らむ。
職員の男性が、自身に冷ややかな視線を送っていることに気付かないほど、喜色に染まっていた。




