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私の夢は私が決める ~婚約者に「夢を叶えるために支えて欲しい」とお願いされましたけれど、勝手だと思いませんか?~  作者: ほし


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23(ジョイル視点)




 王都から乗合馬車に揺られたり、宿に泊まったりしながら数日。


「はあ~~! ここが、デシャン男爵領か。悪くない!」


 長い間、乗り心地の悪い乗合馬車にいたからか、降りて早々に背伸びをする。

 ようやくジョイルは、目的地のデシャン男爵領に着いた。


「腹ごしらえしたいところだが、まずは役所だな」


 ジョイルは案内板で役所の位置を確認。新しい目的地に向かいながら、街を探索することに。


 彼がいるのはデシャン男爵領の中でも一際、賑わっている街。この国のほとんどの芸術が集まり、発信し続けている。

 作品を買い求める王侯貴族が滞在するせいか、それなりに立派なホテルやレストランが点在。

 絵筆やパレットなどが描かれた看板を散見するため、画材が購入できる店なのだろう。その他、バイオリンや音符、羽ペンやインクの壺などが描かれた看板もある。


 そして、大通りには格式のある画廊がいくつも並んでいた。

 今も、身なりの良い貴族らしき男性が店に入っていくのを目の当たりにする。どの画廊も五人から十人ほど客がいるようだ。

 巨匠として活躍する者、未来の巨匠として将来性のある若者の絵を購入するために訪れたのだろう。


 その画廊に自身が描いた絵が飾られ、多くの王侯貴族に求められることを想像したジョイル。思わず武者震いし、顔がにやける。

 自身の絵が評価される未来を想像したのだが、それだけではない。


 自分を追い出したベルワーテ侯爵や、感性の乏しいポワミエ伯爵が後悔し、惨めに乞い縋ってくる未来も想像したのだ。


 どのような醜い泣き顔を晒して許しを乞うのだろうと思っている内に、役所らしき建物が見えてきた。

 街は男爵領とは思えないほど賑わっていても、やはり役所は非常に簡素で小さく野暮ったい。見たところ建物は二階までしかなく、こんな小さな建物で業務が円滑に進むのだろうかと、心配してしまうほどだ。


 役所を訪れた目的は移住の届け出をするためだが、一番の目的は住居や画材の支援を受けるため。

 もちろん、画家として。


 早速、ジョイルは中へ入る。


 建物の中は清掃が行き届いて清潔だが、やはり外観と同様かなり簡素で装飾が少ない。壁はクリーム色というより経年劣化によって変色したのだろう。中にいる人は、ほとんど平民だからか、どこか田舎臭い。

 仕方なく、比較的マシな職員の若い女性に声かける。


「ああ、君、僕はこの領地に移住を希望しているんだけれど、手続きの方法を教えてくれない?」


「ええ、もちろんです。こちらへどうぞ」


 職員の女性はジョイルを窓口へと丁寧に案内する。そこには、役所に何らかの手続きに来ている平民が数人、別の職員に説明を受けていた。

 それを見て、平民と同じにされたことが気に食わない彼は、自分の出自を相手に伝える。


「僕はジョイル・ベルワーテ。ベルワーテ侯爵家の子息なんだ」


 ジョイル自身、父親であるベルワーテ侯爵に縁を切られたことは理解している。しかし、少しでも利益があればという打算的な考えで口にした。

 すると、職員の女性は驚き、謝罪する。


「まあ、貴族様でいらしたのですね! 大変、失礼いたしました。それでは、こちらへどうぞ。応接室まで、ご案内いたします」


「うん、頼むよ」


 相手が貴族だと分かった途端、職員の女性は恭しくロビーの奥へと案内する。

 ジョイルは上機嫌になり、ロビーで手続を行っている平民を嘲笑うかのような表情をしながら、その場を後にした。




 職員の女性は貴族に会うのが初めてなのだろう。応接室までの通路では少し興奮した様子で、身の上を交えながら常に話しかけていた。


「実は私、新人で生まれも平民なもので、貴族の方にお会いするのが初めてなんです。貴族の方の担当になれるなんて光栄です!」


「まあ、そうだろうね」


 そう言った後、ジョイルは職員の女性を、ちらりと見る。

 平民は貴族と触れ合う機会が少ない。その上、職員の女性の容姿は平凡。街ですれ違ったとしても、気にも留めないだろう。


 会話をしている間に応接室に着いたらしく、職員の女性はドアを開ける。


 応接室の広さは、ベルワーテ侯爵邸にあった自室と比べて約四分の一ほど。安っぽいテーブルが一台とソファが二脚。壁はロビーと同じく経年劣化によって黄色く変色しており、そこに一枚のスケッチ画と時計が掛けられているのみ。


「それでは、こちらで少々お待ちくださいませ」


「ああ」


 ジョイルはソファにドカッと座る。

 年季が入っているのか、単に粗悪品なのか、体勢を少し変えただけでギシギシと大きな音が鳴った。その音を不快に感じた彼はすぐに立ち上がる。


「はあ、それにしても狭い部屋だなあ……。まあ、田舎の領地にある役所の応接室なんて、こんなものか」


 愚痴をこぼしながら、ぐるりと部屋を周り、ある場所で歩みを止める。

 壁に掛けられているスケッチ画だ。


 その絵は、共同洗濯所で数人の女性が会話をしながら洗濯をしていた。

 縁に腰掛けたり、裾をたくし上げたり、洗濯物が入った籠を持っていたりなど、とても生き生きと描かれている。スケッチ画だが、今にも会話が聞こえてきそうなほどだ。

 右端をよく見ると、“アト”とサインがしてあった。


 アト・ビーテは、この国を代表する絵画の巨匠の一人。

 今も存命で、六十歳を超えている。

 身分は平民で、“ビーテ”は生を受けたデシャン男爵領にある村の名前だ。

 彼の描く作品は繊細かつ鮮やかな色彩が特徴的で、希望に満ち溢れたものが多い。

 人格者としても知られており、すぐに人を受け入れるせいか、抱えている弟子の数は二十人弱と言われている。


 ジョイルが最もライバル視している画家だ。


「この程度で巨匠か……僕が本当の傑作を教えてやらないと」


 ジョイルは、巨匠の描いたスケッチ画の素晴らしさが理解できず、こき下ろす。

 彼が決意を固めていると、ノックをする音が。



 現れたのは応接室へと案内した職員の女性ではなく、職員らしき青年の男性だった。

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