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静まり返っている空気を打ち破ったのはコレットだ。
「ロラ卿。立っているのはお辛いでしょうから、どうぞお掛けになってください」
「は、はい。お気遣いいただき、感謝いたします……」
コレットに座るよう促され、ロデールは再びソファに腰を下ろす。あまりにも静かなので、ソファのかすかに軋む音が響く。
ロデールの様子から、かなり緊張していることが見て取れた。
彼の緊張を和らげるように、コレットは話しかける。
「ロラ卿のご活躍は聞き及んでおりますわ。現在、王室騎士をなさっているとか。とても、尊敬いたします」
「ポワミエ伯爵家のご令嬢にお褒めいただき、光栄に存じます」
コレットが褒めるとロデールは感謝の言葉を口にするが、身分の差があるせいか、どこか固い。
それならばと、他愛もない話題に変える。
「王室騎士の皆様は休憩時間など、どのようにお過ごしなのですか?」
「主にチェスをしております。気分転換にもなりますし、効果的に敵を攻める方法や敵から守る方法など、訓練や研究にもなりますので」
「まあ、休憩時間にまで訓練なさるなんて、常に自己研鑽に励んでいらっしゃるのね」
「恐れ入ります」
コレットの質問に、ロデールは淡々と答える。他愛もない話題に変えたが不発に終わった。
どこか固いのは敬語だからだろうかとコレットは考え、彼にある提案をする。
「あの……よろしければお互い、くだけた話し方で会話をしませんか? 私のことも、どうぞ昔のように“コレット”とお呼びください」
「そんな! 伯爵令嬢に対して不敬なことは……!」
ロデールは即座にその提案を拒否した。
息女とはいえ、伯爵位と騎士爵位には大きな身分の差がある。騎士は伯爵家の息女に対して、礼節を尽くすべきだと。
そんな彼に、コレットは笑いながら問う。
「あら、その伯爵令嬢の頼みを聞き入れてはくださらないの?」
ロデールの言う身分の差を逆手に取った形だ。
彼は良い返しが思い浮かばなかったのだろう、苦笑いしながら早々に降参する。
「……負けたよ、コレット」
名前で呼ばれたことに、コレットは勝利を確信した。
ロデールは再び彼女に謝罪する。
「改めて、弟のジョイルが申し訳ない。いや、私のせいでもあるな……あいつを甘やかしていたのだから」
「いいえ。父も申しておりましたが、ロデール様のせいではありませんわ。お気になさらないでください」
ジョイルから謝罪の手紙を受け取ったが、許せない部分はある。しかし、そのことにロデールは無関係だ。
それに時間が経ったせいか、あの話し合いの時と比べて幾分か気持ちが落ち着いている。
ロデールは少し安堵したような表情をした。
「ありがとう」
ずっと気にしていたのだろう、コレットの寛容な心に感謝の言葉を口にする。
「あの、ベルワーテ侯爵夫妻のご様子はいかがですか?」
最後に会ったのは話し合いの時。
ポワミエ伯爵が受け取った手紙には、謝罪の言葉が何度も綴られていたと聞いている。実子の失態に責任を感じているのだろう。
今も、気に病んで憔悴しているのではないかと、コレットは心配しているのだ。
「私も気になって会いに行っていたのだが……両親はポワミエ伯爵家の皆さんに対して、申し訳なさそうにしていたな……」
「そう……ですか……」
ロデールからの報告に、コレットは気持ちが沈む。
そんな彼女をロデールは労わった。
「コレットは気にしなくて良い。君は被害者なのだから、自分の心の傷を癒すことだけ考えるべきだ」
「ありがとうございます。ベルワーテ侯爵ご夫妻にも、私たちのことで気に病まないようお伝えください」
コレットも、ベルワーテ侯爵夫妻を労わる。
夫妻には良くしてもらったので、二人への言葉は彼女の本心だ。
それに、当主であるポワミエ伯爵が言っているのだから、自分が口を出す権利は無いと考えていた。
「気遣ってくれて、ありがとう。伝えておくよ」
ロデールは優しい笑みを浮かべる。
「それにしても、父とどの様なやりとりをなさったのですか?」
コレットは、少し前までの父親についての様子を振り返る。
ベルワーテ侯爵からの謝罪の手紙を受け取ってから、悲しげな表情を見せることが多かった。仕事で多忙なことも関係しているのだろう、溜息を吐く回数も増えたように思う。
そんな父親が、久々に穏やかな表情を見せたので疑問に感じたのだ。
「ああ、ベルワーテ侯爵からの知らせを受けた後いてもたってもいられなくて、ポワミエ伯爵に毎日、手紙を送っていたんだ。同僚に、相手に対して迷惑だと指摘されて止めたのだけれどね。手紙でそのことも謝罪したら、気にしていないと気遣ってくださって……」
「まあ! そうだったのですね!」
人によっては不愉快に思うだろうが、ポワミエ伯爵はその限りではない。
幼少期に親交があったので、コレットはロデールの性格を知っている。
先ほど謝罪を受けた彼女は、ロデールが相当、誠実な手紙を送っていたのだろうと予想していた。しかし、自分が想像していたよりも、ずっと彼は実直だったことに驚く。
誠実で責任感のある人物に好感を抱く父親が気に入るはずだと納得した。
「ポワミエ伯爵が席を外したのは、やはり私が手紙を頻繁に出したことが原因だろうか……」
ロデールは、ポワミエ伯爵に嫌われたのではないかと気にしていた。過酷な戦場でいくつもの武功を立てた彼が、目の前のソファで小さくなっている。
その落差が可笑しいと思ったコレットは優しく教える。
「いいえ、逆です。父はロデール様のことを、とても好ましく思っていらっしゃいますわ。父の穏やかな表情を久々に見ましたもの」
「そ、そうか! それなら、嬉しいが……」
ロデールが子供のように嬉しそうにする。
その様子を見て、再び可笑しいとコレットは心の中で思う。
まるで幼少期に戻ったよう……また、あの頃のような関係に戻れたら……。
そう願ったコレットは、ロデールにある提案をする。
「ロデール様、私からお手紙を出しても宜しいでしょうか? また、親交を深めたいと願っているのですが……」
提案したのは、文通の誘いだった。
彼女からの提案に驚きながらも、ロデールは笑顔になる。
「あ、ああ、喜んで!!」
引きこもりがちだったので、久々に家族や使用人以外と談笑したコレット。
ロデールとの楽しい文通を想像して、期待に胸を膨らませた。




