17
17(ジョイル視点)
勘当されたが、血は繋がっている。
縁を切ると言われたが、実の息子が困っていると知れば助けてくれるだろう。それに、高位貴族の子息なら見逃してもらえるのではという甘い考えも含んでいる。
「なら、証拠を見せろ。本当にベルワーテ侯爵家の息子なら、家紋入りの持ち物とかあるだろ」
「そ、それは……」
家紋入りの持ち物は、持っていない。
追い出される時に、すべて取り上げられたからだ。画材が入った箱にも家紋が描かれていたが、侯爵に削り取られてしまった。
「そ、そうだ! ベルワーテ侯爵邸に連れて行ってくれ! そしたら、証明できるから!!」
家紋入りの持ち物はないが、ベルワーテ侯爵邸に行けば本当だと証明できると懇願するジョイル。
追い出されて日が経ってないので、顔や髪型、体形もほぼそのまま。侯爵でなくても、家の者であれば証言してくれるはずだと考えたのだ。
しかし、従業員の男性はその提案をバッサリと切り捨てる。
「ベルワーテ侯爵家の家紋が描かれた持ち物を、一つも持ってないんだろ? そんなやつ誰も信用しねえよ。顔が似てるだけの偽物かも知れねえし」
「そんな……」
ジョイルは自分の言葉を信用してもらえず、ガタガタと震えだす。
未だに自分が描いた絵を手に持っていたが、それで支払うという考えは、とうに捨て去っていた。
「まあ、本物だったら、それはそれで良いか。俺らベルワーテ侯爵の野郎に恨みがあるしな。アイツのせいで商売上がったりだ。日頃の恨みを晴らせる良い機会になる」
常々、ベルワーテ侯爵は王都の裏通りにある店を一掃したいと考えており、徐々に数を減らしている。侯爵が取り締まりを強化したせいで売り上げが減り、鬱憤が溜まっているのだろう。
脅迫めいたことを言われ恐ろしくなる。
「わ、分かった! 払う! 金で払うから!!」
ベルワーテ侯爵への怒りの矛先が自身に向けられることに、命の危険を感じたジョイル。彼は金銭で支払うと宣言し、慌てて財布を取り出す。
従業員の男性は財布に大量の紙幣が入っていることに気付いた途端、請求した額が支払われるのを待った。
彼が苛立っていることを、ひしひしと感じていたジョイルは強い恐怖心を抱く。
手が震えながらも、ようやく請求された金額分の紙幣を取り出し、従業員の男性に差し出す。
ひったくるように受け取った従業員の男性は、慣れた手つきで紙幣を数えだした。
「確かに。オラ、さっさと出ていけ。二度と下手クソな絵で支払おうなんて思うなよ!」
無様に店を追い出されたジョイルは、しばらく呆然とする。
その後、店から大きな笑い声が聞え、言葉の端々からジョイルを嘲笑っていることが分かった。
ジョイルは逃げるようにして、その場から立ち去る。
「卑しい生まれのくせに……」
命の危険が過ぎ去ったとたん、悪態をつく。
今まで、家族や周囲に大切にされて育ってきた。
縁を切られたとはいえ、ベルワーテ侯爵家の血を引いている。さらに、次期侯爵の後継者として教育され、家庭教師からも物覚えが良いと言われていた。
父親だった侯爵からの教育は厳しかったが、それはジョイルに期待し、大切に思っていたからこそ。
ジョイルは先ほど受けた、あまりにも酷い待遇に自尊心を傷つけられ、怒りが湧いてくる。
「そうだ、デシャン男爵領」
デシャン男爵領は画家、音楽家、作家など、著名な芸術家の居住地として名高い。芸術家を志す者も、こぞって移住するくらいだ。
緑豊かな領地で自然から着想や刺激を得るのだろう、多くの傑作が生まれている。その作品を買い求める王侯貴族が滞在するお陰で、領地が豊かになっていた。
領地内の大通りに格式のある画廊がいくつも軒を連ね、自身の作品が一つ飾られるだけで名誉なこと。偉大な芸術家として認められたことと同義。
当然、その地に住む領民も芸術に理解があり、目が肥えているに違いない。
さらに、芸術家は住居を安く借りられたり、画材や楽器、筆記用具などを安く購入できるらしい。手厚く支援する制度も充実しているのだ。
「そうと決まれば、デシャン男爵領に向かおう!」
裏通りの酒場で大金を失ったが、デシャン男爵領までの路銀は十分賄える。
王都とは違い、田舎で不便だが税率がかなり低いので、しばらく滞在できるだろう。
ジョイルはデシャン男爵領に行くため、乗合馬車の停留所へと向かった。




