14
14
許可を得て、ポワミエ伯爵のいる執務室に入室するコレット。
「お父様、お呼びでしょうか」
「ああ」
コレットが入室すると、ポワミエ伯爵は机の上の書類を簡単に整理している最中だった。ある程度、片付けると、伯爵は彼女にあることを告げる。
「コレットとベルワーテ侯爵令息との婚約が、正式に破棄された」
“婚約が、正式に破棄された”
それを聞いた途端、大きな決断をしたことを実感する。
「ちなみに、ベルワーテ侯爵令息は平民になったそうだ。すでに家から追い出したらしい。本人が画家になることを望んでいるし、揉め事を起こすような者はベルワーテ侯爵の後継者として不適格だからだ――と。ああ、もう“ベルワーテ侯爵令息”ではないな」
「そうですか……」
かつて、愛していた者が平民になったことを知り、心がざわつく。そうなるかもしれないと予想はしていたが、実際にジョイルが平民になった今、とても複雑な心境だった。コレット自身、婚約破棄を望んでいたとはいえ、まだ気持ちに整理がついていないのかもしれない。
「ベルワーテ侯爵からの手紙には、何度も私たちに対する謝罪の言葉が綴られていた……」
そう言って、ポワミエ伯爵は机の端にある手紙に視線を移す。ベルワーテ侯爵からのものだろう。
ベルワーテ侯爵に恨みはない。
だが、ジョイルを育てたのはベルワーテ侯爵夫妻。全く責任がないとは言い切れない。
許したいが、簡単に許せることではない。しかし、ベルワーテ侯爵夫妻は、コレットを本当の娘のように可愛がってくれていた。そのことは、ポワミエ伯爵も知っている。
伯爵が複雑な感情を抱いていることは、表情から読み取ることができた。彼自身も、どうすれば良いのか分からないのかもしれない。
ポワミエ伯爵は気持ちを切り替えるかのように椅子に深く腰掛け、大きく深呼吸した。
その後、思い出したように話題を変える。
「そういえば、ジョイルが持ってきたスケッチブックはどうした?」
少し険しい表情を浮かべながら、近くにいる使用人に問いかけた。
ジョイルは帰宅する際、持ち込んできたスケッチブックを持っていなかった。
ポワミエ伯爵は、まだ邸宅内にあるのなら処分したいと考えているのだろう。
「一応、物置部屋の方に保管しております。旦那様のご許可をいただけるまで、勝手に処分するわけには参りませんので」
その問いに答えたのは、共に執務室で仕事をしていた壮年の使用人。出されていた書類や帳簿を棚に戻していたが、今は主人の隣で控えている。
「そうか……ベルワーテ侯爵に送り返さなければな」
ポワミエ伯爵は予想していた通りだったのだろうが、ベルワーテ侯爵のことを考えると再び複雑そうな表情をした。追い出した人間の持ち物を今、送っても良いものかと、悩んでいるのかもしれない。
そして少し考えた後、コレットの方に視線を移す。
「ああ、コレットに伝えることは以上だ。時間を取らせて悪かったな。もう下がって良い」
「いえ……失礼いたします」
ポワミエ伯爵に下がるよう言われ、それに従うコレット。
頭を下げた後、使用人にドアを開けてもらい退室する。
この時、最後に父親に何か元気づけられる言葉をかけたかったが、彼女には思い浮かばなかった。
「ふう……」
コレットは廊下を歩いていると、思わず溜息を漏らした。
どちらかと言うと安堵に近い。ようやく緊張感のある状況から解放され、一息つける。
ジョイルとの婚約破棄が成立した。
本当にこれで良かったのだろうかと後悔の波が押し寄せるが、すぐに打ち消す。
他人の家族を侮辱する人と、人生を共にすることはできない。
政略結婚ならば我慢する必要があるかもしれない。しかし幸いなことに、父親であるポワミエ伯爵はコレットの気持ちを優先してくれている。自身の結婚に関して、我を通すことが許されているのだ。
最後に見たジョイルの醜い様子を思い出し、怒りが込み上げてきた。
「お嬢様、少し休憩なさってはいかがですか?」
侍女がコレットの様子を見て話しかけてきた。彼女なりに心配しているのだろう。
コレットも気持ちを落ち着けたいと思い、その提案を受け入れる。
「ええ……そうね。それと――」
「坊ちゃまからいただいたマカロンと、それに合う茶葉を――ですね」
コレットが言い終わらないうちに、侍女が笑顔で先に答える。
優秀な侍女に言われ、コレットも釣られて笑顔になった。
「ふふ、お願いね」
「お任せくださいませ」
コレットからのお願いに侍女は恭しく答える。
侍女は期待に応え、素晴らしい時間を提供してくれるに違いない。
可愛い弟のサロモンからもらったマカロンに思いを馳せ、コレットの足取りが一気に軽くなった。




