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12(ジョイル視点)
ボゴッ!!
ベルワーテ侯爵邸の玄関。
ジョイルは帰宅して早々に、父親であるベルワーテ侯爵に頬を殴られる。
「この、馬鹿者が!!」
無様に尻もちをつくジョイル。意外にも、彼が反抗することは無かった。
同行しなかったベルワーテ侯爵家の使用人は、二人の様子をうかがう。主人の様子から、ポワミエ伯爵邸でジョイルが失態を犯したのだと察する。
少し遅れて、同行していた使用人は心身が疲弊している侯爵夫人を介抱しながら、ゆっくりと玄関へ。当然、心身が疲弊した原因は息子のジョイルだ。
「勘当だ! もう、お前など知らん! 画家にでも何にでも、なるが良い!!」
ジョイルはベルワーテ侯爵から勘当を突きつけられ、静かに立ち上がる。
「旦那様、大丈夫ですか!?」
「奥様、お気を確かに……」
「ご要望がございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
使用人の侯爵夫妻を心配する声を背にして、ジョイルは自室へと向かう。
ベルワーテ侯爵夫妻の様子に使用人は気が動転しながらも、懸命に対応する。
一人で自室に向かうジョイルを気遣う者は、誰もいなかった。
帰路に就く馬車の中で、だんだんと頭が冷えてきたらしい。邸宅内の廊下を歩きながら、後悔するジョイル。
何故あの時、あのような心無い言葉を投げつけてしまったのだろうか……――と。
コレットに興味がないとはいえ、基本的に家族仲が良いことは知っていた。厳格な印象のあるポワミエ伯爵が、妻である伯爵夫人を大切にしていることも。
いや、そうでなくても、身内に対して先がないと言われたら誰だって傷つく。どれほど謝罪しても、許される可能性は無いだろう。
思い通りにいかない苛立ちで感情的になっていたとはいえ、言ってはならないことを言ってしまった。
先ほど、ベルワーテ侯爵に殴られた頬をさする。
ポワミエ伯爵家の者たちが受けた心の傷の痛みは、こんなものではないだろう。
「せめて……家を追い出される前に、詫び状を出さなくては……」
ジョイルは申し訳なく思い、詫び状にしたためるための文面を考えていた。
「ジョイル」
廊下を歩いていると自分を呼ぶ声が聞え、声のする方へと体を向ける。
そこにはジョイルの兄、ロデールの姿が。
「あ、兄上? 何故こちらに?」
兄のロデールは家を出た後、騎士になるために他家で修行を経て騎士爵位を叙爵されていた。
現在は王室騎士となっている。
その兄がベルワーテ侯爵邸にいるので疑問に思ったのだ。
弟であるジョイルの疑問にロデールは答える。
「ベルワーテ侯爵から手紙をいただいて馳せ参じたのだ。私に手紙を書くなんて、余程のことだろうからな」
彼は無表情ながら、声色からは怒気を含んでいる。
「大体の事情は聴いている。お前は爵位を継いだ後、ポワミエ伯爵令嬢に家の仕事をすべて押し付けて、画家の夢に専念するつもりらしいな」
「うるさい! 僕は夢を追うこともできないのか!? 画家になる夢を見たって良いだろ!!」
明らかに自分を責める言葉に、ジョイルは声を荒げた。
そんな子供のような癇癪を起こす彼に、ロデールは冷静に反論する。
「夢を見るのは自由だ。だが、爵位を継ぐことと画家になること、二つの両立は不可能だ。他人に頼れば可能かもしれないが、自分が利用されることを承知で支える者はかなり珍しいだろう。まあ、爵位を継ぐ可能性は潰えるだろうから、好きなだけ画家になる夢を追いかけるが良い」
そして、より一層、声を低くして言葉を紡ぐ。
「私も爵位を継ぐのが可能なことを忘れるな」
ロデールもベルワーテ侯爵の実子なので、家を出ても継承権は残っている。複数の爵位を持つ者も存在しているので、騎士爵位と侯爵位を持つことも可能だ。
先ほど、侯爵はジョイルに「勘当する」と宣言した。怒りは相当で、近々、本当に勘当されるだろう。
そのことを思い出したのか、自分の置かれている状況を知り、現実味を帯びてきたことに不安を抱く。
「うるさい、うるさい、うるさい!! 兄上は、コレットが僕に気があるのを妬んでいるんだ!!」
ジョイルは、放り出される恐怖心を払しょくするように騒ぎ立てる。
「騎士爵位になったからって調子に乗るなよ! 侯爵位より、ずっと下のくせに、侯爵家の子息で跡継ぎに向かって、なんて口の利き方だ!!」
正式に勘当されたわけではないので、まだ侯爵家の子息。騎士爵位より侯爵爵位の方が、ずっと上。現段階では、ベルワーテ侯爵の後継者もジョイルのまま。
そう指摘すると、ロデールは苦々しい表情をしながらも最低限の謝罪した。
「……失礼した。ベルワーテ侯爵令息」
ロデールは会話を切り上げ、小走りでベルワーテ侯爵の元へ。
今度こそ独りになるジョイル。
先ほどまではポワミエ伯爵家の者たちに対して申し訳なく思っていたが、今は苛立ちを募らせていた。
「お前らなんかより、多くの才能があるのに……絶対に後悔させてやる」
ジョイルは周囲への憎しみを呟きながら、孤独のまま自室までの廊下を歩いて行った。
彼の財産はスケッチブックと鉛筆、そして使い古した画材入れの木箱だけ。




