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私の夢は私が決める ~婚約者に「夢を叶えるために支えて欲しい」とお願いされましたけれど、勝手だと思いませんか?~  作者: ほし


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 呆気に取られる周囲。

 すかさず、ベルワーテ侯爵が叱り飛ばす。


「お、お前は何を言い出すんだ!! 誰のせいで、このような事態になったと思っている!!」


「だって、そうだろう? 僕は優秀なんだ。自分の家より家格の低い娘なんて不釣り合いじゃないか。それは父上もよく知っているはず!」


 ジョイルはポワミエ伯爵家の者のみならず、父親であるベルワーテ侯爵にまで不遜な態度を取っていた。


「お前が秀でているのは記憶力のみ。家庭教師にもそう言われただろう。貴族として優秀かどうかは、実際に仕事をしてみなければ分からない。今も立派に仕事をこなしている、ポワミエ伯爵やご令嬢の方がよっぽど優秀だ!」


「じゃあ、やはりベルワーテ侯爵家の仕事を、コレットに任せた方が良いじゃないか。まあ、コレットにできるなら僕にもできるだろうけど」


 仕方がなく任せるといった様子の息子に、ベルワーテ侯爵は力無く問いかける。


「……自分が貴族として……責務を全うする気はないのか?」


「生憎、僕は画家になって世界中の人たちを幸せにする義務があるんだ。生活していくために爵位は継ぐけど、家の仕事なんて、とてもできないよ」


 ジョイルからの言葉に、ベルワーテ侯爵は項垂れる。


 コレットは侯爵に同情していた。

 幼少期からジョイルを後継者として教育してきたのだ。並々ならぬ情熱と責任感を持って、厳しく育ててきたはず。

 それが、まさか、画家になりたいと言い出すとは夢にも思わなかったのだろう。


 二人のやりとりを見ていたポワミエ伯爵が、あることを言いだす。


「そういえば、私は君の絵を見たことが無いのだが……」


「ええ、私も幼い頃に少しだけ拝見する機会がございましたが、現在のベルワーテ侯爵令息の絵を拝見したことはございません」


 ポワミエ伯爵の疑問に、コレットも同調する。

 幼い頃、ジョイルは勉強の息抜きとして絵を描いていたので、スケッチブックの中を少し見せてもらう機会があった。あの頃は、子供らしい絵だったと記憶している。

 しかし、成長していくにつれ、見せてもらう機会は無くなっていった。

 現在、どのような絵を描いているのかは知らない。


「ああ、僕の作品を見たいと言われると思って、特別に持ってきてやった。素晴らしさが理解できるとは思えないがな」


 そう言って、自分の座っているソファに立てかけている荷物の梱包を解く。

 ジョイル以外の者は、梱包が解かれるのを、ただひたすらに待っていた。表には出さないが、心の中では皆、うんざりしていることだろう。


 解き終わったのか、梱包材を雑に放り投げた。持ってきたものは、スケッチブックらしい。

 ジョイルはページをめくり、鉛筆で描かれたデッサン画を披露する。


「どうだ、素晴らしくて声も出ないだろう!」


 だが、自信満々に披露されたそれは、想像していたものより、ずっと質の低いものだった。


 辛うじて植物が描かれていることは分かるが、どこか歪な形をしている。基礎ができていないからか、いくつもの輪郭線が重ねられ、見当違いな場所に斜線を描いているので陰影が滅茶苦茶。

 小手先の手法で、上手く描けているように誤魔化しているだけ。


 幼い頃と比べて上達してはいるが、画家として成功できるほどの腕前ではない。

 その場にいた者は皆、絶句した。


「こ、この程度で画家を志しているのか……」


 始めに言葉を発したのはベルワーテ侯爵。

 画家を目指しているのだから、納得できるほどの技術力や能力があると思ったのだろう。あまりにも粗末な息子の絵に愕然とする。

 侯爵夫人も情けなく思ったのか、夫である侯爵の肩に顔を埋め、すすり泣いていた。


「申し訳ないが……ベルワーテ侯爵と同じく、私も良さが分からない」


 ポワミエ伯爵はベルワーテ侯爵に同意し、唖然としている。


 コレットは特別、美術に精通しているわけではない。しかし、ジョイルを画家として扱うのであれば、彼が描いた絵は今まで見てきた中で一番、稚拙だった。その上、どことなく傲慢な印象を受ける。


 思った反応を得られなかったからか、ジョイルは溜息を吐く。


「これだから感性の乏しい者はダメなんだ。まあ良い。冥途の土産に、ポワミエ伯爵夫人にも見せてやろう」


「冥途?」


 ジョイルの言葉に、すかさず反応するポワミエ伯爵。

 得意げにジョイルは答える。


「今も体調を崩しているんだろう? どうせ先は長くないんだ。死ぬ前に、僕の絵を見ることができる幸運を与えてやろう。ポワミエ伯爵も、最期に男を生んでもらって良かったな」


 パシンッ!!


「貴方って子は!!」


 相手を侮辱する言葉を口にした息子に、ベルワーテ侯爵夫人は彼の頬を思いっきり打った。


「痛いじゃないか!!」


 母親であるベルワーテ侯爵夫人に頬を打たれ、ジョイルは暴れだす。だが、すぐにポワミエ伯爵家の使用人に取り押さえられた。


 ベルワーテ侯爵はソファから降り、床に手をつく。


「申し訳ありません!! 申し訳ありません!!」


 ポワミエ伯爵家の者に対して息子の非礼を詫びる。

 こんな謝罪では詫びにならないと分かっているだろうが、何度も何度も謝罪の言葉を口にしながら頭を下げていた。


 ポワミエ伯爵は膝に置いていた拳に、力を籠める。


 コレットも怒りでドレスの布を握りしめていた。それと同時に、以前、父親から聞かされていたことを思い出す。

 両親は、貴族ではよくある政略結婚だった。長く過ごしている内に共に愛情が芽生えたが、父親は特別、愛妻家というわけではない。

 しかし、家のために女主人として働き、命がけで二人も子供を生んでくれたことに、いつも感謝していた。

 コレット自身も、忙しい中いつも気遣ってくれる母親を尊敬していた。


 その母親を侮辱されたのだ。許せるはずがない。


「今の私は……冷静になれそうにない。今日のところは……お引き取り願おう」


 ようやく言葉を絞り出し、相手に帰宅するよう促すポワミエ伯爵。


「本当に……申し訳ありません……。慰謝料については、後日……また、ご相談させていただきたく存じます」


 ベルワーテ侯爵と侯爵夫人は深々と頭を下げ、部屋を出た。

 その後ろから、ジョイルはポワミエ伯爵家の使用人に取り押さえられたまま追い出される。


「放せ! 放せよ!!」


 声を聞いて、思わずジョイルを見るコレット。

 ジョイルの顔は使用人に向いているので、彼女に見られていることに気付いていない。



 彼が部屋から追い出される直前、愛していた人の醜い姿をコレットは悲しそうな表情で見つめていた。

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