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後日、コレットとジョイルの婚約について、話し合いの場が設けられた。
場所は、ポワミエ伯爵家の応接室。
話し合いの場にいるのはポワミエ伯爵とコレット、ベルワーテ侯爵夫妻とジョイルだ。最後に会った日と比べ、侯爵夫妻は少し、やつれたように見える。
ジョイルは何やら、大荷物を持ち込んでいるようだ。
「それでは早速、コレットとベルワーテ侯爵令息との婚約破棄について、話し合いをしましょうか」
最初に、ポワミエ伯爵が開始の合図をした。
その後すぐに、ベルワーテ侯爵は謝罪する。
「この度は……愚息が申し訳ありません……」
言い訳は一切ない。心から申し訳ないと思っているのだろう。
隣に座っているベルワーテ侯爵夫人も同時に、深々と頭を下げる。
娘を蔑ろにされた怒りからか、ポワミエ伯爵が二人の謝罪する姿を見ても動じた様子は無い。
「コレットから話を聞きました。ベルワーテ侯爵令息が、爵位を継いだまま画家を目指すと言っていると……本当ですか?」
「お恥ずかしながら……本当です……」
「ベルワーテ侯爵令息が、侯爵家の仕事をすべてコレットに押し付けるつもりでいると……本当ですか?」
「間違いありません……」
ポワミエ伯爵が高圧的に一つひとつを確認する度、ベルワーテ侯爵は小さくなっていく。
申し訳なさからか、いつもより声も小さい。
対照的に、毅然とした態度のポワミエ伯爵。
「私は、責任を全うする男性の元に娘を嫁がせたいと考えております。ご令息の代になった時、約束を反故にされては、たまりませんからね。信のおける家と繋がりたいと願うのは、貴族として当然ではないでしょうか?」
そう言って、ジョイルを睨みつけながら言葉を続ける。
「現に自身が爵位を継いだ後、娘に侯爵家の仕事をすべて押し付けようとしているようですし」
睨まれたジョイルは恐怖心を抱き、ベルワーテ侯爵夫妻と同じように小さくなる。
言葉の端々からポワミエ伯爵の怒りを、ひしひしと感じるベルワーテ侯爵夫妻。
「ごもっともです……」
ベルワーテ侯爵は更に声を小さくして同意した。
同じ貴族として、痛いほど分かるのだろう。
ポワミエ伯爵はこの結婚において娘の幸せを第一に考えているが、あえて家同士の約束を強調するような責め方をしている。
コレット自身が破棄を望んでいることを隠した形だ。
コレットの気持ちを理由に破棄することは難しいし、彼女の心変わりを期待して相手が婚約の継続を希望するかもしれない。そのような状況を避けるために言葉を選んでいるのだ。
「私は、コレットとベルワーテ侯爵令息との婚約を破棄したいと考えております。コレット、良いね?」
「ええ、問題ありません」
ポワミエ伯爵は婚約破棄の意向をベルワーテ侯爵に伝え、娘のコレットに確認する。
彼女はその問いに同意した。これはベルワーテ侯爵邸から帰宅後、父親に報告した日に決めたこと。
「婚約の破棄を希望されるのも無理はありません……。誠に申し訳ありません。ポワミエ伯爵令嬢と愚息の婚約破棄を受け入れます……」
ベルワーテ侯爵は力無く答える。
隣にいる侯爵夫人はハンカチを口元に当て、時々、謝罪の言葉を口にしながら嗚咽を漏らしていた。
婚約破棄に同意させたポワミエ伯爵は、ひとまず大きな目的を達成したからか自身の態度を軟化させる。
「慰謝料などの細かい内容は後日、詰めさせていただきたいのですが、いかがですか?」
「そう仰っていただけると、助かります……」
これは長年にわたり信頼関係を築いてきた相手に対して、ポワミエ伯爵なりの、せめてもの気遣いだ。
両者とも、この件を早急に片付けたいと考えている。しかし、ベルワーテ侯爵には少し気持ちを整理する時間が必要だろう。もしかしたら、後継者について再び考え直す必要があるかもしれない。
領地運営や事業、仕事で忙殺される中、すぐに息子の婚約破棄に関する話を詳細にまとめるのは酷だ。
心労が溜まっている相手と、建設的な話し合いができるとも思えない。
日々、仕事に追われて息つく間もないことは貴族なら皆、経験している。
家格は違えど、同じ貴族の当主として冷酷にはなれなかった。
今回の件で、信頼関係は失われてしまったが。
ポワミエ伯爵は感傷に浸る。
「ジョイル、お前もポワミエ伯爵とご令嬢に謝罪しなさい」
ベルワーテ侯爵はジョイルに謝罪するよう促した。
事の発端はジョイル。原因が謝罪しなければ、相手の怒りが収まらないと考えたのだろう。
だが、彼はその命令を一蹴する。
「なぜ僕が? 伯爵家なんかの娘と婚約してやったことを、感謝してもらいたいくらいだ」
先ほどまで、ポワミエ伯爵に睨まれて小さくなっていたジョイル。
自身の実家より家格の低い相手に謝罪するよう促され、腹を立てていた。




