6章 3 噛み合わない
今日(2026/05/20)から妥協に妥協を重ねて新規の方向けに副題をつけることにしました。
氷炎護リ人 〜現地主人公×異世界転移〜
中身は何も変わりませんので、ここまで読んでくださっている方々にはあまり影響はないかと思いますが念の為報告です。
「で……シアンさー、いるのバレてんだから入ってこいよなー」
医務室の戸が開いたと同時に、明るいくせに抑揚のない聞き慣れた声が聞こえた。その声が普段よりも少し、ほんの僅かに低いことは、長年隣にいたシアンでなければ気が付かなかっただろう。
先日の兄の話が相当堪えたと見える。しかし、ライアよりも早く情報を握っておきながらライア本人に言うのを恐れ、黙っていたシアンもその共犯者と言えよう。
あの日からずっと、シアンとライアはどこかぎこちない生活を送っていた。
「何? 話に割って入るのが怖かったわけ? いや〜相変わらず変なとこビビりよな!」
「うるせぇ遠慮しただけだ。わざわざ話の流れを止める必要ないだろ」
わざとらしく軽口を叩くライア。シアンも普段通りの悪態で返すが、内心どこかホッとしていた。
ライアは兄、セイヤを酷く恨んでいる。それこそ、冗談抜きで殺す勢い。
シアンがフォリアーテ教会近くで会った時、ソラと相談して、ライアには黙っていることを決めたのだ。復讐相手が近くにいてさらには記憶喪失だ、などと知れば、流石のライアでも暴れだしかねない。なんなら兄を探しに姿をくらませる可能性も考えられた。
(いや、安心してる場合じゃねぇ。早いとこ謝る…………つってもそれを受け入れるこいつじゃねぇよな……)
故に慎重に、タイミングを見計らって告げよう――と思っていたが、なかなかどうしてその機会に恵まれず今に至る。そんな中、肝心の兄が葉の弟と共に現れたことで、必然的にライアにもその話をせざるをえなかったのだ。
せめて、事情の説明だけでも――否、物事の機微に鋭いライアのことだからシアン達の思惑など全てわかっていた上で深く聞かなかったのだろうが――なにか一言でも伝えなければと、シアンは口を開いた。
後悔と不安で息が詰まりそうになる。喉の奥が張り付いたように小さく震え、声に芯が通らない。
「あ……のさ――」
「で? トラリアの要件はなんだった?」
やっとの思いで零れた声は、運悪くライアの問にかき消された。
「あ、ごめん。シアンなんか言おうとした?」
「いや……なんでもない」
ここで、はっきりと言えばよかったのだ。シアンはつい、誤魔化すように目を逸らしてしまった。
今更言い直すのも不自然だろうと、そのまま諦めてライアの問いに答えを述べた。
「トラリアな、カズロットについての話だった。色々面倒なことになりそうだぜ。ソラにも共有する必要がありそうだからまずは家に帰るけど…………リザはどうだった?」
「なんか割と平気っぽいよ。天使と融合って言っても上手いこと人間寄りに落ち着いてるし、立場的にもマリーシャが上手く保護したってさ」
「…………そっか」
「あはは! んな顔しなくても大丈夫だよ。リザはリザのままだ。融合って言っても眷属の半分。それもリザ本人と親和性の高いやつだし? あの時みたいなことにはならねーよ」
人と神――その眷属である天使の融合。その言葉に、シアンの心が酷く揺らいだ。
神嫌い、神殺しと有名な彼女だが、今回のそれは嫌悪ではなくただただ不安。かつて目にした同様の惨劇を掘り返された気分だった。
相当酷い顔をしていたのだろう。一瞬間の抜けた顔をしたライアが困ったように笑いながらシアンの背を叩いた。本人が一番気にしているくせに。
700年という長すぎるシアンの人生。シアンは、その中で築かれた因縁の数々が、今になって一堂に会するのを心のどこかで感じていた。
☆。.:*
王都から家のある町、パレットまで走り屋を利用して凡そ20分。そこから家まで徒歩でさらに20分。町から離れた高台にある家に無事着いた頃には、冬に向けて短くなった日が煌々と最後の足掻きを見せていた。
家の戸を開けると、夕飯にはまだ早いが、既に粗方できているらしいことが伺える。何やら魚を焼いたかのような香ばしい匂いが漂っていたからだ。
勿論、作ったのは今日の飯当番であるソラ。
ライアとシアンは家に着くなり、仕事を終え、窓際で呑気に昼寝をしていた彼を叩き起した。
「カズロットか…………そういえば確かに向こうから来た渡り鳥がなんか言ってたな。なんだったかなあ……」
ソラは事情を説明するなり顎に手を当て考え始めた。何やら早速思い当たる節がある様子。
幾許かの逡巡の後、彼特有のネットワークである野生動物からの話を口にした。
「確か、『変な石と金属の塊が増えて住み心地悪くなった』とかそんな感じだったような……」
「住み心地って……都市改革でもしたのかよ、あの自国文化超尊重国家が? まっさか〜」
ライアはズキズキと痛む頭を抑えながらその情報を記憶に留めた。あまりの頭痛にすぐに忘れそうな気もするが。
ちなみに、頭を抱えているのはライアだけではない。シアンも同様である。先程、完全に寝落ちしていたソラを無理矢理起こしたため、反射的に殴り返されたのだった。
睡眠中の野生動物を下手に刺激してはいけない、とライアは強く己を戒めた。
「とにかく、迷イ人がいるかもしれないなら行くしかないだろ。下手すると探し回ることになるかもしれないから……三人で行くか」
若干こちらと目を合わせないソラ。それなりに罪悪感は感じているようだ。
話は終わったとばかりに夕飯の支度に取り掛かろうとするライア達。
しかしちょうどその時、開けっ放しにしていた窓から一羽の小鳥がふわふわと羽ばたいて来た。よく見ればその足には小筒が付いている。伝書鳥だ。
双子が見守る中、ソラが鳥の足から丁寧に手紙を取り出した。
「噂をすれば影がさすってやつか? そのカズロットから手紙来たわ……けど、あまり見ねえ差出人だな。国王の名前じゃない」
「ほら」と、ソラが高級そうな羊皮紙を広げる。そこに綴られた活字のように整った字の羅列、差出人の名はその一番下にあった。
ライアとシアンは二人揃って、同じように手紙を覗き込む。記されていた名前は、確かにライア達と関わりの強いカズロット現国王の名ではない。どこかで見た事のある名前。先に反応したのはシアンだった。
「何言ってんだよソラ。その名前名前第二王子じゃね?」
「あ?……ああ、アレフか。スペル初めて見たから知らない人かと思った……」
「お前なぁ……」
惚けた様子のソラに、思わずため息が出るシアン。その言葉をきっかけに、ライアの記憶も第二王子に関するものを弾き出した。
「国王の座に着いた? あの人前に出たがらないアレフリアの小僧が? 兄貴のシャオリアじゃなくて?意外〜ぜってー裏あるじゃん」
そして、同時に彼についても思い出していた。迷イ人達の文化を殆ど受け入れないカズロットの中で、唯一異界の文化に興味を持っていたことも。興味と一纏めにするには狂気さえも感じられたことも。
「で? アレフリアがなんだって?」
「えっとー、ざっくり言うと、『カズロットは心を入れ替えました。今後は積極的に迷イ人を保護し、その生活を支えていくつもりです。今後の方針について話がしたいから来い』――って」
「胡散くせぇ」
ライアはソラから受け取った手紙を要約した。本来はもっと仰々しく長ったらしい文章であるが、言いたいことはこれだろう。
その話を一蹴したシアン。気持ちはとてもよくわかる。
カズロットは自国の文化をとても大切なものとして扱っていた。建国当時から迷イ人の多文化を内包するバルフィレムと異なり、独自のペースで発展してきた由緒ある国だ。
迷イ人に対してもライア達護リ人が送還や保護を行うまでの一時的措置は行っている。ただ迷イ人が現地で生活するには厳正な試験と法が必要になる、と言うだけで。
ライアに国の方針をとやかく言うつもりは毛頭ないが、この変わり身の速さには些か気になる部分もあった。
「胡散くせえのは間違いないけど、今後の迷イ人受け入れ体制についての会談って言われると行かない訳には行かないだろ…………あ」
話を締めようとしたソラの言葉を、地鳴りのような轟音が遮った。――ソラの腹の虫である。
「……そんなことより先に飯にしない? 腹減って死ぬ」
「死なないだろ、私ら不老不死なんだから」
「いいや死ぬね。生命活動ではなく精神的に死ぬ。具体的に言うと、やる気と根気と覇気が死ぬ」
「あぁはいはい。じゃあカズロット行きの話は飯食いながらにしようぜ」
飯の事になると頑として譲らないソラ。こうなってしまえば彼はテコでも動かない。
呆れの色が混ざる溜息をついたシアン。その言葉を合図に、ライア達はそれぞれ手分けをして夕飯の支度に取り掛かるのであった。
空は既に夜の帳が降りている。ライアは外の冷気を遮るように、窓とカーテンを隙間なく閉めた。




