6章 4 砂を駆ける船
バルフィレムは既に冬に向かって走り出したというこの時期。数ヶ月前に別れを告げたはずの灼熱が再びシアンを襲っていた。
「クッッッソあっっっつ…………何だこの暑さは。これが噂の温暖化ってやつか…………」
「何言ってんだ、カズロットはいつもこうだろ。バルフィレムが肌寒かったせいで相対的に暑さ感じてるだけだわ」
「ソラの口から相対的とかいう頭良さそうな単語が聞こえる……ダメだ、私は暑さで頭やられちまったらしい……こいつにそんな語彙力あるわけがねぇ」
「砂漠に突き落とすぞお前」
肌を撫でる風に、尽く砂粒が混ざっている。
ここはこの世界で一番広い砂の海――テュール砂漠。砂が柔らかすぎるのか、砂の層が厚すぎるのか、人も動物も歩行はほとんど不可能と言える魔境の一つ。
ならば人はどうやって移動するかと問われれば、答えは簡単――船である。
エインスカイ中を網羅したと豪語する旅行雑誌、『死ぬまでにみたい絶景5選』にも載るほど人気のスポット。どうにかして人を集めたい観光協会が作り上げたのが、この砂漠船。名前の通り砂漠を航行する豪華客船である。
暑さに項垂れるシアンを日陰に押し込んだソラが、先に日陰に入っていた真っ青な顔の女に声をかけた。
「で、だ。そっちはそっちで何やってんだ、ライア?」
「暇つぶしに本読んでたら…………酔った」
「阿呆」
本を頭に乗せたまま、今にも死にそうなか細い声で返事をするライア。あまり三半規管が強くないというのに、「今日はいける気がする」とか言って本を読み始めたのが運の尽き。ソラの無慈悲な悪態に言い返す元気もないようだ。
「ま、大人しく寝てるんだな。カズロットまではまだ時間あるし、着いたら起こしてやるよ」
「そうして…………」
弱々しく残された返事を最後に、ライアは一言も話さなくなった。即、寝落ち。羨ましい限りである。
「シアンも一旦室内入って寝れば? …………ああごめん、寝れないんだっけか」
「寝れないですねぇ。寝るくらいなら起きてた方がマシ」
寝つきが悪く、夢見も悪ければ、寝起きも悪い三拍子。だいたいいつも寝不足でフラフラしているのが、シアン=ディアスタシアという女である。
しかし、眠りに付けないからと言っていつまでも暑い場所で直射日光に当たっているのも馬鹿らしい。シアンはソラの言う通り室内に一時避難することにした。
「やっぱ中のロビーにいる……近くなったら出てくるから、ライアよろしく」
「はいはい、早く行け」
こちらを殆ど見ずに追い払うような仕草をしたソラ。彼は彼で大空を羽ばたく野鳥となにやら会話をしている。寒さを極端に嫌う彼にとって、このくらいの暑さはむしろ心地が良いのだろう。
微笑ましいような、そうでも無いような異質な様子を一瞥し、シアンは早足で船内へと向かった。
乾燥でヒリついた喉を潤す為、まずはとにかく水分補給をしたかったのだ。
☆
船の内部はなんと素晴らしきことか。
クーラーガンガン、冷たい水は飲み放題、くつろぐスペースが豊富に用意されている。文字通り砂漠のど真ん中に存在するオアシスであった。
「死ぬかと思った……いや不老不死は死ねねぇんだけど…………」
シアンは誰に言う訳でもなく、水を片手に言葉をこぼした。
観光用豪華客船ということもあり、中にいる人々は皆、煌びやかに己を着飾っている。
以前こうしてカズロット行きの船に乗った時は、余生を楽しむ老人達が多かったはずだが、此度は老若男女関わらない。特別長期休暇の時期という訳でもないというのに珍しいことだ――と、シアンはグラスを傾けながら観察していた。
「お? シアンではないか!! おぉーーい! シアーーーン!」
「うわ、やかまし……」
目の前を行き交うセレブリティな者達の奥、人目を一切憚らず馬鹿みたいに大きい声がシアンを呼んだ。周囲の者がギョッとしたが、声の主は一切気にせずブンブンと手を振っている。
(あのクソ騒がしい声は……海斗か。なんでこんなとこにいるんだ?)
見覚えのある溌剌と跳ねたブロンドヘアの男、速舞海斗。バルフィレム軍二番隊の副隊長を務める元迷イ人だ。
軍内部の渾名は「声出し担当」又は「応援団長」。その名に恥じぬ大声量を誇る青年である。
シアンは一瞬、猛烈に他人のフリをしたかったが、そうは問屋が卸さない、と言わんばかりの第二撃が口を開いた。
「む、聞こえていないのか……仕方がないもう少し大きな声で呼ぶか…………シア――」
「やめろバカ!!」
「うぐっ…………!」
――が、しかし。その追撃は第三者によって強制的に制された。
思い切り頭部を引っぱたいたもう一人の青年は、海斗と同郷、同年の元迷イ人、暁大地。日本人らしい墨色の髪と、首にかけたヘッドホンが特徴の彼は、五番隊の副隊長でもある。
二人揃って、魔法が身近にない日本で暮らしていたとは思えないほど、謎に戦闘能力に秀でた優秀な戦士であった。本人達曰く、喧嘩には慣れている――とのこと。
「あんまりデカイ声で呼ぶなよな……こっちが恥ずかしいわ」
「わはは! それはスマン!」
バイオレンスな漫才を繰り広げる親友同士。いい加減遠くで見続けるのも悪いと思ったシアンは、重い腰を上げて彼等の元へ足を向けた。
「よぉ、お二人さん。まさかこんなとこで会うとは、奇遇だな」
「本当にな! シアンがいるということはライアもいるのだろう? 目を離して大丈夫なのか?」
「ソラが見張ってるから大丈夫。てか海斗マジでうるせぇ、声のトーン落とせ」
「おっと、スマン」
至近距離で尚、声を絞らない拡声器野郎。さすがにこの距離で叫ぶ必要は無いと理解したのか、案外素直に従った。
その彼の隣にいた大地は、漸く静かになったと言わんばかりに肩を竦めている。その後、壁際に置かれた休憩用の椅子に腰掛け、シアンに向かって首を傾げた。
「なんだ、ソラさんもいるのか。シアン達もカズロット行き? 護リ人三人揃って旅行……ってわけでもねぇんだろ?」
「んなわけ。護リ人の仕事だよ。カズロットの第二王子から、今後の迷イ人の扱いについて話したいことがあるって呼び出されたんだ。勿論、旅費は向こう持ち」
「なんだ。僕と似たようなもんか」
指で丸を作り、金の話を手で示したシアン。「仕事」というワードに、大地の表情が神妙なものに変わった。眉間に皺が寄ることで、目つきの悪さが倍増している。
「似たような……? ってこたぁ、大地は軍関係か。海斗は――」
「完全プライベートだな! 久しぶりに友に会いに行こうと思ったのだ」
「相変わらず友好関係の広いことで」
バルフィレムの軍服を着ている大地と異なり、海斗はかなりの軽装。ちょっと近くの自販機へ、くらいの服装である。
現在有給消化中らしい海斗。旅好きの彼はあちこちの国に友人がいるのだそう。カズロットにも何度か訪れたことがあるとのことだ。
「で? 大地は仕事ってんなら一人ってわけじゃないだろ、他のメンツはどこ行ったよ」
「いや、今は僕だけだ。ちょっとどうしても終わらせないといけない研究があったから……隊長と八霧さんが先に行ってる」
言うや否や、一切隠すことなく大欠伸をする大地。やる気のなさは軍務一とも評される彼。人よりも飛び抜けて頭の回転が早いため、さっさと仕事を終えさっさとサボるのが彼のスタンス。
しかし、薄ら隈ができている辺り今回は相当ハードスケジュールだったらしい。
「おぉ、見事な大欠伸。お前、いつにも増して疲れているな?」
「当たり前だろ……本当なら三日に分けて調べようと思ってたのを一日で終わらせたんだから。それもこれも、急にこの遠征が決まったせいだ……向こう着いたらまず寝る。てか着くまで寝る」
「苦労してんな…………って、寝やがった」
成り行きを話しているうちに眠気を思い出したのか、大地は会話を自己完結した後に、ヘッドホンを被り目を閉じた。いつもの事だが、ものすごいマイペースである。
「うむ……こうも目の前で寝られると、流石の俺も釣られて眠くなってくるな…………シアン。呼び止めておいてスマンが俺も寝ていいか?」
船の揺れが眠気を誘ったのか、大地の不機嫌そうな寝顔が起因したのか、海斗も瞼が落ちかけている。
「好きにしろ。まだ着くまで時間かかるだろうし、寝られる時に寝とけ」
「では……お言葉に甘えさせてもらう…………ぐぅ」
案外疲れていたのか、海斗は気絶するように即座に夢へと旅立った。ガックリと俯くような体制、これは間違いなく起きた時に首を痛めるだろう。しかし、下手に手を出して起こしてしまうのは本意ではない。
シアンは静かになった若者二人を見守りながら、暑さが揺らめく窓の向こうに目を向けた。
どこまでも続く地平線。一面日陰もない灼熱の砂が広がる景色。
地図上で隣の国とは言え、バルフィレムからカズロットまでは丸一日かかる。急ぎたいのは山々だがカズロットに飛行場がない以上、砂漠はこの船でしか越えられない。
いつまでも代わり映えしない砂景色を、シアンはただ静かに眺めていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
100話を超え、長くなってきたので章ごとに用語や人物などをざっくり整理しています。
伏線はあえて触れていないので、考察の種にでも使ってください。
【1章まとめ・用語集はこちら】
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3638375/




