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氷炎護リ人 〜現地主人公×異世界転移〜  作者: 有麻環
六章 カズロット編
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6章 5 砂漠に浮かぶ近代都市

 朧気な記憶の中、異様に鮮明な場面がある。

 忘れたくとも忘れられない。いっそ忘れてしまえばどれだけ楽になれることだろう。


 一番最初は家族が死んだ。母も、父も、隣の家も、向かいの家も。初めて鉄の匂いに噎せた。


『オレが……オレが皆を守らなきゃ行けねーんだ!!』


 そう言って村を壊す兄の顔も、血に染まる白髪も、脳裏に焼き付いて離れない。


 次の記憶は火の海だった。

 燃えて、焼けて、顔も分からない人の骸。狂ったような歓声はたった一つの炎によって形を変えた。


『見ろよ! あっはは、ははは!! これ全部……私のせいなんだぜ…………?』


 皮膚を焦がす熱と、地獄のような慟哭(どうこく)が耳について離れない。


 その後も、何度も、何人も。生を望んだ者の叫びが、助けられなかった者の恨みが、死の淵でこちらを睨む者の鼓動が、薄れることなく記憶の底に積み重なっていく。

 

『……熱い、寒い、苦しい(どうして私が)

 

 ――やめろ

 

 断末魔を上げた者がいた。

 言葉も出せずに目を閉じた者もいた。

 空を見たまま力尽きた者もいた。

 

『|痛い痛い痛い《なんで貴女は生きてるの》』

 

 ――やめてくれって


 どれだけ手を伸ばしても、それが運命だと言わんばかりにすり抜けていく。

 

だってまだ(どうして)――』

 

 ――頼むから……


 救えない者に安息は許さないとばかりに、責め立てる。崖の縁に立った者を押し出すように、逃げ出そうとする足を絡め取るように。

 光を映さぬ虚ろな目が、青くかさついた唇が、ドロドロとした怨嗟を紡いだ。


『|死にたくない!《どうして助けてくれなかったの?》』


 ☆。.:*

 

「やめろって言ってんだろ――!!」


「うおっ!?」


 喉を裂くような怒号に、海斗が椅子から転げ落ちた。

 船内が水を打ったように静まり返り、観光客や係員達の視線が何事かと集まっている。


「ふぁ……あー、んだよ…………着いたのか?」


「いや、シアンが急に……どうした?」


 図らずも叩き起された大地と海斗が、心配そうに声の主を伺った。

 浅い呼吸を乱し、冷や汗を垂らすシアン。崩れた白髪が顔を隠すように覆っていた。


「あ……いや…………すまん。寝てた……? みたいだ……」


 鼓動が耳の真横で聞こえる程に心臓が暴れ回っている。焦点が合っていないと自分でもわかる。

 シアンは僅かに震えた手を隠すように、自身の手をポケットへ突っ込んだ。

 

「珍しいな。アンタが人前で寝る……てか、気絶以外で寝るなんて。少なくとも僕は聞いたことも見たこともないぜ?」


「俺もないな! 寝不足でフラフラしてるのは見たことあるが。ほら、水でも飲んだらどうだ」


 と、水を差し出す海斗。

 シアンはありがたくそれを受け取り、気付け薬のように一気に喉へ流し込む。冷ややかなものが食道を通るのを感じる。お陰で漸く目が覚めたようだった。


「サンキュ……別に、こっちも寝る気はなかったんだよ。ただどっかの若人(わこうど)が大層気持ちよさそうに寝顔晒すもんだから…………あはは、つられちまった」


 へらへらと口角を上げる彼女だが、誰が見ても無理をしているのがわかる下手な笑み。かつて見た事ないほど弱々しく誤魔化すその姿に、海斗と大地は顔を見合せていた。


(こうなるから寝たくなかったんだけど……やっちまったものは仕方ねぇ)


 下手な気を使われるのは慣れている。今更弱さを見せることに年長者のプライドが……などと言い訳をするつもりもないが、船の駆動音さえも聞こえるほどの静寂には流石に気まずさを覚えた。

 お互い微妙な空気に包まれた中、海斗が勢いよくシアンの肩を叩いた。


「まあ! 気にするな。俺の妹や弟達もかなりの確率で悪夢に叩き起されてたぞ」

 

「それと一緒にされんのは不服だな……」

 

「わはは! それはすまん、でもあの時は本当に大変だった……一人起きると連鎖的にみんな起きるから。先生に気が付かれないように寝かすのは至難の業だぞ……」


 懐かしそうに外を眺める海斗。普段は彼の明朗快活さを象徴するぱっちりと開かれた目は、慈しむように細められていた。

 

「先生? ……あぁそっか。お前の家孤児院なんだったっけ」

 

「俺の家がっていうか、俺も孤児なんだけどな!!」


 彼がこの世界に来たばかりの頃に聞いた話、海斗は多くの弟や妹を世話する長男的立ち位置にいたらしい。それ故に、人の――特に年下の面倒を見るのは得意なのだと豪語していた。

 

 普段の無鉄砲かつ大胆な行動の数々からは意外としか言えないが、今もさりげなく話を別方向にズラした辺り、普段から会話の空気を調節する役を買っていたのだろう。


「そういえばお前ら二人の話ってあんまり聞いたことないな……当時保護したのもソラだったし。元の世界からの知り合いなんだろ?」


 海斗の小さな配慮に乗っかり、シアンはこの際だ、と、ずっと気になっていたことを尋ねた。

 

「 その通りだ! 俺と大地は中高一緒で、高校のバイト先も一緒だったんだ。所謂心の友ってやつだな!」


「その言い方はなんかクサいから止めろ。普通に()()とかでいいだろ」


「よしっ。俺は大地の口からその言葉が聞きたかった!」


「テメェ…………」


 思ったことをズバズバと伝える海斗に対し、大地はなかなか好意的な言葉を使わない。恥ずかしいのかなんなのか、妙な自尊心が邪魔をしているようだ。彼は思い切り海斗の顔面を掴み、ギリギリと力を込めている。

 

 思春期は過ぎただろうが、こいつもまだまだガキだな――と、シアンの顔が緩やかに綻んだ。


「はぁ……思い返せば、まさか僕達二人揃って同時期にこの世界に来るとは思わなかったぜ」


「それは本当にそう! なあシアン。複数の迷イ人が同じ世界、同じ地区からほぼ同時期に来界するってよくあることなのか?」


 漸く大地のバイオレンスな照れ隠しから開放された海斗が、頬を擦りながら首を傾げた。

 シアンは少しの間記憶を辿り、再び水に口をつける。


「ごく稀だが前例がない訳では無いな。魔法がない世界で二人が魔力を有していたのは偶然の可能性もあるし、何かしら共通のきっかけがある場合もある。私達もそこまでは知らん」


 以前彼等にも説明したが、この世界(エインスカイ)は魔法を使える使えないに関わらず、魔力を持った者のみが生活できる。仮に迷イ人の魔力が無くなると強制的に異世界にはじき出されるのだ。


「一つ言えるのは、お前らがいた元の世界で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだな」


「何かって…………?」


「そこまでは知らねぇよ。直接知る方法も現状ない。どうしてもって言うなら同じ世界出身の葉にでも聞いてみれば? 知ってるかは保証しないけど」


「そうだな、今度覚えてたら聞いてみよう!」


「それ絶対明日には忘れてるやつじゃねぇか」


 大地による鋭いツッコミがヘラヘラと笑う海斗に刺ささる。尚、その本人は「大地が覚えていれば大丈夫」と他力本願を極めている。彼の向かいから地を這うような力無きため息が零れていた。

 

 話に区切りが着いたちょうどその時、優雅に茶をしばいていた観光客達がざわめき始めた。子供だけでなく大人、老齢の者まで一様に、興奮したように次々に外へと駆け出していく。


「なんか騒がしいな?」


「そろそろカズロットが見えてきたんじゃねぇか? いい時間だし」


 外野の喧騒に釣られたのか、海斗もソワソワと席を立つ。それとは対照的に、深く椅子に腰掛けたままの大地は端末から時間を確認していた。

 

 時刻はおよそ正午過ぎ。確かにそろそろ着く予定だろう。

 

「あの国って、あんなに騒ぐほど面白い街並みだったっけ……」

 

 大地の端末を覗き込んだシアンは、ふと記憶にあるカズロットを思い出した。

 少なくとも数年前のカズロットは、内部に入れば異国情緒素晴らしい固有の優雅さを持っていたが、港から見える範囲はそこまで特徴的ではなかったはずだ。

 

 強いて言うならば、砂漠の砂から街を守るために高く育った植物――防砂林。砂の海に浮かぶ森林のような景色は有名だが、ここまで老若男女問わずはしゃぎ回る程のものではなかったと記憶している。


 神妙な顔のシアンを他所に、じっとしていられなくなった海斗が足先を外に向けた。彼も初上陸ではないだろうに、未だかつて無い周囲の雰囲気に触発され、目を輝かせている。


「よしっ! 気になるから俺も見てくる! 二人はどうする?」


「私も行く。そろそろライア達と合流しねぇとだし」


「そっか! 大地は?」


「僕はいい。隊長達に連絡取るから」


 通信状況が悪いのか端末をあっちに向けたりこっちに向けたりと格闘している大地。忘れかけていたが彼は仕事で来ていたのだった。


 シアンと海斗はそんな彼に一旦別れを告げ、人の波に沿って船のデッキに一歩踏み出した。


 ☆


「……私はやっぱり暑さでおかしくなったらしい。テュール砂漠のど真ん中に見覚えの無い街がある……」

 

 海斗と共にデッキに出てすぐ、シアンは周囲に群がる観光客達の視線を辿るように目を動かした。

 想定していた景色は黄金色に広がる砂漠に佇む高い木々。オアシスのように生命を感じさせると同時に、秘境や異界を思わせる神秘的な壁。


 しかし、今目の前に広がるのは予想を180度ひっくり返す異物だった。


「――――こんな高層ビル群、カズロットどころかこの世界(エインスカイ)のどこ行っても見たことねぇよ……」


 視界のどこにも、カズロットの街並みどころか防砂林すら見当たらない。

 あまりの変わりようを脳が受け付けないのか、はたまた外に出たせいで暑さが襲ってきたからか、シアンは僅かに目眩を起した。


「現代都市……(いや)、俺達が元々住んでた世界よりもさらに発展した近未来都市か……?」


 流石の海斗も呼吸を忘れたように静かになっている。普段であれば間違いなく大声で叫び散らかすであろう彼が、情報を整理するように独り言を呟いていた。

 

「いや〜〜砂漠の中から現れたのは、陽炎に揺れる巨大建築物。由緒正しきカズロットの奥ゆかしい町と、かの国が誇る古城はどこへ消えたのか! 我々は謎を解き明かすべく、コンクリートジャングルの奥へ足を踏み入れるのだった…………的な感じだな、本当に!」


「茶番劇するな」


 何とか現状の理解をしようと皺の寄った眉間を揉むシアン。その背後から聞き馴染みのある声が二つ現れた。


「ライア、ソラ……」


 いつも通りのやり取りをしているが、彼等の顔を見ればわかる。ライアは目が笑っていないし、ソラは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえている。二人とも、間違いなく動揺しているのだ。


「にしても、『変な石と金属の塊が増えて住み心地悪くなった』…………まんまその通りじゃねえか」


 そこで、ソラが小さくボヤいたのが聞こえた。

 彼が先んじて得た渡り鳥からの情報。ライアが冗談だと吐き捨てた都市改革が正解だったなどと、きっと昨日の自分に言っても信じられまい。

 

 船の速度が緩やかになっていく。

 船内で流れるアナウンスが、この砂上の船旅に終わりが近いことを淡々と告げていた。

※活動報告にて「1章まとめ」公開しました。キャラや用語をざっくり整理してます。

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