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氷炎護リ人 〜現地主人公×異世界転移〜  作者: 有麻環
六章 カズロット編
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6章 カズロット編 1 異国の異変

ここから6章に入ります。今までで1番長くなると同時に、2章以降今までの話が深く関わるので、忘れている場所がある方は見返すことをオススメします。

ただ、諸事情あって6章自体まだ書ききれていないため、更新は水、金曜の夜と日曜の昼、週3に固定させていただきます……。

「はぁぁぁぁ……」


 朝日差し込む執務室。軽やかな絵面に、地を這うような溜息が音を付けた。

 声の主は、バルフィレム王女であるマリーシャ。脱力した彼女は、書類の山に埋め尽くされ、狭くなった机に突っ伏していた。


「カルヴィテリアの事件も何とか一段落…………しかし書類は増える一方……」


 顔の横にそびえ立つ紙の塔が崩れかける。この王女、何よりもデスクワークが嫌いな現場派の筆頭であった。


「他の貴族に公爵が亡くなった事の説明、軍務の選抜試験、迷イ人に対する予算見直し……あぁ、マリンの誕生日も近い……」

 

 日に日に提出期限が迫る中、頭の中で次の予定を組み始める。やらねばならぬことは文字通り山ほどあるが、何も無茶な量ではない。(ひとえ)にマリーシャが先送りにしていたせいである。

 

「あ、カズロットから研究者外交の提案も来てるんだった…………はぁぁぁぁ…………」


 最も忘れてはいけない他国との繋がりを思い出し、さらに頭を抱える王女。仕事も課題もプライベートも、やるべき事を後に送るとろくな事にならない。彼女はその典型であった。


 ☆。.:*


「よっ、邪魔するぜ。トラリア」


 ある昼下がり、シアンはバルフィレム軍務の三番(ベルナイース)隊を訪ねていた。


「あ、シアンちゃん! 例の件だね、待ってたよぅ。ちょっとそこのソファ座ってて!」


 シアンの顔を見るなり椅子から飛び降り、本棚を漁るトラリア。部屋の奥に風格を醸し出す隊長用のデスクチェアも、小柄で童顔な彼女が座ると、親の仕事場に来た子供にしか見えない。

 現に今も目的のファイルをとるために精一杯背伸びしている姿は、初見の者からすればただのいじらしい子供だろう。もっとも、彼女は既に25歳であるが。


 促されるままに来客用のソファに沈み込むシアン。トラリアを待つ間、自身の正面に座るもうひとりの来客に声をかけた。


「で? 葉姉はなんで三番隊(ここ)にいるんだよ。お前の所属は一応四番だろ?」


 そこに居たのは風希(かざき)葉。日本からこの世界へ転生し、弟を探すためにこの世界に残った迷イ人だ。

 約半年前の転機以降、彼女は生活費を稼ぐため、師であるスザク率いる四番(カノ)隊の雑用係として働いていた。


「えっ……と、ね。書類上の手続きでわかんないとこがあって……」


「書類?」


「そう。軍の選抜試験に出す願書なんだけどね……」


 と、書類の入ったファイルを撫でる葉。その言葉に繋がるように、ちょうど戻ってきたトラリアが詳しいことを述べた。


「迷イ人の場合は記入欄が他の人よりも多いんだよぅ。一応外部の人間だからね。保証人とか国に対する印象とか、確認しないといけないこととか多くって」


「なるほど……じゃあなんかタイミング悪かったな、私一回席外そうか」


 先約があるなら先にそちらを優先しろ、とシアンが立ち上がろうとする――が、それを葉の手が制した。


「あっ、でもあたしのはもう解決してるから大丈夫!」


 どうなら既に終わった話だったらしい。ファイルを手に立ち上がり、トラリアに頭を下げる葉。

 なんとも様になった葉の軍式挨拶に、シアンはふと気になったことを尋ねた。


「……前から気になってたんだけどさ、お前なんで急に軍に所属することにしたんだ? 軍に正式に所属すると、今よりも動きにくくなるぜ? 弟がこの世界にいるってわかったんだから、今こそ動くべきじゃねぇの?」


 つい先日、エインスカイにいるかいないかも分からない、悪魔の証明のような立場にいた葉の弟――(ケイ)をソラが発見していた。

 

 彼の現在地についても大方の予想は着いている。正直、葉が本当に再会を望むのであれば、軍に所属するのではなく、旅に出た方が確実だろう。


 シアンにじっと見つめられた葉は、言い淀むことなくはっきりと自身の答えを出した。


「ううん。シアンこの前言ったよね? 再会しても倒されたら意味がないって」


「確かに言ったな……」


「でしょ? だから今よりも強くならなきゃーって思って!あといい加減収入安定させないと」


「おっと急に現実的」


 確かに軍務に入れば、今よりも戦闘や魔法の基礎を叩き込まれるだろう。強くなれることは間違いない。

 さらにいえば、葉の場合はスザクの推薦だろうから四番(カノ)隊に配属される可能性が高い。あそこは軍務の中でも特に戦闘に特化した部隊。戦場でこそ輝く者たちである。


 葉の覚悟を目の当たりにしたシアンは、フッと小さな笑みを零した。

 半年前まで右も左も分からない、知らないことが多すぎるが故に自分の発言に自信が持てなかったであろう葉。それが今ではこれだけはっきりと意見を口にできるように成長している。なんとも感慨深いものだ。

 

 シアンは人の成長を何度も見てきたが、未だに若い人間の成長速度には恐れ入る。

 葉達の世界では「男子三日会わざれば刮目して見よ」という言葉もあるが、男女関係なく、彼等の成長はいつだって驚くほど早いのだ。


「そっか。そんだけ覚悟があんなら大丈夫だ、頑張れよ」


「うん!じゃ、あたしはこれで……失礼しました!」


 シアンの激励を受けた葉は、酷く清々しい顔で部屋を後にした。弟の再会が手に届く範囲に収まったことで、大きな憂いが消えたからだろう。

 新たな目標に向かって進む彼女の姿は実にエネルギッシュで、日光に輝く果実のような新鮮さも感じられた。


 ☆


 葉が去った後、シアンは本題に入るべくトラリアを見た。


「それで。私を呼んだ理由はなんだ?」


 彼女は先程まで葉がいた場所に座り、とある資料を机に広げた。


「これ、ここ数ヶ月の世界魔力波長の観測結果なんだけどね?」


 その資料は科学的に統計が取られた複数の折れ線グラフ。この世界に充満する魔力がどのように揺れ動いているかを観測したものだ。例えるなら酸素や二酸化炭素濃度を計って温暖化がどうなってる……などと考察するようなものだ。


 彼女たち三番(ベルナイース)隊の仕事でもあるこの観測は、迷イ人が来る予兆を捉えることもできる。シアン達護リ人が直感的に行っているものを数値化、一般化する知恵の結晶だった。


 シアンはまじまじとグラフを眺め、その後訝しげにトラリアを見た。


「それがどうしたよ、何も変なとこはないだろ? 至って一般的…………でもないけど。ちょっとあちこちで異界との繋がりが連発してるだけだ」


「うん。ここにある結果自体は別に特異な点って言う程じゃないんだよぅ」


 ならば何が問題か、と問おうとしたシアン。尋ねるよりも早くトラリアがグラフの全体、折れ線の数を数えた。


「ここ数ヶ月、カズロットからの観測結果が届いてないんだよぅ。連絡しても一切繋がらないし……シアンちゃん達何か聞いてない?」


「ほんとだ、一本線が少ない…………私は何も聞いてないな」


 世界各地、バルフィレムと友好関係のある国々に存在する観測地点。カズロットはその一つ。歴史上最古から存在すると言われる国である。


「カズロットと言えば迷イ人の持ち込む異文化を受け入れない現地主義者だろ? 今までは迷イ人の一時的保護だけはしてくれてたけど、正直いつか辞めるって言うかもな……とは思ってたから別に驚きはしないぜ」


「それにしたってなんの断りもなしは不自然だよぅ。最近向こうの王政はなんだか荒れてるって聞くから、何かあったのかも……」


 心配そうに眉を下げるトラリア。シアンもその噂は聞いたことがある。何やら国王が暗殺されたんだかされそうになったんだか。

 考え事を始めようとするシアンに、トラリアが追い打ちをかけた。


「それにね? 向こうの周辺の国での観測を見た感じ、おそらくだけどカズロットで保護されてる迷イ人が二人くらいいるはずなんだよぅ。その情報も来てないけど……」


 トラリアが今度は眉間に皺を寄せ不機嫌さを顕にした。

 

 バルフィレムは国際的にも迷イ人の保護第一人者となる国だ。最も異界に関する研究が進んでいる。それ故、他国の魔力波長の観測結果や、他国で一時的に保護された迷イ人はこの国へ集まるようになっている。

 迷イ人――異界と繋がること自体、本来は世界にとっての災害であるためだ。


 対してカズロットは一次保護はするものの、その後の保証や援助はしない上、永住の許可には厳しい審査が必要となる。

 全ての国が手放しに迷イ人を歓迎するという訳では無いのだ。


「未確認の迷イ人がいるとなると話は変わってくるぜ」


「幸い空間の穴自体は自然消滅したみたいだけどね……」


「でも迷イ人がいるなら護リ人たる私が動かない訳にはいかねぇな……ちょっと帰ってライアとソラにも聞いてみるわ」


 彼等を家に帰すことができる期間は五日。それを過ぎれば問答無用で異世界生活の開幕である。人によっては、それはあまりにも残酷な結末だろう。


 シアンはスっと立ち上がり、見上げるトラリアに帰路へ着くと告げた。

 

 自身が聞いていなくとも、他の者なら何か連絡を受けている可能性がある。なにせ、三人の護リ人の中でシアンは最も機械音痴。デジタルな連絡手段は不得手である。

 加えて、ソラ=ドラッドとかいう「言ったつもりだったけど本当は言ってなかった」の常習犯もいるのだ。直接確認する必要がある。


 思い出しただけで腹の中に苛立ちが顔を出す。シアンは必死に心頭滅却を行い、怒りを悟られないようにトラリアへ手を振った。


「じゃ、早いとこ聞いてくるから。もし誰も知らないようなら一回カズロットに行ってみる」


「よろしくお願いするよぅ。本当ならわたしが行きたいけど……今年は軍務選抜試験の試験官だから動けないんだよね」


「任せとけ。試験官も頑張れよ」


 と、三番(ベルナイース)隊室を出たシアン。彼女はその足で医務室でもある六番隊――ソウェル隊の塔へと向かった。

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