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氷炎護リ人 〜現地主人公×異世界転移〜  作者: 有麻環
五章 裏幕 迷イ森編
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5章 裏幕 5 ズレて回る歯車

「――ってのが、迷イ森(ウッズメイズ)で起きた全貌だ」


 しんと静まり返った三番(ベルナイース)隊執務室に、ソラの声だけが響いていた。


(私たちがリザイアの家に行ってる間にそんなことがあったなんてな……)


 その空気はまるでお通夜のよう。皆、針が落ちた音さえも聞こえるほどに(だんま)りだった。

 葉は驚愕の表情で口を抑え固まり、ライアは俯き拳を握る。シアンは……最初のソラの言葉である程度覚悟していた。

 発言者であるソラは葉とライアを交互に見つめ、なんと声をかけようか悩んでいるようだった。


「えっと……とりあえず状況を簡単にまとめよっか!」


 曇天に差し込む光の如く。重苦しい中声を上げたのはトラリアだった。

 敢えて明るく振る舞うトラリア。彼女は壁際に置かれたホワイトボードをガラガラと引きずり、黒いペンの蓋を開けた。


「まず、一つ。ソラ君が帰したっていう新しい迷イ人について。迷イ森(ウッズメイズ)は観測外だから、その時の状況とか後で詳しく教えてほしいよぅ」


 トラリア達三番(ベルナイース)隊は護リ人と協力して、迷イ人の保護とその後の生活補助を担う。不定期に来る迷イ人の情報を集め、彼等の共通点や時間、場所、魔力の流れなどの規則性を解析しているのだ。

 尋ねられたソラが首を縦に振った。


「おう。動物が知ってた限りの話になるが、必要なことは聞いてきた」


「うんうん! それで次に出てきたのが……」


「蛍……あたしの弟……なんですよね」


 葉が漸く会話に混ざる。一番の関係者であるが故に、黙っている訳にはいかないと思ったのだろう。

 今にも泣き出しそうな顔の葉に、トラリアが柔らかに微笑んだ。そして、ペンを持たない方の手を出し、ピシッと指を一本立てる。


「現状、蛍君についてわかってることは――その一、生きてる」


「それ前提条件では……?」


 あまりに基本的な情報にシアンの声が鋭く刺さる。

 しかしトラリアは立てた指をメトロノームのように振り、「わかってないな〜」と言いたげな顔をした。


「今までは生死さえも正直よくわかっていなかったじゃない? 予言にあったからと言って本当に生きてこの世界にいるのかは確定ではなかったんだから」


 彼女が言った予言とは、『天言の聖女』と名高い幼子――ティノの神託だ。

 以前、葉は弟に関わるであろう言葉を授かり、「蛍に関する予言が出るならばきっと生きている」と極めてポジティブな解釈をしていた。要は、死人に対して未来もクソもないという話。

 

 ただし実際は曖昧な詩歌のような文言。その意味は解釈次第であるため、蛍に関することかどうかも定かではなかったのだ。

 今回の一件でその曖昧さが事実として確定した、とトラリアは言いたいわけである。


「でしょ? で、その二、強い」


 彼女は満足気に胸を張り、立てる指を二本に増やした。


「ああ。強さについては間違いない。魔法にしろ剣術にしろ、少なくとも一朝一夕で身につくような技じゃないだろうな」


 二つ目の事実にソラが深く頷く。彼の話が本当であれば、広範囲に鋭い斬撃を飛ばすという蛍。魔法初心者とは到底言えない技術だ。


「やっぱ数年前のあれか……」


 葉と同じ世界と繋がった数年前の記録。駆けつけた時には、迷イ人はどこにもいなかった。シアンは当時を思い出して小さく呟いた。

 

 トラリアは各員の顔を見回してから頷き、三本目の指を立てる。


「その三、現在はシアンちゃん達のお兄さんである『白霧の剣聖』――セイヤ=ディアスタシアと行動を共にしている」

 

「そこだよな……問題なのは。蛍とやらは護リ人のことを敵対すべきと認識してた。記憶喪失のセイヤ兄と同様にな」


 以前会った兄は、シアンのことも護リ人一族のことも覚えていなかった。そのくせ「護リ人=敵」という認識だけはご大層な正義感と共に抱えていたのだ。

 

 シアンはバレない程度に小さな動きでライアを見た。

 彼女は未だ俯き、その顔は髪に隠れて伺えない。


 そんな様子を気にすることなく、ソラとトラリアの間で話が進んでいく。


「蛍はセイヤ兄のことを先生と呼んでいた。数年前にこの世界に来た蛍を保護したのはあの人だって可能性が高い」


「その可能性は否定できないよぅ。実際、あの時迷イ人が出現するであろう反応はヴァツルナ大陸だったはず。話に聞いた限り、『剣聖』たちの拠点と同じみたいだし……」


「そこでどんな話を聞いたのか知らんけど、護リ人に対する憎悪の深いこと。葉、お前オレたちに攫われたことになってるぞ」


 蛍との会話を思い出したらしいソラが葉の方を向いた。彼の視線の先には、ホロホロと涙を流す葉。一瞬たじろいだソラだが、その顔を見てすぐに目尻を下げた。


「それでも……生きていてくれて、あたしを覚えててくれただけで……今までの全てが報われた気分だよ」


 葉の黒い瞳の奥で輝く緑色が、いつもより輝いて見える。彼女の表情は実に明るく、抑えきれないほどの歓喜に溢れていた。


「何泣いてんだ。まだ再会したわけじゃねぇ、大事なのはこっからだぜ」


 シアンは葉の背を軽く叩く。「これで満足するような人間では無いだろう?」と。


「蛍の強さを考えて、それでもあんたが私たちと行動を共にするってんなら必ずどっかで衝突する。喧嘩とはいえその時に倒されちまったら目も当てられねぇ」


「……うん…………うん! あたし、頑張るよ」


「目下目標は選抜試験だね。今の葉ちゃんなら問題ないと思うけど……座学あるから気を抜かないでほしいよぅ」


「あはは……もちろんです! トラリア隊長!」


 シアンとトラリアの激励を受けた葉が、ぐっと両の拳を握る。大輪が咲くような笑顔の彼女は、かつてないほどに生き生きとして見えた。


 

 ☆

 

 

「話が逸れちゃったね。最後、ソラ君の話の中で実はいちばん不可解なことが残ってるはずだよぅ」


「姉貴……だな」


 蛍に関する情報を書ききったトラリアが、ホワイトボードの余白部分にでかでかと『サラ=ドラッド』と記載した。ペン先とボードの擦れる音が嫌に響く。

 

 彼女は本来ならば700年以上前、護リ人という集落が壊滅した際に亡くなっていたはずだ。

 生き延びたシアン達三人と事件の発端であるセイヤだけが、なんの罰か不老不死となって現在まで死とは無縁の生活を送っていたのだから。


 固く口を結んだソラ。葉に変わって今度は彼が最大の関係者である。


「『一度死んだ者は神でさえも生き返らない』。それはこの世の摂理だよぅ……ただし、生き返った場合の話だけどね」


 トラリアが改めて世界の真理を説き、その反例を示唆した。

 

「……というと?」


 仰々しい言葉に、葉が首を傾げる。日本の現代社会ではそれこそ、死んだ者が動くことなどないためだろう。

 そんな葉にシアンは一つの単語を尋ねた。


死体操術(ネクロマンシー)って聞いたことないか?」

 

「死体を操る人? ゾンビとの違いがわからないんだけど…………」


 ファンタジー創作物などで目にしたことはあるらしいが、あまり詳しくは知らない様子である。


「諸説あるけど、少なくともエインスカイの魔法では、意志を持つか持たないか、だ。ゾンビはただの動く肉塊。死体操術(ネクロマンシー)は元の精神を無理やり固定させて動くんだ。要は身体的機能停止だけを魔力でどうにかしてるってこと」


「なーるほどぉ〜?」


「空間魔法や魔力否定と同様に、この世界では特殊な人間以外には使えない技なんだけどね……」


 シアンの説明にトラリアが付け足した。

 葉は本当に理解しているか分からない反応だったが、詳しく知りたければ後ほど聞きに来るだろう。


「ちなみにシアンちゃん達、術者に心当たりある?」


「…………あぁ、ある」


 トラリアの質問に答えようとした瞬間、豪快な椅子の倒れる音が響いた。

 音の出処はライア。椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったのだ。

 肩で息をするように動揺しているらしい彼女は、こちらを見向きもせずに扉に手をかけた。


「悪い、ちょっと席外す」


「えっ、ライア?」


「葉姉……行かせてやって」


 葉の静止も聞こえていないのか、逃げるように部屋を後にするライア。伸ばされた葉の手を、シアンがやんわりと下ろした。

 開けっ放しの扉を眺めるソラが後悔の色を見せる。

 

「……まずいな」

 

 シアンもソラも、まだ教会付近でセイヤと会ったことを直接伝えていなかった。記憶喪失であることも含めて。

 むしろ、嘘が通じない上に「隠し事をしている」ことまでバレていた状況。ここまででもよく耐えた方だろう。

 シアンもソラと同様にこの最悪なタイミングに悪態を着いた。

 

「えっと……一旦話は終わりにしとく?」


「いや、このまま続けよう。どっちにしろあと少しだろ」


 気まずそうにペンのキャップを閉めるトラリア。それをシアンは引き止めた。

 きっと今のライアを追いかけたとて何も変わらない。あれは、考えをまとめる時間が欲しいが故の離脱だったのだろうから。


 シアンは途絶えた流れを切り替えるように告げた。


「サラ姉……ソラの姉ちゃんは、うちの兄ちゃんと違って幼いままだった。そうだな?」


「ああ。間違いない」


「ってことはまず不老不死の線は消していい。私たちとおなじ不老不死の術にかかってるなら、私たちよりも成長してるはずだからな」


 この説明には葉どころかトラリアでさえも首を傾げた。


「詳しい説明はまた今度する……今は目の前の問題に集中しようぜ」


 ――が、シアンは説明について省略した。

 シアン達が不老不死になった理由を知る人物は、バルフィレム上層部の中でも片手で足りる程度しかいない。少し複雑な魔法なのだ。


 話を続けようと口を開いた時、ちょうど城から軍務棟まで全体に響く重々しい鐘の音が聞こえてきた。


「っと――ごめん、残業申請してないからあんまり長くいると怒られちゃう」


 定時をとっくに超えた現在。鐘の音で時計を確認したトラリアが慌てて話をまとめにかかった。


「とりあえず、今まで話からわかったことは――

 

 一、蛍君は生きてる。

 二、蛍君、『剣聖』、ソラ君のお姉さんは一緒に行動してる。

 三、彼等の拠点は恐らくヴァツルナ大陸

 四、彼等三人の裏に少なくとももう一人、死体操術者(ネクロマンサー)がついている

 

 ――って感じかな?」


「だいたいそうだろうな。もはや迷イ人だからとかいう理由じゃねぇ。極めて個人的な理由でも蛍とやらを探し出す必要が出てきた訳だ」

 

「こっちも一応敵対関係の可能性があるから、上層や他の隊長達に報告しておくよぅ」

 

「頼んだ」


 簡潔にまとめられたホワイトボードを端に寄せたトラリア。細部を見ればまだまだ分からないことだらけだが、現状これ以上の詮索は不可能だろう。何せ情報が足りない上に皆混乱しているのだから。

 シアンはトラリアの言葉に頷きながら、改めて自分達の為すべき責任を胸に抱く。


「じゃ! 今日はこれで解散ね! 気をつけて帰って…………あと、ライアちゃんも」


 帰り支度をするトラリアが扉の外を見つめる。ついさっき飛び出していったライアを案ずるような視線だった。

 シアンは気にするなというように軽く手を挙げ一足先に部屋を出た。


「ん、おやすみトラリア。付き合わせて悪かったな、お前も早く休めよ」


「はーい!」


 元気よく返ってきたトラリアの声が燻る不安を拭うようだった。


 

 ☆


 

 バルフィレム軍務棟の屋根の上。

 空は既に真っ暗で、雲があるのか星も見えない闇が広がっいる。

 

「シアン達がなんか隠してんのは知ってたけど……あの兄貴が記憶喪失とはな…………あのクソ野郎、見つけたら必ず殺す」


 ライアは一人屋根に寝転び目を閉じていた。

 数ヶ月前からシアンとソラが何かを隠しているのはわかっていたし、わざわざ自身に告げない辺り、その内容が兄に関することだろうとも察しは着いていた。


 それでも、いつか話すつもりはあった。しかし、タイミングを図っているうちに、この嫌でも直視しないといけない状況になってしまった……といったところだろう。


 さらに、自身の全てを使ってでも呪いたいと思う兄が、その原因も責任も罪状も全てすっかり忘れているときた。

 頭の中がごちゃごちゃとゴミの撒かれた海流のように渦巻いていく。


「はぁ……嫌になるぜ、本当に」


 やるせない小さなため息が夜の空気に溶けだした。

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