5章 裏幕 1 一方その頃
軍務棟の一角、迷イ人の保護・生活補助を行う三番隊執務室――通称異世界迷子センター。
帰還するなりとんでもない情報を落としたソラを中心に、シアン、ライア、三番隊の長トラリア、そして当事者である葉が一つの机を囲んでいた。
「すみませんトラリア隊長、わざわざ残っていただいて」
「ううん。弟くんも迷イ人。であれば、ある意味三番隊の責任でもあるからね、葉ちゃんが気にする必要は全くないよぅ」
申し訳なさそうに頭を下げる葉に、トラリアが言い切った。
もう既に定時も過ぎ、残っている者も少ない時間。ちょうど帰るところだったトラリアには、無理を承知で話に加わってもらったのだ。
そんな二人を他所に、早速本題に入るシアン。
暗い顔をするソラに対して詳しい説明を要求した。
「それで、葉の弟らしきガキってのは……どういうことだ」
葉の弟――元の世界で行方不明になったという少年、風希蛍。
葉がこの世界に残った理由の一つでもある彼は、彼女同様この世界にきた迷イ人だった。――が、シアン達護リ人含め、誰もその存在と接触していなかった。
シアン達は以前訪れたフォリアーテ教会にて、百発百中と言われる予言を貰い、弟との再会を保証されてはいた。しかしその後、あまりの情報のなさに半分諦めの空気が流れていたのだ。
「…………すまん、オレもまだ混乱してて話がまとめきれないんだよ」
問い詰められたソラも腕を組んだまま固まっている。普段から考え事を得意としない彼がここまで悩むのも珍しい。余程予想外の何かがあったらしい。
「じゃあせめて見つけた場所と、邪魔が入ったって意味だけでも先に言ってみ?わかるとこから片付けてくしかないぜ」
うんうん唸るソラに、見かねたライアが道を示す。
すると、彼は漸く落ち着いたのか、一つ一つ暗い道を歩くように答え始めた。
「見つけたのは迷イ森だ。邪魔ってのは…………」
ソラは言葉を伸ばしつつチラリとライアを見て、その後迷うようにシアンを見た。
妙に嫌な予感がシアンを襲う。
恐らくライアも同様だろう。机に置かれた拳に力が入っている。
固唾を飲んで見守る葉とトラリア。
一呼吸開けた後に、再びソラが口を開いた。
「邪魔したのは――――セイヤ=ディアスタシアとサラ=ドラッド。記憶を無くしたライアとシアンの兄と…………700年前に死んだはずの、オレの姉貴だ」
☆。.:*
――数日前。
ディリシアにより、リザイアが神にされようとしている話を聞いた一行。如何に彼女を救い出すかの話し合いが幕を下ろした頃。
「いよーっし! 作戦会議は終了だ。さっさと寝ろよテメーら。いざって時に寝不足でぶっ倒れました〜なんて流石の私も笑えないぜ?」
「特にシアン」と念を押すライア。言われた本人も「わかってる」と不貞腐れるが、長年見てきたソラにはわかる。あれは恐らく寝ない顔だ。
ソラは無言でライアに視線を送った。
(あれ絶対『やっぱ寝れねぇ』とか言って外出るぞ)
(わかってる、大丈夫。今回ばかりは殴ってでも寝かす)
沈黙の間に交わされる言葉無き会話。珍しく本気の目をしているライアは、ヒラヒラと手を振りながら広い部屋を後にした。
残されたソラと家主のクロウド。
ワイワイと賑やかだった部屋は、途端に静寂に包まれる。
「…………クロウド。お前も行きたかったんじゃねえのか? リザイアのことが心配だろ」
ソラは和かに扉を眺めるクロウドに尋ねた。
しかし、彼はただ静かに首を振り、ゆるりとソファに座り込む。そして、真っ暗な窓の向こうを見上げた。
「えぇ勿論。他人の子供ではありますが、孫のように可愛がっていた子ですからね……ただ公爵と辺境伯といえど、貴族同士が争うことは宜しくないでしょう」
「シャナはどうすんだよ。あいつも公爵家だぜ」
「あの子達は友人で、その仲がいいことは他の貴族たちの間でも周知の事実。友達が家に遊びに行くことくらいでは、大事にはなりませんよ」
「そういうもんか」
興味が失せたようにクロウドの対面に座るソラ。その目の前に、コトリと暖かな緑茶が置かれた。屋敷の家事を任されるクロウドの召喚霊だ。
「で、だ。リザイアの件で話が遮られちまったけど、元々の話に戻そうか」
ソラはまだ熱いだろう茶を、冷ましもせずに喉へ流す。火傷しそうな程の熱が一気に体を駆け巡り、秋夜の寒さが和らいだ。
「なんだっけ? 迷イ森に何かあったんだったか?」
――迷イ森。
ある事件によって公爵の地位を剥奪されたクロウド=フォレイグンだが、その信頼性故、辺境伯として任された土地。
空間が歪んでいるのか、一度入ればまず間違いなく迷子になるであろう国内最大規模の森林だ。ソラの故郷の一つでもある。
「えぇ。かの森に住む動物が最近妙に忙しなく……何かあったのかと心配でしてね。蓮夜がニュアンスで会話してくれたのですが、あの子は鴉の言葉しかハッキリ分からないそうで……」
「ま、そうだろうな――いいぜ。明日の朝にでも行ってみるよ。オレもそろそろ顔出さねえとって思ってところだし……何よりこれも護リ人の仕事だ」
森に住まう動物は異世界人ならぬ異世界動物、その子孫達。ソラは勝手に迷イ獣と呼んでいる。
つまるところ迷イ森とは迷イ獣達の保護地区でもあるのだ。
閑話休題。
ソラの返事を聞いたクロウドは安堵の顔を浮かべ、自身の茶を上品に啜る。
そしてその後、一息ついてから「これは興味なのですが……」と言葉を続けた。妙にキラキラとした、少年のような視線である。
「ソラさんは動物に育てられたと聞いていますが、動物との会話ってどんな感じなのですかね? 蓮夜に聞いても『カァは肯定でグワァーは否定』としか言わず……このクロウドには理解が……不甲斐ない」
「それは蓮夜の説明が悪い」
満面の笑みで無邪気に理解不能な感覚的説明をする蓮夜の様子が目に浮かぶ。ソラも語彙に関しては人に何か言える立場ではないが、あそこまでではないだろう。
しおしおと顔を曇らせるクロウド。蓮夜やリュウガなど、ほかの面々の前では凛々しく堂々とした老人に見えるが、中身は昔から変わらない。
よくもまあ、このコロコロと変わる表情を隠し通しているものだ。と、ソラは彼の成長ぶりを実感していた。
「つかな、動物との会話って基本本当にニュアンスだぜ? 言葉と言うよりも行動で会話してるようなものだし……種にもよるけど」
「ほほぅ、興味深いですね……ちょっと晩酌のネタにしてもらってもよろしいですか?」
「よろしいけどお前も早く寝ろよ。歳なんだから」
「えぇえぇ、わかっておりますとも!」
前言撤回。成長しても中身は変わらず好奇心旺盛なままだった。
鼻歌を歌いながら席を立つクロウド。
ソラは自分よりも老体になってしまった後輩を見て、親心に似た何かが温まるのを感じていた。




