幕間6 置いていかれた人 後半
「お母さん、今日はシアンも来てくれたのであります。見てくださいこの不機嫌そうな顔!」
「悪かったな、不機嫌そうで。いつもこんな顔だと思うけどよ」
半ば無理やり連れてこられた共同墓地。王都の中とはいえ着いた頃には既に暗く、足元に気をつけたい時間であった。
墓前で手を組み、祈るように口を閉ざしたアミナ。先日、友人であるリザイアの父が亡くなったのを目の前で見て、思うところがあったのだろう。
「アミナの母親……アンナか」
「覚えていてくれたんだね」
「当たり前だろ。あいつ、アミナを産んだ次の日に娘の顔を見にこいって家に鬼電したんだぜ?叩き起されたわ」
アウラの声には、僅かな随喜が混ざっていた。
シアンも墓に刻まれた名を指でなぞり、亡き人物との記憶を捲る。
忘れもしない。アウラの娘であり、アミナよりも何代か前の医療隊副隊長――アンナ。
アミナ以上に破天荒で、アウラ以上に真面目な人間だった。
「あの子は最後の最後まで、誰かの命を助けることを願ってたね……あれだけ最後は自分を優先しろと言ったのに」
彼女は魔力-命力変換異常症を患っていた。魔法を使うと魔力ではなく生命力を消費する不治の病。
そして、敵国との戦争後の医療中、次々と運ばれてくる負傷者達の痛みを軽減し続け、亡くなった。例えその鎮痛が幻覚に近いものだとしても、もう助からないと分かりきった者達であっても――「最後が痛みで終わるのは辛いでしょ」と。周りの静止など一切耳を貸さなかったのだ。
「本当に……馬鹿な子だよ。一人娘を置いてまで成すべきことだったのかい…………」
俯くアウラの表情は分からない。徐々に震えていく声に、シアンは何も言えなかった。
「それでも、あの時のお母さんのお陰で助かった人はいたのであります」
スっと立ち上がるアミナ。敢えて明るい声で祖母の――アウラの手を取った。
「病は気から。痛みに堪えるのも体力が必要。幻覚だったとしても鎮痛できたからこそギリギリ間に合った人は、今でも医療隊に顔を出しにくるのです。何かできることはないか……って」
「アミナ…………」
「だからね?お母さんの選択を否定しないで欲しいのであります。決して、何も得られなかった訳では無いのです」
健気に前を向く孫娘に、アウラも顔を綻ばせる。
「そうだね、どんな形であれ人を救うのがあの子の夢。救われた人がいるなら……あの子も後悔はないだろう」
その顔は既に「置いて行かれた者」の顔ではなく、「子供の勇姿を称える親」の顔に変わっていた。
(これだから……人の死ってのは嫌なんだよな…………)
シアンは暖かくも寂寞の残る家族を見て、心の内に呟いた。
彼女が人の死を嫌う理由。護れないことよりも、ずっと根っこにあった最初の想い。700年以上生きた弊害が正しくこの光景であった。
――もう何回、私は置いていかれたんだろうか。
もう、人の死では涙を流さない。流す涙も無いかもしれない。
それでも、心の深くまで傷は残っているものだ。
前を見続けるアミナとアウラが、星月夜に照らされる。
すっかり暗くなった墓の前で、今を生きる二人だけが酷く輝いて見えた。
☆
「すっかり遅くなってしまったね。貴女のことだから心配はいらないけれど、気をつけて帰ってくれ」
「付き合ってくれてありがとうございます、シアン!」
「はいはい、お前らも気をつけろよな」
結局、城に戻ってきたのは空が闇に覆われてから暫く経ってからだった。
シアンは珍しく実家に帰宅するアウラとアミナに気の抜けた返事をし、見送りながら王都を眺めた。
何分そうしていたか分からない。今まで自身を置いていなくなった後輩たちを思い返すのに、たった数分ではまるで足りない。それほどまでに長い人生を歩んできたのだ。
(こうしててもしょうがねぇし、飯屋でも寄ってくか……)
気持ちを切り替えようと、電灯に照らされる城下街へ足を踏み出した。
「あ、シアン。いいところにいた、朗報だ」
ちょうどその時よく知った、低すぎず、芯のある声に名を呼ばれた。
金髪褐色、鼻を横断するような痣のある青年――ソラだ。
「ソラ、お前クロウドのとこ行ってたんじゃねぇの?」
「そうなんだけど、ちょっと色々あってよ……今すぐにでも迷イ人の来界履歴を確認したいんだ」
普段泰然としている彼にしては、酷く慌てた様子。ただ事ではないと、すぐに分かった。
シアンも彼を追いかけるように軍務棟へ踵を返す。
迷イ人に関することであれば、同じ護リ人として情報を共有しなければなるまい。シアンは小走りのまま「何があった」とソラへ投げかけた。
そして、彼はこちらを見ることなく、こう言った。
「邪魔が入って連れて来れなかったんだけど……葉の弟らしきガキ。いたぞ」
――と。




