幕間6 置いていかれた人 前半
短くなった日が傾き始めた頃。橙色の空にはうっすらと紫が溶け込んでいる。
夜の静けさが手を伸ばし、人の活気が落ち着きつつある。そんな時間――
「え!?じゃあ蓮夜の世界、東京タワーもうないのか!!」
建物全体に聞こえるほどの大声量が響き渡った。
バルフィレムの軍務棟、その中庭。休憩スペースの机から身を乗り出す声の主は、二番隊の副隊長――速舞海斗。
「そんなランドマーク、もうとっくにぶっ壊れたっス」
対するのは黒髪を短く三つ編みで縛った少年、伊猟蓮夜。海斗の強烈な圧に気圧されることなく、淡々と無慈悲な回答を口にした。
「スカイツリーは?」
「建設段階で襲撃にあって頓挫」
「星海の巨木は?!」
「聞いたこともないっス」
「世界が……違う…………!」
続けざまに投げられる疑問も、全て蓮夜が一刀両断。
憐れ撃沈。海斗は力なく机に突っ伏し、頭を抱えてしまった。
「……何してんだお前ら」
偶々その現場に居合わせたシアンが冷めた目で声をかけた。彼女は今の今まで、王女の元でカルヴィテリアで起きた事件の事情聴取をされ、漸く開放されたところだった。
「迷イ人のオフ会〜アミナを添えて〜」
「フランス料理みたいに言うな」
騒がしい中庭には海斗や蓮夜以外にも数名。
シアンの問い掛けに答えた海斗にすかさずツッコミを入れた青年――大地。やる気のなさそうな半目で、全体重を椅子に預けている。
「シアン!お疲れ様であります!」
そして、先程名前の上がったアミナ。
エインスカイの生まれである彼女は、興味津々に迷イ人達の故郷について話を聞いていたらしい。
「ん、お疲れ。大地の言うフランス料理ってのはイマイチ私にはわかんねぇけど……」
それはそれとして。
蓮夜以外の三人は、皆軍務の副隊長。その中に部外者でる蓮夜が混ざっていることにシアンは首を傾げた。
「蓮夜、お前どうしてここに?軍所属じゃないだろ」
「えっと、本当はリザとリュウガくんのお見舞い……だったんスけど、俺、医療塔で寝ちゃったみたいで……追い出されました」
「わはは〜」と呑気に頭を搔く蓮夜。
聞けば、そろそろ帰ろうと思ったところで、海斗達に連行されたそうだ。
彼は机に置かれた茶菓子を手に取り、シアンに一つ手渡した。
ずっしりと重い、どら焼き。大昔に来た迷イ人が、どうにかして故郷の味を再現したいと奮闘した努力の結晶。老舗銘菓の『矢木餡』の名物である。
「それにしても、同じ『日本』でも違いがあるの不思議ですね……他にも違う『日本』出身の人っているのでありますか?スザク隊長とか?」
「あいつは名前こそ日本人に近いけど、全然違う世界の出身だぜ。あとはそうだな……」
アミナの興味に答えるシアン。受け取ったどら焼きを齧りながら、今まで保護してきた迷イ人について思いを馳せた。
「葉は海斗、大地と同じ七番世界だし…………あぁ、お前の好きな音楽家、冴原透哉は二番の日本人だぜ。確か異能力を持つ人間がいるって言ってたな。もう一人の自分がいるんだ……とも」
「あ〜、トーンさんのお父上!確かにトーンさんと会った時言ってましたね」
冴原の娘、トーンは先日の事件――カルヴィテリア謀反疑惑の重要参考人。たった一人、リザイアを助けようと奔走した透明化の異能力を持つメイドである。
カルヴィテリア公爵家が瓦解した今、彼女は国が囲っているはずだ。
「はい質問!」
「なんだ、海斗」
「異能力と魔法の違いとは?」
突っ伏していた海斗が大声量で手を挙げた。普通に喧しい。
シアンは手にしていたどら焼きの最後の一口を放り込み、咀嚼しながら考えをまとめた。そして控えめな甘味が喉を通った後、「そうだな……」と思考の言語化を図った。
「詳しいことは知らねぇけど、一人一人固有に持つ、教科書的理屈の通らないものが異能力。対して魔法はただのエネルギー変換術だ。魔力を持ち、変換技法さえ習得すれば、基本的には誰でも使えるな」
とは言え、シアンとて異能力を使ったことがある訳では無い。この説明も、今まで会った異能力者の話を元にした考察に過ぎないのだ。
「へぇ〜、じゃあ妖力はその間っスね。個人個人の特性はあるけど、基礎はみんな一緒っスから!」
「通常攻撃と必殺技みたいなものか……」
蓮夜によって付け加えられた情報に、大地が小さく呟く。彼はゲームを好んでいるため、それに例えて理解しているらしい。海斗もそれで納得したようだ。
「じゃあじゃあ!さっき言ってた東京タワー?って何でありますか?スカイツリーってのは木??」
ますます興味が湧いたのか、アミナの質問攻めが海斗たちを襲う。
他に用事もないシアンは空いた椅子を寄せ、話に混ざることにした。
迷イ人の話を聞くことは多々あれど、異なる世界の迷イ人達が揃った座談会はそう多くない。
表情にこそ出さないが、迷イ人を保護する立場にあるシアンにとっても興味は尽きない話題なのだった。
☆
異世界談議に花が咲き誇っていると、気が付けば日はさらに傾いていた。灯りが無いと心許ない程である。
「おや大地。こんな所でサボっていたのかい」
「げっ……隊長…………」
そろそろお開きにするか、と話の流れが変わりつつあったその時。建屋の方から、柔らかいがよく響く、少し嗄れた声がした。
影から現れたのは灰がかった赤紫の髪を揺らす老婆。軍務の隊服を背筋良く、ピッチリと着こなした彼女の立ち姿には一切の隙も感じられない。
思わぬ上司の登場に、大地の顔が僅かに歪む。
対して顔を輝かせたアミナ。老婆に向かって全力で手を振り始めた。
「おばあちゃん!」
「勤務中だよ、アミナ副隊長。アウラ隊長、もしくはアミークス隊長とお呼び」
ピシャリと言い放った彼女はアウラ=アミークス。
大地の直属の上司にして、五番隊の隊長。『砂城の楼』の通り名を持ち、魔法研究者でもある大ベテラン。そして何より、アミナの実の祖母でもあった。
「全く、研究塔にいないからどこに行ったかと思えば……大地?一応聞くけれど、仕事は終わっているんだろうね」
「勿論」
「ならばよし」
どうやら仕事中に……否、仕事をさっさと終わらせて抜け出してきたらしい大地。
副隊長がそれでいいのか――とも思ったが、隊の頭であるアウラがいいと言うのだからシアンはもう気にしないことにした。
尚、ほか二人の副隊長に関しては「隊長不在のため自由行動」、「ソワソワして落ち着きがないから隊長から追い出された」――だそうだ。この軍隊、未来が心配である。
シアンと蓮夜はなんとも言えない苦笑いで彼等のやり取りを見つめていた。
「それで隊長、僕になんか用すか。出したデータに不備でもありましたかね」
「仕事の話か」と尋ねた大地に、アウラが静かに首を振った。
そして腰に巻いているポーチから小さな鍵を取り出し、副隊長の彼に手渡している。
「いや、そんなんじゃないさ。ただアタシは今日時間きっかりに上がるから、その連絡と先に執務室の鍵を渡しとこうと思ってね」
「……言うて僕もすぐ帰りますよ」
「荷物取りに行くだろう?」
「まぁ、そりゃあ……」
ちょうどその時、終業を知らせる鐘が鳴った。
五時三十分。労働基準法はこの世界にも通用するのである。それが例え軍や騎士であってもだ。
アウラは大地が鍵を受け取ったのをしっかり見届け、次にアミナへと視線を移した。
「おや、ちょうど時間だね。アミナ、支度はできてるかい」
「はい!アウラ隊長!」
「退勤後だよ、ばあばとお呼び!!」
「やったばあば!」
「まだ退勤してないだろ……」
早速隊長という役を捨て去ったアウラに、思わずシアンの声が漏れた。
「おやシアン、来ていたのかい。よく見れば海斗とクロウドのところの鴉坊やもいるじゃないか。暗くて気が付かなかったよ」
「視野が狭いぜ、大ベテラン。そんなんで大丈夫か」
「参ったね……最近目が悪くなってきたようだ。モニターの見すぎかね。帰ったらホットアイマスクでもするか」
彼女達五番隊の主な仕事は魔法研究。PCや書籍などありとあらゆる媒体から情報を得るため、常に目を酷使しているのだそう。
しかし、彼女の場合は単純に加齢の影響が強そうだが、言うと喧嘩になるのが目に見えているので心にしまった。
唸りながら眉間を揉むアウラ。
この国の軍務は決してブラックな仕事場ではないが、自身の体調と相談することを強く勧めたいシアンであった。
「鐘も鳴ったし……僕もそろそろ上がります」
「うむ。では俺もそろそろ自分の隊に戻るとしよう!蓮夜はどうするんだ?今からソウェル大草原を通らずに帰るのは遅くなるだろう俺の部屋で良ければ泊まるか?」
席を立つ大地と海斗。二人の家は王都にあるためただの退勤に過ぎないが、蓮夜は違う。
彼の家は王都から離れた迷イ森の手前。最短でそこに行くには人を――特に異世界人たる迷イ人を襲撃する天使の住処、ソウェル大草原を通過する必要があった。そして、蓮夜は迷イ人。海斗が心配するのは当然と言えるだろう。
しかし当の本人は「大丈夫っス!」と元気よく断った。
「なんかさっきリザの容態聞いたら、天使の大多数と融合したせいで他の天使のボス的立場になったらしくて……今のソウェル草原には天使いないはずだって言ってたっス!!あと、鴉天狗になれば飛んでいけるんで、そんな時間かからないかと」
「そうか!なら気をつけて帰るのだぞ」
「…………今なんかすごいこと言わなかったか?」
「じゃ!先輩方、お先に失礼するっスよ〜!」
そう言って蓮夜は魔法――否、妖術による変化をし、彼自慢の翼を広げた。そのまま中庭の芝生を巻き上げつつ天高く飛び上がり、颯爽と夜の空へ姿を消した。
「じゃあ隊長。お疲れ様です」
「俺達もこれで失礼します!!」
蓮夜に続き、大地と海斗も軽い敬礼をしてそれぞれの棟へと帰路へ着く。
静謐な中庭に残されたのはアミナ、アウラそしてシアンである。
シアンも帰るか、と婆孫二人に手を振ろうとした。が、何故かその腕を掴まれた。
辿ってみると満面の笑みのアミナ。黄昏から薄暮に変わりつつある中で、心做しか彼女の周りだけ太陽のように輝いて見える。
「さ、真っ暗になる前にお墓参りでありますよ。おばあちゃん、シアン」
「待て、なぜ掴む?」
「自分達今からお母さんの墓参りに行くであります。シアンも来て?」
「………………」
うるうるとシアンを見上げるつぶらな瞳。表情は健気で可愛らしいが、腕を掴む力は全く持って可愛くない。
助けを求めるためアウラを見ても、何故か目を逸らし見えないフリ。間違いない。共犯者である。
「はぁ……わかった、行けばいいんだろ。ならまじで暗くなる前に行こう」
「やった!」
言質を取ったと小躍りするアミナに、渋々ついて行くシアン。万が一、万が一にもホラーで不可解な現象が起きれば、シアンは一切の戦力を失うだろう。それ故、極力墓地に近づきたくないのだ。
空には既に一番星が目を覚ましていた。
ここで言うのもなんですが、少し宣伝失礼します。
同じ世界観の数百年前、シアンたちの親の時代の話ができました。こちらも新作も、単体で読んでも何も問題はないですが、迷イ人がこの世界に受け入れられるまでを綴っています。気が向いたらそちらもどうぞ。




