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氷炎護リ人  作者: 有麻環
幕間
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幕間5 大人な子供 前半

「処置は一応これでよし、あとは安静にしてればそのうち元に戻るっしょ」


 カルヴィテリアの事件収束後。家主本人の仕業とはいえ想定よりも甚大な被害を被った屋敷に、軍が正式に介入するのも無理はないことだった。


「でも正直言って激ヤバだかんね。なんで体調不良程度で誤魔化せてたのか不思議なくらい」

 

「リュウガくん、死ぬんスか?!」

 

「死なないし、ウチが死なせない。鴉坊やは静かにしてな」

 

「うっス」


 中でもリュウガは意識の浮上と沈降を繰り返し、一時は生死の境も彷徨う危険な状態にあったのだ。

 それ故、魔力暴走や魔力融合による拒絶反応の緩和を得意とする『調和の棘』こと、バルフィレム国軍ソウェル(六番)隊の隊長――リフレット=カインの元へ運ばれていた。

 彼女は眠るリュウガを子犬のように心配する蓮夜を一喝し、黙らせた。見舞いに来るのは結構だが、医療棟で騒ぐのはご法度……という事だろう。


「リザちの方は様子見だけど、今のところは異常なし。なんか元々『陽光』と親和性があったのか知らんけど、上手いこと混ざってるっぽい?ごめん、ウチもよくわかんない」


 リフレットは奥の集中治療室を指さし、お手上げだというように両手を上げた。

 神の眷属と人間の融合など前代未聞。それも未だ生体研究が進んでいない『陽光』の眷属(天使)。その半分を宿してしまったリザイアに、今後副作用が現れないとは断言できないのだろう。


「本来なら人間の体の中で大暴れするはずの『陽光』の魔力が、なんて言うのかな……リザちなら許す。みたいな感じで大人しくしてるのよな。じゃなきゃ屋敷飛び越えて貴族街ごとぶっ飛ばしててもおかしくないと思う」

 

「ま、歴代に神との融合をやらかした事例は成功したかに関わらず、周辺地域吹き飛ばしてるからな〜〜」


 リフレットの考察に賛同したのはライア。

 事件の全貌を知り、八神伝説を最もよく知る者としての付き添いである。


「『陽光』の耐性ってのも、リザの母親が関係してる――と、私は予想するね」

 

「ラサリア様が……?」


 ライアは回転椅子の上に胡座をかき、ゆらゆらと体を揺らしながらそう言った。その度にギシギシと椅子が悲鳴をあげるが、それがどうした。椅子の負担など気にもせず、不思議そうにこちらを見るリフレットに言葉を続ける。


「リフも知っての通り、『陽光』と『真実』の眷属は人の魂を扱う」

 

「それは分かる。死んだ魂が『陽光』の加護を受けて生まれ変わるのが天使。死んだ魂を回収し、世界の『真実』として保管するのが悪魔。ただし悪魔は基本弱いから、魂の方に乗っ取られる…………ってやつっしょ?」

 

「そう。んで、リザイアの母親(ラサリア)は『陽光』の信者。ラサリアが死んだ二ヶ月後に、リザイアはクロウドの屋敷で大天使を召喚してる」


 蓮夜を狙った敵国の研究組織、フィブルの襲撃。蓮夜と同じ迷イ人の葉を彼らの毒牙から守るため、リザイアが博打的に召喚したのが大天使だった。

 名前の通りほかの個体より大きい天使。本来人に使役されるようなものではない天使がリザイアを助けた事実。その場面がずっとライアの中で引っかかっていたのだ。

 

 リフレットは顎に手を当て暫し考え込み「つまり……いや、無いでしょ…………えぇ……」と百面相をしている。

 やがて結論に至ったのか、彼女は恐る恐るその仮説を口にした。

 

「つまり、リザちの加護は天使になった誰か……いや、ラサリア様の祝福だって言いたいの?」

 

「予想な、予想。カルヴィテリアの召喚術は、事前に契約しないと成立しない。だが、天使と契約したとも思えない…………ならば契約しただれかが天使になった――と、私は考えたわけ!」

 

「はぁーーーややこしすぎん?でもま、もしそうならちょっとだけリザちが救われるかな…………」


 盛大にため息を着いたリフレット。俯いた拍子に、彼女自慢のミントグリーンの髪が顔を覆ったため、その表情は伺えない。


「だってほら、ラサリア様の死因ってリザちの召喚魔法の特訓に付き合ってたのが原因でしょ……本人も母親が自分を恨んでると思ってたみたいだし」

 

 彼女曰く、ラサリアの死因は、リザイアが召喚した獣にあるという。

 元より魔力の扱いが不得手だったリザイア。その特訓に付き合っていたラサリアは、反抗し、術者に牙を向いた獣から娘を庇って亡くなったのだそう。


「ま、父親は少なくとも恨んでたみたいだけど……だからといってやり過ぎだ。異常な信仰心にはそれ相応の結果が降りかかるってことだな」


 ライアは家主たるジオーネ本人と会話をしていないが、その異常なまでに飛躍した思考についてはシアンから聞いていた。神に対して過度な期待を寄せていたことも。

 

 万が一、八神が復活していたとしても、死んだ人間は蘇らない。それどころかさらに多くの人が死ぬだろう。そういう知識を得ないまま動いた結果が、あの言葉では言い尽くせない悲惨な末路を導いた――と、ライアは亡き公爵の最期を思い出していた。


「あーね。カルヴィテリア公爵の結末はウチも聞いた。つか、軍隊長、騎士団長、大臣はみんな知ってる」

 

「あー…………クロウドのやつはリザの為にも大事にしたくないから、軍に知らせたくないって言ってたけど……」

 

「まぁ、国の中でも最古の公爵が亡くなった訳だし、大事にしないってのは無理みよな。それでも幹部クラスだけに留めただけ、辺境伯の意図は汲んでる方っしょ」


 リザイアを孫のように可愛がっていたフォレイグン辺境伯だが、結果的に身内だけで隠匿できる範囲を超えてしまった。否、残念ながら、初めから彼の思惑は破綻していのだ。


「まーでも?死人か出ようがいまいが、遅かれ早かれバレてただろ。だってサヴの顔を見るに、軍の方が情報取得が早かった――――違うか?シュテル」


 ――と、ライアは唐突に誰もいない壁に向かって声をかけた。その壁には窓も扉なく、声に応える電話すらないというのに。

 暫くの沈黙が流れたあと、壁に並べられた薬品棚がカタリと揺れ――一瞬、部屋の照明が点滅した。


「…………やっぱり気づかれる。なんなのお前、どれだけ気配消してもバレるって何?」


 明かりが再び正常に部屋を照らすと、誰もいなかったはずの壁際にフードを被った少年が立っていた。

 蓮夜よりも年若い彼は、そっぽ向くようにライアから目を逸らし、ふてぶてしく愚痴を吐いた。

 

「師匠に向かって何を言う。弟子は一生師を越えられないんだよ」

 

「日本の言葉で『藍は藍より出でて藍より青し』って言葉があるらしいけど?」

 

「あっははは!夢がでかくて何よりだ。頑張れ〜?」

 

「腹立つなぁ……」


 憎らしげにライアを睨む彼の名は、シュテル=アッシュ。

 幹部の平均年齢が低いと揶揄されるバルフィレム国軍の中でも最年少の隊長。その歳、僅か12歳。実力主義を才能で制した七番(ユール)隊の長である。

 そして、先日のカルヴィテリア屋敷で単独行動をしていたサヴ。彼女に指示を出したのは他でもない、このシュテルであった。


「そもそも、あんたいつからサヴ姉さんが仕事の一環としてあの場にいたことを知ってたの?」

 

「え〜?最初からに決まってるだろ」

 

「全部わかった上で泳がせてたってことか……」

 

「人聞きの悪い。サヴの意思を尊重しただけだ。友人と仕事の板挟みは大変そうだったからな」

 

 いまいち納得いかないという顔のシュテル。軍の上層という立場ゆえ妙に大人びているが、コロコロとよく変わる表情はクソガキそのものである。


「で?わざわざ呼び出したのは何?ボク今日もう上がりなんだけど」

 

「知ってる。だからちょっと付き合え」

 

「やだ」

 

「やじゃない。どうせ家で寝腐るだけだろ」

 

「相変わらず仲のいい師弟関係だこと。そういう関係性憧れるわ〜」

 

「リフレット姉さん…………?これのどこに憧れるの……」


 ミーミー騒ぐ子猫のように暴れるシュテルの二の腕をライアが引っ掴む。

 その様子を羨ましそうに眺めるリフレットは、確か他国の学校へ留学していたはずだ。教師と生徒という繋がりはあれど、彼女の求める師弟とはまた違うものなのだろう。そのうち、「弟子でも取るか」と真剣に悩み始めてしまった。


「じゃ!リフレット、私達用事あっから先に失礼するわ。リュウガとリザにお大事にって言っといて〜。あとそこで寝てる蓮夜にもお疲れ様ってさ」

 

「ちょっと!行かない!!ねぇ聞いてる?!離せってば!ねぇ!!」


 そう言ってライアはリフレットに手を振り、部屋の扉に手をかけた。未だ腕を掴まれたシュテルは暴れていたが、そんなことは気にしない。


「はい、いってら〜。でも、他の部屋でも仕事してるからあんまり叫ばないように」

 

「だってさシュテルくん、シャラップ」

 

「じゃあその手を離せ!!」

 

「断固拒否〜」


 こうして、ライアは医療棟を後にした。

 時刻はまだ昼下がり。何かをするにも充分時間はあるだろう。

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