5章 24 『名前』
「それで、此度の事件。処罰はいかが致しましょう――マリーシャ王女?」
この国を古くから支えてきた公爵、ジオーネ=カルヴィテリアの訃報が入ったその半日後。
城の重役に個人を悼む余裕などなく、むしろ彼の犯した罪に対する処罰に頭を悩ませていた。
「いくら最古参のカルヴィテリアといえども我が国との敵組織であるフィブルの手を借り、神を作るなど…………あわや国家転覆どころか世界滅亡の一歩を踏み出すところ。無罪放免とはいきませぬ」
宰相の低い声がよく響く声で言い放つ。事の重大さを知らしめるかのごとく、広々としたホールに彼の声が反響した。
――バルフィレム会議室。国の政策などを決める最も厳格で現実を見るための空間。
集まった者は王女含めて14人。大臣や騎士、軍隊トップの面々。
この国の方針は主に王女たるマリーシャが決定を下しているが、全てが全て彼女の思いどおりになる訳ではなく、こうして必ず会議を挟んでいた。
閑話休題。
ドレオスの放った言葉に深く頷く大臣達。特に大きく反応したのは外務大臣と民政大臣。前者にとって最も重視すべきは他国から見た国の誠実さ。後者にとっては国民への説明義務のためだろう。
そんな彼らと対照的に、貴族街を主な管轄とする騎士団総帥は苦い顔で考えを巡らせているようだ。軍隊長達は良くも悪くも無反応。
もっとも、この場にいる誰もがカルヴィテリア家が行った神降ろしの危険性は理解している。誰も、当人が亡くなったからと言って無罪にするほど、理想と慈悲に溺れる者ではなかった。
マリーシャは各員の反応を一通り見て、納得したように自身の意見を口にした。
「そうですね…………では、次代のカルヴィテリア家の当主は長女であるディリシア嬢ではなく、リザイア嬢ということで」
「えぇえぇ、それくらいでなくては………………ん?それだけですか?」
思ったよりも刑が軽かったのだろう。ドレオスの目が丸くなってマリーシャへ向く。
驚愕を浮かべるのは彼だけではない、基本的にマリーシャに友好的な軍の面々でさえ、その意図を探るように鋭い視線を向けていた。
マリーシャは、そんな腹の中を除くような気配に一切臆することなく言葉を返した。
「まさか、ディリシア嬢は無期の事情聴取――要は拘束ですね。リザイア嬢は時期当主としてだけではなく、この国を守る矛のひとつになっていただきましょう」
「いや、ですから!もっとこう、爵位の剥奪とか、国外追放とかあるでしょう!それだけの事をしでかしたのですよ、あの男は!」
「そう、ジオーネ殿はそうですね」
ドレオスが言っているのは主犯である、公爵――ジオーネの罪についてだろう。しかし彼は既に亡き者。であれば、その罪は共犯者たるディリシアが背負うべきであろう。
彼女に関しては当事者達から聞き及んだ限り、弁解の余地がないと言える。
ライアも言っていたが、生を望むことだけであれば情状酌量の余地はあるかもしれない。しかし彼女には他に選択肢があった。むしろ、彼女こそが本来止めるべき人間だったのだ。
「ですがリザイア嬢は?彼女に関しては被害者にとも言えましょう。それに……罰ならもう充分受けたでしょう」
マリーシャは諭すように語りながら静かに目を伏せた。
「母の死の起点を作り、たった一人の父親から死と同義の役割を言い渡され、姉に突き放される。挙句の果てに父親も和解することなく、彼は目の前で無惨に亡くなった。そんな彼女から、あと何を奪えというのです」
ドレオスの言葉が詰まったように見えた。
マリーシャも、彼も、国の上に立つものであり、一人の親でもある。決して公私混同などではなく、その二つの役職はある一点で共通するのだ。――未来を作る子供を守る――という一点で。
「それに。国外追放なんてもってのほかです。彼女、今や世界で唯一の『陽光』の眷属ですよ。そうですよね?アウラ隊長?」
マリーシャがリザイアを弁護する理由は何も一つだけではない。彼女は確認するように軍務の研究班、五番隊隊長である老婆へ尋ねた。
「仰る通りでございます。今のリザイア嬢は天使の約半分をその身に宿している。言わば彼らの頂点に立つ者……つまり制御不能の化け物だった天使は、あの子の命令だけは聞き入れる……と予想されます」
「未だ完全に判明したわけではありませんが」、と補足したアウラ。彼女の言葉に騎士団長や一部の軍隊長に動揺が広がる。
戦闘能力を有する彼等は、何度も天使と交戦してきたはずだ。故に、アウラの言葉が何を意味するか、直ぐに理解したのだろう。
「彼等を利用するも悪用するも、全てはリザイア嬢の思うがまま。正に頭の無い天使の頭です。――追放して他国に拾われでもしたら、大損害。逃した魚は大きいってやつですね」
マリーシャの言葉の後、ドレオスの顔が一瞬、どこかホッとしたようにも見えた。
☆
父親が死んだ。
生きていたとて、許せるかと言われたら話は別である。しかし、死んでしまえば今後全ての希望が潰えてしまうだろう。
殺されかけたようなものだが、それまで育んでいた家族としての愛情は確かに記憶に残っている。せめて最後に、名前を呼んで欲しかった。父親として、自身を目にして欲しかった。
リザイアは一人、古い記憶と最新の記憶――父の最後を交互に思い浮かべては、現実の無情さに涙を流す。
彼女は今、どこかの医務室らしきベッドに横になっていた。
『やあやあ、無事籠から羽ばたいたお嬢様?元気しってた〜?』
微睡みの中誰もいないはずの部屋で、落ち込んだ気分をぬぐい去るような軽快な少女の声が聞こえた。
(あ…………またあの時の声……)
リザイアが声を出そうとしても、金縛りにでもあったのかのように動かない。夢と現実の狭間のような奇妙な世界。
姿なき声は、恐らくリザイアが天使になりかけていた時に助けの手を差し伸べた彼女なのだろう。彼女は花が咲きそうなほど弾んだ声で言葉を紡いだ。
『わたしの事なんてどうでもいいんだよお!ぜーんぶ、あの夢見るドラゴンが願ったおかげなんだから』
(それでも、感謝の言葉くらいは送らせてくださいまし。 ……ありがとうございました)
彼女がいたからライアの救助が間に合ったのだ。彼女の言う『真実』とやらがなければ、今ここにリザイアはいなかっただろう。
少女の声がピタリと止まった。否、「あ……」とか「う……」とか聞こえているのでこの場にはいるのだろう。
リザイアはどうかしたのかと心の中にハテナを浮かべる。少女もそれに気がついたのかもじもじと小さい声で言葉をこぼした。
『感謝……されることなんてなかったから…………あはは、なんて返したらいいかわかんないや』
誤魔化すように笑った少女。謎に包まれた彼女だが、そのいじらしい声に親近感が湧いてくる。
(できることなら実際に会って述べたいものですけれどね……貴女は一体どこのどなたなのです?)
『わたしが誰かって?そんなに気になるなら頭のいいお友達に聞いてみなよ。神の死体で遊ぶ悪魔だって言えば、君の周りの誰かならわかるはず』
リザイアはずっと聞きたかったことを尋ねると、調子を取り戻した少女が、くつくつと笑いながら話を煙に巻く。
その後、リザイアが考えを言葉にする前に少女はどこか冷たい声でこういった。
『君は今日、たくさんのものを失った。でも失っただけじゃあない。何を得て、何を失ったのか。その輪郭を、境界を、しっかり言葉にしていけば今までよりももっと高く飛べるはず』
(……いきなり何を言いだしますの?)
『まだ君は生きてるってこと。未来の道は『陽光』に照らされてるんだよ。だからね……』
最後の少女の声は今までの明るさが消え、羨むような卑下するような色を含んでいた。
『これからも、自分の名前を忘れないように……ね』
これにて5章が完結です
ここから少し更新頻度落とします・・・




