5章 15 嘘つき同士
建築家の拘りが見る影もないキメラのように組み替えられた屋敷の中。ただ一箇所、この部屋だけは元のデザインが伺える荘厳な様相であった。しかしそれ故に、外部から持ち込まれた機材や呪具が違和感を際立たせている。
「素晴らしい!これまで幾度も神と人の融合を試してきましたが、ここまで神の魔力を安定して受け入れるとは!!やはり神の魔力を人に降ろすだけならば、眷属でも十分に機能する。私の仮説は間違っていなかった!」
中心部に浮かぶ繭のような物体。カメラ越しに映る純白に輝く羽の塊を見て、ギルドーは歓声を上げる。
駆動音を鳴らしながら向きを変えるカメラは、呆然と繭を見つめるやつれた男に焦点を合わせた。
「さて、そろそろお嬢様も最終局面に入ったことでしょう。父親として最後になにか告げておくことはございますか、ジオーネ殿?」
実験はかつて無い順調さ。ジオーネの召喚術によって呼び寄せられた数多の天使は、一つ、また一つとリザイアの体に入り込み、薬物のように彼女の魔力を蝕んでいく。
常人ならば耐えられないであろうアナフィラキシーショックにも似た魔力の混入。ギルドーの想定では、『陽光』の神の器となる代償として、リザイアという人間はここで消える。
計画の打診後、なんの躊躇いもなく娘を差し出したジオーネに今更後悔や懺悔、弁明の気概など微塵もないであろう。
ギルドーはただただ形式として声をかけた。はなから父親失格の男が何を言うのか、ある意味一つの興味である。
「…………特別言うこともない。僕は娘を愛している。あの子も僕の言うことをわかってくれているはずだ。これがあの子にとっての幸せなのだと」
「歪んでますねぇ」
独り言のように小さな声で答えたジオーネ。傀儡のように「愛している」と繰り返す彼に、カメラ越しの冷笑を向けたギルドー。その本音をマイクが届けることはなかった。
――侵入者、接近中。到達までおよそ30秒。
唐突に手元の機器が赤いランプを灯した。無機質な音声がギルドーの求めた最後のピースの到着を知らせている。
長い前髪に隠された太陽の如き義眼が、集中するかのように瞳孔を広げた。
(歓迎しますよ友人様方。貴方たちの声があって初めて、私の求める結果が得られることでしょう……!)
ジオーネはまだ侵入者の存在に気がついていない。魂が抜けたように立ち尽くし、直に娘ではなくなるものに「愛している、愛しているんだ」と呪いを向けている。
――侵入者、到着しました。
(第10サンプルか?アウスレインの令嬢か?あぁ、それとも|あの神殺し《シアン=ディアスタシア》か?!)
中身が気になり箱の包装を毟りとる子供のような高揚感がギルドーを襲う。
警告音が鳴ると同時に屋敷が呻くように振動した。待ち望んだ侵入者は扉からではなく、分厚い壁をぶち破っての登場である。
「あっははは!ここが最後の壁一枚ぃいい!!」
ヒビの入った壁の隙間から、咆哮とともに灼熱の魔力が吹き出した。
☆。.:*
「いやっはーー!やっと着いたぜ〜〜〜長かった!」
リュウガを片手に抱え、プールのある部屋の壁を破って外に出たはいいものの、眼前には無駄に長い廊下。それも窓は真っ暗で開かない上に、扉を開ければまたもや廊下。
迷路のような享楽に付き合う暇はないので、目的地まで文字通り一直線に走り出したのが数分前。何枚もの壁を破壊し、漸く視界が開けた部屋に出た。
「おや、おやおや……まさか最も厄介な要素である貴女が一番乗りとは。ある情報筋から方向感覚が世紀末と聞いていたので一番遠くに、最も複雑な道に配置したはずなんですけれどね……」
「あーん?なんだお前かギルドー=ガンド。黒幕ご本人様登場かと思えば機械越しとは、大層な重役気取りでご苦労さん。ご期待に添えず申し訳ね〜〜」
どうやらライアが最も早い到着であったらしい。モニター越しに出迎えたギルドーの顔が、意外そうに歪んだのを彼女は見逃さなかった。
しかしそれもほんの一瞬。彼の顔にはすぐに胡散臭い笑みが浮かび、ライアの周りを観察するように複数のカメラが飛び回った。
「参考までに聞きますが、どうやってここがわかったのです?」
「再現不可能な特異体質による勘」
「ふむ、意味がわからない。言語能力まで方向性を失ったのですか、嘆かわしい」
「あっはは!この場にいないのが残念でたまらないぜ、その面一発殴りて〜」
抱えていたリュウガを邪魔だと言わんばかりに壁際へ放り投げ、ブンブンと鬱陶しいカメラを一つ握りつぶす。その後それを部屋の中央に向かって投げ返した。
馬鹿にするように言い放ったが、実際のところ勘というのは間違いない。ライアはただ神の気配がする方向へ進み、無事この場にたどり着いたのだ。
「大方、テメーもガルってやつも屋敷の大改造だけ施して早々に安全地帯から高みの見物って流れだろ?いや〜仕事が早くて結構ですね〜〜」
「やはりガルが空間魔法を使用したことまで気がついておりましたか。これだから貴女は苦手ですよ、何手先まで読まれているのやら」
「それはこっちのセリフだっての。謙遜すんなよイカレ野郎」
軽口を叩きながら、ライアは状況を把握するため部屋全体に視線を向けていた。それは直に中央に浮かぶ白い繭……ではなく、その真下にいるジオーネに止まった。彼はこちらを見向きもせず壊れたラジオのように何かを呟いている。
「それで?そこで突っ立ってんのが噂のカルヴィテリア卿か。ありゃもうダメだな…………って、あっれ〜?大嘘つきのディリシアお嬢様はどこ行ったのかな〜?まさか一人だけ逃げたわけじゃねーだろ?」
「わたくしならここにおりますわ。昨日ぶりですわね、『天焼の魔神』ライア=ディアスタシア様。何故わたくしが嘘をついてるなどと?」
乱雑に並べられた機械の裏から上品な牡丹色の髪が現れた。なんの温度を感じないほど冷ややかな瞳。慌てる様子も、不安を抱える様子もない落ち着き払ったその姿には、ライアでなくとも違和感を抱くだろう。
「あはは!まだ騙し通せてると思ってる?『妹を助けてください』なーんて頼み込んできた割に、妹大ピンチな今この状況において何もしないお前が?笑わせるな〜、本当に!――――リザイアを助けて欲しいなんて微塵も思ってないくせに」
「………………」
黙り込んだディリシア。図星だったのだろう。
フォレイグン辺境伯の屋敷で初めて会った時、彼女の口から語られた実家で起きていることの説明には一切の嘘偽りはなかった。少なくとも、本人は嘘でないと認識してたのだ。ただ一つ、「妹を助けてくれ」という前提以外は。
自身の深層を突かれたディリシアは猫をかぶることも無く、不思議そうな顔でライアを見つめる。
「何故?何故それが嘘だとわかっていながら飛び込んできたのです?わたくしがリザイアの救助を願っていないなら、その後の全ては罠であると気がついていたでしょう?」
「ごもっとも。けど残念ながらこちらとしても、本心からリザを助けるためにはテメーの嘘に乗っかるしか無かったんだよ。先陣切ったお仲間曰く、そちらのメイドさんによって門前払いだって聞いてたからな」
「野蛮人の思想はこれだから分かりませんわ……」
心底呆れたように溜息をつきたディリシア。その言葉はライアから見れば「分からない」のではなく「分かろうとしない」だけの怠慢であるが、指摘するだけの友好関係はないので心に留めた。
会話が途切れたタイミングで、相も変わらず羽虫のように飛び回るカメラがライアの前に止まり、電子音に変換された声をかける。
「ご歓談中すみませんねライア=ディアスタシア?悠長に会話に花を咲かせてますけれど貴女、我々の計画を止めに来た訳では無いのですか?」
目の前で鬱陶しく漂うカメラをまた一つ握りつぶし、再び白い繭へ投げ飛ばす。鋭く飛んだそれは繭に当たる前に、その周囲に浮かぶ何かに当たって失墜した。
「止めに来たさ。ただそれは今じゃねー」
「……?」
「だってほら、お前気づいてないかもだけど、私もう二回その繭切ろうとしてるんだよな」
ギルドーの問いはもっともだ。
呑気な会話に興じるほど、今のリザイアに猶予がないのはライアとて理解している。敵前に立って余裕をかました結果何も間に合いませんでした、なんてあまりに馬鹿らしい。故に、既にできることは試した後なのだ。
ギルドーは画面越しに何かを思い出す素振りを見せたあと、「あぁ……」と呻き声のような音を出した。思い当たる節があったらしい。
「……カメラを壊した直後ですか」
「はいご明察〜。けど、傷一つ、焼き跡一つつかなかった。神殺しと名高いシアンならまだしも、現状物理的な干渉は不可能だと判断したわけ。少なくとも今はな」
二発。
撃った刃はただの投擲の余波とはいえそれなりに魔力を込めたつもりだった。それもそれぞれ違う種類の魔力を。
しかし結果はどちらも無効。片方は吸収されるように力を失い、もう片方は謎の力によって弾かれたのだ。
ライアは中央に浮かぶ繭を見た。純白の羽が犇めき合う球体は、もう間もなく羽化することだろう。自身の勘がそう警報を鳴らしていた。
それでも尚笑みを絶やさぬライア。彼女の目には一発逆転の兆しは既に見えている。幾らかの賭けを必須とするが、勝利条件までの道筋は立てられた。
「つまり〜〜、テメーの計画が崩れるのはこっからだってこと。ほら、お望み通り来たみたいだ」
煽り合いほど書いていて楽しいものはないと思う今日この頃




