5章 13 妖術VS錬金術
倒れ込んだリュウガを支え、肩に担ぐ。男女の力量を覆すのは何もシアンだけではないのだ。身体強化万歳。
クリオネやらリュウガやらに抉られ、噛まれ、グロテスクを極めた脇腹も、不老不死の影響故に既に元の形に戻りつつある。多少再生のために魔力は失うが、大した損失ではないだろう。
ライアは目の前にへたり込むレグラを見下ろし、挑発するように双剣の片方を回した。
「さてと〜、クリオネ少年。まだ戦うか?そのデッキブラシでかかってきてくれてもいいけど、頼みの召喚物はもうないぜ」
レグラは目尻に涙を溜め、立ち上がろうとブラシを握りしめる。しかし相当リュウガが恐ろしかったのだろう。滑り落ちるように再び座り込んだ。
「…………でも、ちゃんと足止めしないとまた……また解雇に…………あぅ、ごめんなさい……」
「あ〜……ま、相手が悪かったってことで?もっとも、すぐにお前を叱るやつもいなくなるけどな」
座り込んで尚ブツブツと諦めきれない様子の彼に、多少の同情が芽生えたか。ライアはその頭を剣の峰で軽く叩き、魔力によって強制的に気絶させた。そして、気絶させてから気がついた。
(あ…………出口の場所、聞いてなかった……)
☆。.:*
嫌な予感がする。
ずっと蟹だと思って食べていたものが、実はただの練り物だったような。サンタクロースは実在するという幻想にヒビが入ったような……。今見えているものが、実は違うものだという予感が。
「ハッハハ!ほらほら大丈夫?大事な傘に穴空いても知らないぜ!?」
「うるせぇっス。お前の鉄にやられるほど俺の傘は脆くないっスよ!」
鴉天狗を貶されて挑発に乗った蓮夜。しかし、接近戦に持ち込んだのは戦略的に見て間違いだった。
(けど!大事な人を馬鹿にされて黙って居られる程俺は大人じゃないっス……)
次々に飛ばされる鉄釘を、一番丈夫な番傘で弾く。自身の妖力で造られたものとはいえ、耐久性はそこまで高くない。元より蓮夜は近接向きではないのだ。
体勢を立て直すため、再び羽を広げ高く飛び上がる。羽を散らして視界を遮ったところで、腰に挿していた舞傘を天井スレスレに投げる。バクの真上に放たれたそれはシーリングファンのようにクルクルと回り、次第に周りの空気を巻き込んでいく。
「あ?なに…………竜巻……?」
床に散らばる資材が軽いものから順に浮き上がる。徐々に風が強くなり、鉄の板さえ吹き飛ばす。
バクは動揺しつつも鉄を床に刺すことで何とか床に足をつけている。
(ちゃんとシャナを端に寝かせておいてよかった……あの場所なら巻き込まないように調整できる)
風は四角い部屋を蹂躙するように渦を巻く。その角に座らせたシャナは上手く風の流れを避ければ影響を受けないだろう。
巻き上げられる資材に身を隠しながら、蓮夜はバクの目の前に三つ目の傘を投げ入れた。
「チッ…………なぁなぁなんだよ目眩し?でもその傘も、見えてるぜ!」
他より目立つ蛇の目傘。バクの言った通り、目眩し。
蓮夜が傘の背後にいると錯覚したバクが、蛇の目に向かってネイルガンを向ける。
(見えてて結構――!)
――が、それは飽くまでダミー。蓮夜は大きく振りかぶった番傘をバクの背後から叩き込む。
「ぐっ…………やるじゃんカラスくん。でももう逃げるのかよ?なんて言うんだっけ?キャッチアンドリリース?」
「ヒットアンドアウェイっス!!だれが釣り師っスか」
攻撃の後、再び姿を消した蓮夜。
見当違いなバクの言葉に、蓮夜の声だけが風に乗って響いた。
「ッハハ!なんだ……結局ビビりじゃねぇか。仕方ねぇなぁ、じゃあこれならどうよ、逃げられないくらい大量だ!」
ケラケラと笑うバクが魔力を練り上げる。今まで弾丸として飛ばしていた鉄釘達が、彼の周囲一切の死角なく次々に生成される。その姿はまるでウニやハリネズミの針。
「ご自慢の風で吹き飛ばしてみなァ!!」
バクの叫びが引き金となって、魔法で作られた鉄が全方位に打ち出される。いくら機動力があったとて、避けることは不可能だろう。風で吹き飛ばすにも、魔力で覆われたものは吹き飛ばしにくい。
(万事休す……?まさか。…………見えてるっスよ、シャナ!)
しかし、蓮夜の目には打開の希望が見えていた。
部屋の隅から弱々しくもこちらに手を伸ばすシャナ。その手がグッと握られる。
「うん…………させない。『貴方の魔法をわたしは認めない』!」
彼女の短詠唱によって、釘は持ち場から飛び出す直前、消しゴムで消される文字のように姿を消した。
シャナの魔法。魔法を打ち消す魔法。エインスカイでも使えるものは極わずか。一族による継承もない、突発的な特異点――魔力否定である。
「あぁ〜これが噂の魔力否定!ハハ、すっげ!ほんとに魔法が使えねぇ!!」
魔法を消された本人は何故だか酷く楽しそうに天を仰いだ。バクはそのまま片手を床につき、もう片方の指を自身の頭上で回る舞傘に狙いを定めるように向ける。
風の壁の向こうから、蓮夜はそれを訝しげに見つめた。一体何をするつもりなのか。シャナがいる限り、この場で魔法は使えないというのに。
「何余裕ぶってるんスか。お前もう魔法使えないってわかってる?」
「わかってるわかってる。けどさぁ!だったらこっちを使えばよくね?こういう時便利だよなぁ――――錬金術って!!」
「――えっ?」
床に着いたバクの手から、全く知らない気配が流れ出る。蓮夜がこの世界に来て知った魔力でも、元の世界に充満していた妖力でもない、全く別の力。シャナの力を持ってしても否定しきれない未知のエネルギー。
硬い床から茨のような棘が天に向かって生えた。棘によって貫かれた舞傘が、力を失った鳥のように地に落ちる。
「ふぅ……やっと風が止んだぜ。それで、お前も見つけた。ね!カラスくん?」
風の発生源たる傘が落ちたことで、巻き上げられた資材が一気に叩きつけられた。轟音が響く中、バクの狙いがこちらに向く。
そして、彼の愉悦に歪んだ目と視線がかち合った瞬間、蓮夜の背から伸びる紫黒の羽が、飛び散った。
「――――――あ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!」
貫かれたと気づいたのは少し後。
先程の床と同様に、壁から生えた刃によって片翼が切り落とされていた。
神経を引き抜かれるような、全身に突き抜ける痺れのような痛み。蓮夜は声にならない悲鳴を上げながら、バランスを崩して墜落する。
傘と同様、妖力で作られているとはいえ翼には感覚がある。人に戻れば怪我も残らないが、痛いものは痛いのだ。
「ッハハ!鴉天狗討ち取ったり〜。昔よくやったなぁ、鳥に石投げるの。懐かし〜」
最低な思い出話に花を咲かせるバクが、勝ち誇った顔で蓮夜の前に座り込む。
そして、無邪気な子供のような笑顔のまま、悪魔のような提案をした。
「なぁカラスくん。人間を作り替えたらどうなると思う?ハハ!おれも知らない!だからさぁ、やってみようぜ」
痛みで滲む視界の向こうで、バクの手がこちらに伸びるのが見える。錬金術はよく知らないが、触れられればろくな事にならないことだけはわかる。
(どうしよう……動けない…………これはリザを助ける前に、死ぬか…………?)
翼を切り取られた痛みは腕を切り取られた痛みとそう変わらない。冷や汗が滝のように流れ、生理的な涙が溢れる。直ぐに動き出せるほど、不幸にも蓮夜の痛覚は鈍っていなかった。
「待って……だめ…………蓮夜ぁ!!」
遠くからシャナの悲痛な声が聞こえる。
バクの指が蓮夜の体に触れる……その直前、微かな風が舞い込んだ。
錬金術師の腕らしきものが腹に当たった気配がする。更なる痛みを堪えるように必死に目を瞑るが、いつまで経っても恐れていた変化は何も起こらない。
「あ…………れ?…………腕が、無――
――い?」
ゴトンと、硬いものが落ちた音がした。
目の前にいるはずのバクの声も、不自然に途切れたように聞こえる。
恐る恐る目を開けると、目の前には座り込んだままのバク。しかしその首の上には何も無く、ドクドクと血液だけが流れ落ちている。そして、蓮夜が触れられたと思った場所には、彼の腕だったものが落ち、名残惜しそうに血を流していた。
彼の骸の向こう側から、鈴がなるような声が鳴った。
「どうもこんにちは。あなたに恨みはないけれど、仕事なので……そのお命、頂戴しました」




