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氷炎護リ人  作者: 有麻環
幕間
75/95

5章 10 オーケストラ

 吹雪のように激しく、氷柱のように鋭い音が響く。

 楽団の奏でる一音一音が雪崩のように葉達を襲う。

 肌を刺すような音波、気管が凍りつきそうな空気。シアンが障壁を張っていなければ、今すぐにでも凍え死ぬ程の有様。

 曲の中でも特別目立つヴァイオリンは、その音の粒が鋭い剣の様な形になり、葉に斬撃と緊張感を与える。


「さっき背中叩いたのって、このためだったんだね……痛かったけど」

 

「悪かったって。でも一時的に私の魔力を流したから、寒くは無いだろ?」


 なんの説明もなく思い切り叩かれた背が未だにヒリつく。本人曰く、こうしておけば多少は防寒になるのだそうだ。理屈は分からないが。

 

 そうこうしている間にも、トーンの楽団は益々の盛り上がりを魅せる。強く、弱く、そしてまた強く吹きすさぶ寒波のような旋律。それを超えた先、一瞬の隙も許さない間髪入れた吹雪を思わせる章節。全ての人形が己の楽器を一心不乱に奏で、最も有名な山場が訪れた。

 音が心に情景を作り出すように、実際の景色も姿を替えて行く。パッチワークの部屋は楽団の周囲から生み出される雪のような銀白の魔力結晶によって飲み込まれていく。

 

「まずいな……こりゃジリ貧だ。私が防御を解けばすぐさま雪だるまになるだろうよ。アイシハイクが懐かしいぜクソッタレ!」


 シアンが珍しく弱音を吐いた。今まで幾度も真っ直ぐ一直線に殴り掛かってきた彼女も、視覚と聴覚を同時に遮られてはどうしようも出来ないらしい。

 防寒対策があるとはいえ、冷気は徐々に葉達を蝕んでいく。指先が冷たくなり、動きが鈍くなっているのがわかる。アミナも同様なのだろう。必死に手を擦り合わせながら、ぴえぴえと泣き言を漏らしている。

 

「えぇーん、シャナが恋しいのであります……。あの子なら見えない敵も魔力感知で一発ズドンってできるのにぃ」

 

「感知……二人はそれ出来ないの?」

 

「試してはみたが、あのメイドの透明化(ステルス)は魔力ごと隠すみたいでなんもわからん。多分魔法以外の技術だ」

 

「そうそう。まぁ、透明化と言うよりは保護色のほうが正確ですけどねぇ」


 緊迫感のある三人の会話に、またものんびりとした声が響く。

 素早く武器を構えた葉とアミナ。シアンが防御と防寒に回ってくれている今、この二人で切り抜けなければなるまい。


「…………保護色?」

 

 その様子をチラリと見たシアンは、どうやら「保護色」という言葉に引っかかったようだ。彼女は葉達が周囲を警戒している間に、ある一つの答えに辿り着いたらしい。


「保護色って……それ、単に色の話じゃねぇな?あの楽団、私の魔法を受けてから明らか攻撃が氷系統に偏った。選曲が属性を選んだんじゃなくて、擬態した属性を元に選曲したんだろ」

 

「はい、だいせいかぁい。いやぁ、案外頭を使う人間なんですね。お見逸れしましたぁ」

 

「チッ、こんな状況じゃなきゃすぐさまぶん殴ってやるのに…………」

 

「やってみたらどうですぅ?私いま貴方の後ろにいるの……なんて」


 背後に迫る会談のようなセリフを残したトーン。思わず後ろを見ても、やはり姿はどこにもない。

 もどかしそうに地団駄を踏むアミナ。苛立ちが背中から伝わってくるシアン。自身より戦闘経験のある彼女達の焦りが葉の不安を煽る。

 しかし、吹雪く夜の山のような絶望の中、葉の頭にはある仮説が浮かんでいた。


(保護色……受けた魔法の属性に合わせて曲を変える……。でも指揮者は一人なんだから、流せる曲は一つ…………だよね?)

 

 葉は自身の持つポシェットを触る。チャンスは一度。曲が終わるその瞬間。葉の知識が正しければ、この曲もやがて終幕を迎えるはずだ。


(でも、これすらも逆手に取られたら……?今度こそ取り返しがつかなくなるんじゃ…………)


 経験の浅さゆえ、己の案に自信が持てない。言い出すべきか、否か……。冷や汗が凍りつくのがわかった。シアンのかけた防寒効果が消えかかっているのだろう。


(いや違う。立ち止まってるくらいなら、やってみるしか道はない!)


 鼓舞するように頬を叩く。そうと決まれば直ぐにでも実行に移さねば。


「アミナ、そのでっかい手の機械……みたいなやつ、動かせる?」

 

「……?勿論であります。ただ、曲が流れてると音のせいか上手く操作ができないかも……」


 アミナの魔法は遠隔操作。身長と同じくらいの巨大な手を模した機械を操り、殴り掛かる物理タイプ。不用意に近づけない場所でも攻撃ができるらしい。


「それは大丈夫。ただ曲が終わる時にこれを楽団に向けて思い切りばら撒いて欲しいの。ちょっと傷ついちゃうかもしれないけど……」


 手渡したのは自身の持つ魔弾の薬莢。袋に詰められたソレをアミナへと手渡した。


「傷くらいどうってことないのであります!機械はいくらでも直せますから!」


 作戦について殆どなんの説明もないまま、快く受け入れたアミナ。どこに敵がいるか分からない今、その信頼と即決が葉を救った。


「さぁーてと。そろそろコチラも終わりですぅ。次のリクエストはございますかぁ?」

 

 丁度その時、曲は終わりのフレーズへ切り替わる。吹雪が弱まり、トーンの間延びした声が響く。最後まで丁寧に、大切に奏でられた音が静かに消えた。


「――――今!」

 

「行ってこぉぉぉい!!であります!」


 葉の掛け声とともに、アミナによって機械の拳がが打ち出される。


「なんですぅ?氷の次は物理ですか?随分ロックに生きますねぇ。いくら壊してもストックならたくさんあるって…………何あれ」


 トーンが疑惑の声を上げる。彼女の視線の先では、巨大な拳が楽団の人形達にぶつかることなく、ただパッと手を開いていた。

 パラパラと落とされる色とりどりの薬莢。全て、葉が撃つはずだった魔弾の素である。シアンやライアを始め、軍の知り合い達から少しずつ分けてもらったそれは、様々な属性に変換された魔力の塊。葉の魔力と混ざることで、自由に銃弾として扱える代物。

 葉はそれら全て、一度に、一気に魔力を込めた。薬莢に混ぜられた自身の魔力を起爆剤として、暴発させるイメージだ。


「あぁ〜、考えましたねぇ……大正解ですぅ」


何十もの薬莢、もとい魔弾が同時に弾けた。トーンの声をかき消すかのごとく、炎、氷、水、砂……様々な魔力が混ざることなく爆発する。

 夜に咲く花火のように彩り豊かな光を散らし、直後、とてつもない爆風が葉達を襲った。



「…………二人とも吹き飛ばされてないな?」

 

「な、何とか……」

 

「想像以上の爆裂であります…………」


 風によってぐしゃぐしゃになって顔に張り付いた髪をどかし、葉はぺたりと座り込んだ。

 トーンの魔法で生み出された雪はおろか、元々壁にかかっていた調理器具から写真から何から全てを吹き飛ばした爆発。ここまでの威力とは、葉本人も予想していなかったのだ。シアンが防壁を張り続けていたお陰で吹き飛ばされずに済んだらしい。


「全くとんでもないですねぇ。まさか一番何も出来なそうな人がやらかしてくれるとは…………。でも大正解。一つ二つならともかく、同時にあんなに複数の曲は指揮できませんからねぇ」


 しかし、トーンは未だ飄々とした顔で目の前に現れた。拍手をしている彼女には全く影響がないように見える。今葉が出せる全てを出し切って尚、まだ立ち塞がるというのだろうか。これ以上為す術は、本当に何も無いというのに。

 絶望に打ちひしがれ、血の気が引いていく。リザイアを、友を助けることもままならず、ここで倒れてしまうのか……と。

 目の前が真っ暗になりかけたその時、足元に小さな何かが現れた。


「けろん」

 

 カエルである。


「ひっっ、カエル?!な、なな、なんでこんなとこに?」

 

「あ!このカエル、サヴのとこの子であります!」


 昔からカエルだけはどうも苦手な葉。慌てて後ろに下がると、それをアミナが元気よく手に取った。すると、カエルは口から手紙のようなカプセルを吐き出した。


「なんだそれ、手紙?」

 

「みたいです。でも、自分には読めないのであります……」

 

「そりゃそうだ、日本語だからな。ってわけで葉姉、頼んだ」

 

「えっ」


 敵を目の前に呑気に手紙を眺め出すシアン。普段の彼女ならまずありえない行動に戸惑いながら、渡された手紙に目を通した。

 そこには久しく見ることのなかった毛筆で、なんとも達筆な()()()が綴られていた。


『冴原トーンは私の協力者です。仲良くしてあげてくださーい。

 サヴ=ヴァーサルより』


 ――と。

 

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