5章 7 潜入班
――ディリシアが一足先にフォレイグンの屋敷から去った後。夕食を終えた一同は、神妙な面持ちでひとつの地図を囲んでいた。
「ここでひとつ言わせてもらうけど、多分おそらくギルドーは私たちが来ることも想定してるぜ」
役割分担が決まり、あとは野となれ山となれの詰めの段階でライアが前提をひっくり返した。
意気揚々と拳を掲げていたアミナと蓮夜の動きが固まり、正面にいるリュウガが「そういうことは早く言えよ」と愚痴を零したのが見えた。普段ならシアンも同様にキレる場面だが、今回に関してはライアの意図が掴めていたので無言を通す。
「早いこと言えない理由があったんですぅ〜。短慮極まりないダンピールくんは黙らっしゃい」
「わざわざ士気を下げるタイミングで言うことないだろ」
「うん。二人とも言いたいことは正しい」
「けどお願いだから喧嘩しないで……話が進まなくなっちゃうよ」
即座にいがみ合う犬猿の二人をシャナと葉が取り押さえた。席の関係で二人に挟まれオロオロするサヴがあまりに可哀想だ。
シアンはゆっくりお茶を飲みながら、ため息混じりにフォローを入れた。
「ライアが言ってることは確かだぜ。私はギルドーってのに直接会った訳じゃねぇけど、聞いた話だけでも敵に回したくないタイプだってことはわかる。アレはおそらく大人数で来ることも予想済みだろう」
一応、リュウガの言いたいことも理解できるので「今言うべきでないのは確かだけどな」とだけ添えておく。
その言葉に、漸く啀み合いの板挟みから開放されたサヴが首を傾げた。
「なんでそこまでわかるの?」
「お前らちょっと前に押しかけに行っただろ?その時点でおそらくあいつは屋敷にいたはずだ。ならいつか連れ戻しに強行突破してくるだろう……って仮説くらいは立てているってことだ」
「さらにいえば、その時点で葉姉がいたなら話がこの屋敷に集まることも予測できるってわけ。ギルドーと以前戦ったのはこの場所だからな」
ギルドーがどこまでこちら側の情報を得ているかは知る由もないが、葉がリザの友人である蓮夜やシャナと結託するのは目に見えている。そこから屋敷の主であるクロウドが軍以外の協力を求めることも。少なくとも、仮にシアンがその立場であればそう考える。
「と、すると。戦闘を前提とするなら、まあまず確実に分断されるだろーよ……ってのがさっき言いたかったこと。どっかのダンピールに口を挟まれちまったせいで話が切れたわけだけど〜」
「はいはいオレが悪ぅございました」
「余計な一言を入れるなライア」
「痛っ」
シアンはわざわざ話を脱線させるライアへ向かって氷の粒を飛ばす。狙った訳では無いが、額にクリーンヒットしたお陰でよく回る口が閉ざされた。
「分断ってそんなダンジョンみたいな……」
「いや、確か彼奴の魔法は『意志を持たない物の操作』だったっスよね?だったらダンジョンも間違いじゃないんじゃ……」
日本人組が創作物のような単語を出してきた。エインスカイでは馴染みのない文化に意味が伝わらない訳では無いが、そこまでの知っているわけではないアミナが「ダンジョンってなんだっけ」とボヤいている。サヴがその解説をしている最中、冷静になったリュウガが手を挙げた。
「分断方法がダンジョン化ってのは通るとして、屋敷内部だけを変形させるって可能なのか?それとも完全に形を変える?」
「まさか。外壁と内部を切り離せばいい。空間魔法でな」
「いやだから、空間魔法ってお前ら護リ人にしか使えない特異魔法だろ。そんなの使えるやつ……待った」
外観に影響が出れば、周りの家からの通報待ったなし。ギルドーやカルヴィテリア家としても国を巻き込む大事にはしたくないだろう。
リュウガ言う通り、通常であれば模倣を使わない限り一般人には使用できない空間魔法。しかしそれを使える可能性が奴らの手にはあった。
「そう、いるんだよ。謎に包まれたソラのそっくりさん。ガルって言ったっけ?アレの魔力はソラの姉貴と全く同じ性質だった。なら、空間魔法だって使えるはずだ」
シアンは彼を直接見たから解る。あの時は使用できていなかったが、ガルは間違いなく空間魔法を使う権利を持っている。普通ではありえないが、護リ人の直系であるソラの姉――サラと同質の魔力を有していたのだ。
暫しの思案を得て、リュウガが再び口を開いた。不要になった地図を避け、まっさらな紙にペンを走らせる。
「なるほど、理解した。なら分断を前提にして最悪の事態を想定していこう。明日は早いんだ、遅くまでここで燻ってる訳にはいかないからな」
「そのとーり!休息は健康と勝利のため何よりも重要な行為あります!」
最後にアミナの元気な声が響き渡ったのを、よく覚えている。
☆。.:*
「さぁーて、そろそろだぜ潜入班。つっても私とサヴとダンピールしかいねーけど」
シアン達がジオーネと会談を始めたであろう頃。カルヴィテリア屋敷の屋根の一角にライア達はいた。
昨晩の作戦会議で二方向から同時に入り込むことが決まり、彼女達潜入組はさらに二手に別れる手筈となっている。
「どうするんだよ。人数の関係でこっちに来たけど、別にオレは潜入得意な訳じゃないぜ」
「知ってるぅ〜。だからお前は私とセット。いやほんと、まじで最悪だけど仕方ねー」
「こっちのセリフだ炎災。今日は遊びじゃないんだ。お前の迷子には付き合ってられねぇからな」
暗殺を仕事とするサヴや、自称暗殺の方が得意と言い張るライアはともかく、医療をかじっただけの研究者には荷が重い……と言いたいらしい。かと言って正面組をこれ以上増やす訳にもいかず、他に適任もいないので必然的にこうなった。
「ライア、中が動いたみたい。そろそろ行かなきゃですよ」
屋根に耳をつけ、中の様子を聞いていたサヴが顔を上げた。予想どおり、シアン達の分断が始まったらしい。
「おっけー、んじゃあ私達は向こうの窓から、サヴはまあ、好きにしな」
「あの……本当にこっちも分断しちゃって良かったんですか?計画だと私だけ単独行動って……」
簡潔に指示を出し、リュウガを連れて持ち場へ向かうライアに、サヴが小さく声をかけた。
事前に決めてきた作戦の一つ。それは、「サヴは完全独立で好きなように動く」というもの。会議の際には臨機応変に対応するための余白として説明し、本人もそれで納得していたが、いざその時になって不安にでもなったのだろう。
「おいおいサヴ〜。お前も暗殺部隊にいるなら、潜入に大人数が向かないことくらいわかるだろー?それに――――その方がお前も都合がいい。違うか?」
「…………違わないですね」
全てわかったようにサヴを見つめる橙色の虹彩。サヴは一瞬、ほんの僅かにたじろいだが、すぐにその言葉に頷いた。その後、首に巻いていた口布を上げ、音もなくその場から姿を消した。
自身の役割を果たしに向かったサヴを見送り、何か聞きたそうなリュウガの目を無視して一つの窓へ向かう。
「さ、こっから先は一瞬の隙が己を殺す裏方作業だ。せいぜい油断せずに着いて来いよ?ダンピール」
「はぁ……お前に言われるまでもない。確かにオレは場の裏表関わらず戦闘向きじゃないが、戦場で油断するほど素人でもないんだぜ」
「それを聞いて安心しました〜〜!なんて。ま、せいぜいその言葉を忘れないようにな。 死んだら骨くらい拾ってやるから。本当に!」
最後まで互いを馬鹿にしながらライアとリュウガも屋敷に入り込んだ。魔法によって切り取られたせいか、内部の様子は全く見えない。本来であれば断絶によって侵入すらも不可能であるが、ライアは違う。ピトリと窓ガラスに手を当て、魔力を込める。
「それじゃあそろそろ、本当の空間魔法を見せてやりますか!」
その言葉をトリガーにライアとリュウガも姿を消した。
屋敷の窓には誰の姿も映っていない。




