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氷炎護リ人  作者: 有麻環
幕間
68/96

5章 3 嫌な名前

 クロウドからの連絡が切れた後、ちょうど葉も戻ってきたところだった。

 心做しか暗い顔をしている彼女に、申し訳なさを感じながらもシアンは声をかけた。


「あ、葉姉。わりぃんだけど、私らこれからフォレイグン屋敷に行かなきゃならなくなったから、泊まりは無理そうだ。金はこっちで持つから走り屋使って」

 

「ううん。あたしも行く」


「この時間なら『走り屋(タクシー)』最終時間に間に合うだろう」との提案だったが、葉は静かに首を振った。


「さっきの電話シャナからで、フォレイグン辺境伯の家に来てって言われたの。多分……同じことじゃないかな」

 

「その可能性は高いか……よっぽど緊急みたいだな」


 ここからかの屋敷まで車や地竜を使って二十分前後。日が完全に落ちる前には着きたいところだ。なにせ道中、どの道を通っても『陽光』の眷属(天使)が蔓延るソウェル大草原を突っ切ることになるのだから。確実に戦闘になるだろう。むしろ、嬉々として突っ込んでいく自分の未来が見える。

 出立の支度を整えるシアンと葉。視界の端ではライアが誰かの通話しているのが見えた。彼女は話し終えた後、庭を指さし、にぱっと笑った。


「今聞いたらソラが別件で向こうにいるらしいから、転移魔法陣使えるぜ!」


 ☆。.:*


 内臓が宙に浮くような感覚の後、そっと目を開けば、そこには黄昏の斜陽に照らされた静かな庭園が広がっていた。

 以前見た庭園を色とりどりの花が咲き誇る桃源郷だとすれば、今の景色は命が芽吹く前、胎盤で揺られる赤子のような可能性。土から顔を出し始めた子葉が、水滴を乗せて輝いている。


「お疲れ、クロウドたちは中にいる。入ってすぐの客室だな」


 そんな庭園の隅に描かれた転移魔法陣。葉達を出迎えたのは羽織を肩にかけた金髪の男――ソラ=ドラッド。彼は一番にライアの服を掴み、有無を言わさず屋敷へ連行して行った。


「あのさーソラくん。家に入るだけよ?目と鼻の先よ?迷うわけなくない?」

 

「それでも行方をくらますのがお前だよ。いいから黙って来い」

 

「チッ」

 

「葉姉、私達も行くぞ」


 引きずられていくライアを苦笑いで眺めながら、シアンに促された葉も彼らについて行く。まだ冬には遠いとはいえ、落日と共に冷たい風が肌を撫でた。

 

 古めかしい屋敷の門を開くと、包み込むような暖気が溢れてきた。若干の寒さで固まっていた体が、解けるように緩んでいく。

 以前も訪れた客間に着くと、既に見慣れた面々が真剣な面持ちで席に着いていた。そのうちの一人、シャナが葉を見て小さく手を振っている。声も出さないあたり、相当真面目な話をしていたらしい。


「よぅ、クロウド。だいたいの話は察してるが、お望み通り――来たぜ」

 

「シアンさん、ライアさん、そして貴女が葉さんですね。急な連絡でしたのによくぞおいでくださいました。さぁ、どうぞお座り下さいな」


 部屋の奥、上座に座る年老いた男性。穏やかな顔と口調だが、隠しきれない厳格さが部屋の空気を締めている。

 彼はふと葉に目を止め、安心させるように目尻を下げた。


「直接会うのは初めてですね。私、クロウド=フォレイグンと申します。先日は迷惑をかけたようで申し訳ない……貴女のことはシャナから話は聞いていましたよ。気の合う迷イ人の友人ができたのだと」

 

「こ、こちらこそ初めまして!」

 

「ふふ、そんなに緊張なさらずに。取って食いやしませんよ」


 急に話しかけられて声が裏返った。

 葉は以前にも彼――フォレイグン辺境伯と会っていたが、後になって知った話、その時の彼は全く違う人形にすり変わっていたらしい。つまり、本人との対面は今が初である。


(前も緊張感半端じゃなかったけど……あの時と比べると今はもう少し柔らかい、かも)


 隣に座ったシアンが葉の肩に手をおき、落ち着かせるように軽く叩いた。そのお陰で、思わず飛びかけていた思考も元に戻りつつあった。

 気持ちを切替えるためにも改めて席を見回すと、なかなか人が多いことに気がついた。

 葉と共に来たディアスタシア姉妹と先に現地にいたソラ。

 フォレイグン屋敷に住むリュウガ、蓮夜、孫のように遊びに来ているシャナ。

 葉やシャナの友人でありバルフィレム軍所属のアミナとサヴ。

 そして、屋敷の主――クロウドと、その隣に座る牡丹色の髪を下ろした幸薄そうな女性。それが誰かと気にしていると、丁度クロウドが本人に変わって紹介を始めた。


「皆様お集まり頂きありがとうございます。こちらは今回皆様を集めるきっかけとなったお方――――リザイアの姉君、ディリシア=カルヴィテリア嬢だ」

 

「はじめまして。ご紹介にあずかりました、ディリシアと申しますわ。リザがいつもお世話になっております」


 ふわりと羽が舞うように会釈したディリシア。

 葉は……葉だけではない、アミナや蓮夜達も、その言葉に目を見開いた。音信不通のリザイアに繋がる人物が、直々に現れるとは思っていなかったのだ。

 思わぬ登場に心揺れる若者達に対して、年長故の経験値なのか、シアン達護リ人組は大して反応していない。読みの鋭い彼女らのことだ。恐らく、こうなることを察していたのだろう。

 言葉を失う葉たちの様子など見えていないのか、ディリシアは何事もないように語り出した。


「わたくしがここへ来た理由は……きっとあなた方でしたらもうお分かりでしょう。わたくしの妹、リザイアに関してですの」


 彼女は言葉を選ぶように一度息を飲み、そして静かに頭を下げた。


「単刀直入に言いますわ――――妹をどうか助けてくださいまし」


 ☆。.:*


 丁寧に入れられた緑茶を味わい、シアンは湯のみをコトリと置いた。


「つまり、カルヴィテリアの現当主であるジオーネの野郎が、死んだ妻を蘇らせるために神を再現しようとしてる……と。その器として娘のリザイアを利用した…………と!そういうことだなお嬢さんよぉ」


 ディリシアの口から語られたのは、到底許せるべきではない胸糞悪い計画だった。自身の不倶戴天とも言える神に関わる話ということもあり、シアンは今にも怒鳴り散らしそうになるのを必死に抑えていた。

 怒りを抱いているのはシアンだけではない。感情が表に出やすいアミナや蓮夜も同様、蓮夜に至っては唸る獣のようになっている。

 リュウガやサヴは勘がいい、驚いてはいるものの薄々勘づいていたのだろう。彼らの心情を言葉にするなら「当たって欲しくない予想が当たった」というところだ。


「なん……え?だって神を人に降ろすって、そもそもの話その人間が耐えられないから無理だって…………言ってなかった?」


 この場で一番経験の浅い葉は、案の定ディリシアの言葉を信じることができないようだ。無理もない。


「うん。普通なら……ね。でもリザは違うの」


 意外なのはシャナだ。この子は初めからわかっていたと言うように、眉のひとつも動かさずただ静かに言の葉を聞いていた。


「リザは、この前の戦いで大天使を召喚したでしょ?その時に『陽光』(ソウェル)の加護を受け取ったみたいなの」

 

「え…………それってあたしのせいなんじゃ」

 

「それは違うっス。あの時リザは自分の意思で呼んでました。他に方法はあったのにも関わらず。結果的に天使が出てきたのは驚いたけど、あのランダム呼び自体マジの無作為なので葉さんのせいでは決してないっスよ」


 葉を守ろうとしたリザイアの話は聞いていた。その結果許容量を超えた大物を出して倒れたことも。

 自分を守ろうとしたことが起因していると、真っ青な顔で狼狽える葉を蓮夜が即座に否定し、自身の怒りを抑えて太陽のような笑みを浮かべた。


「それに、今の聞いたら多分リザブチ切れっス」

 

「そ、うなの……?そうなんだ…………そうかも」

 

「そうっスそうっス。だから、今やらなきゃいけないのは後悔じゃなくて……」

 

「助けに行くでありますよ!」


 突如机を叩き、前のめりになったのはアミナだ。


「何が『健康は整えてあります』ですか。お貴族様だか知らないけど、友達が神にされることを黙って見ているなんて自分にはできないのであります!」


 その言葉で、澱んでいた空気が変わった。皆考えることは同じ、否、そう考えてくれる面々をクロウドが呼んだのだろう。気づけば話の方向は如何にしてリザイアを助けるかに変わっていた。


「意気込んでるとこ悪いけど、助けるって具体的にどうするんだ?交渉が通じるなら既に爺さんがやってるだろ?」


 言うは易し行うは難しというやつだ。リュウガの言う通り、現に以前葉達が特攻して門前払いになっている。中に入り込むことができなければ、助けることなど夢物語だろう。その点はどうするのか、と言いたげな視線がクロウドに集まった。彼は「そう言うと思ったよ」とディリシアにアイコンタクトを取り、頷いた。


「それに関してはわたくしが力になりますわ。安心してくださいまし。ただ……間違いなく戦闘になると予想されますの」

 

「何故に戦闘。そんなに血気盛んな家系じゃないだろ?」

 

「えぇ本来は……ただ今はお父様の計画を援助するために、ある研究者様がいらしておりまして、その方の指示ですわ」

 

「おいまさか、その研究者って……」


 神、人に降ろす、研究者。四か月前の事件と全く同じ単語が並び、事情を知る一同が一斉に天を仰いだ。


「えっと確か……ヴァツルナ大陸からいらしたギルドーという方ですわね」

 

「やっぱり……」

 

「うげぇぇ」


 中でも最も因縁のある蓮夜は眉間に皺を寄せ舌を出し、かつてないほど嫌悪を露わにしていた。

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