5章 2 魔弾
「ってことがあったの」
「あはは!何やってんだお前ら、ウケる〜!!貴族街で叫び散らかすとか……しかも騎士と軍は犬猿なのわかってて即座にその対応してきやがるとは。あっははは!見たかった〜〜」
真剣な面持ちで我が家を尋ねるのだから、いったいどんなトラブルがあったのかと警戒したのがつい先程。葉の口から語られたのは友を思うが故に暴走した馬鹿の話だった。
ソファでそれを聞いていたライアは腹を抱えて大爆笑。真面目な葉には悪いが、シアンも笑いをこらえるのに必死だった。
「もーそんなに笑うことないじゃん……」
「すまんすまん。で?その後どしたん」
「サヴと一緒にアミナを引きずって帰ったよ……」
「見たかった〜〜〜〜!」
顔をくしゃっと歪めた葉に、ゲホゲホと咳き込み始めたライア。ついに笑いすぎて過呼吸を引き起こし始めた。
「あの笑い袋は放っておいて……リザイアっつかカルヴィテリアの最近の挙動については私らもちょっと気になってたんだよな」
「ひー、腹いてー。えーっと?確か建国記念の祝祭にも珍しく来てなかったし、噂ではリザイアどころかあの家の人間は近所の奴らでも使用人以外誰も見てないって話だよな」
漸く復活したライアと共に、シアンも自身の疑念を明らかにした。毎年欠かさず出席していた王女への挨拶も今年に限って何故かなく、書面で失礼とあったらしい。
カルヴィテリア公爵家といえば、貴族の中でも最古参。バルフィレム最大の教育施設『リング・エドゥ』の設立にも深く関わる召喚魔法のプロフェッショナル。その最古参がこの対応となれば、国の基盤にも関わってくるだろう。
「確か〜現当主、リザイアの父親であるジオーネが病んだって噂もあるな。妻が死んだとか何とか?ま、半年前の話だけど」
「えっ、そうだったんだ……」
「どこで知ってくるんだそんな情報」
「人の口に戸は立てられないって言うだろー?そういうことだよ」
他人の口から語られた親友の家庭事情に、葉の顔が引きつった。軽率に言うべき話題ではないだろうと、ライアを睨むが何処吹く風。相変わらず何を考えているか分からない顔で笑っている。
「いや〜怪しいね〜これは絶対何かあるぜ、本当に!」
「お前……なんか知ってんなら先に言えよ」
「知らん知らんなーんも知らん。全くシアンってば人のことばっか疑いやがって、妹は悲しいぜ?」
「お前を妹だと思ったことはない。疑われたくないなら怪しい動きするなっての。どうせ、そうは思ってないんだろうけど」
「ご明察ぅ〜」
「なんだこいつ」
ぬらりくらりと避けるライアの顔に腹が立つ。あと数回会話を広げていたら間違いなく殴り合いになっただろう。しかしそれは微笑む葉の「相変わらず仲良いね」という言葉で鎮火した。勿論、双子揃って返した言葉は「どこが?」である。
暖かい茶を飲んで気持ちを落ち着ける。ふわりと香る苦味と甘みが心の健康に手を貸した。
「で?マジで今日は何しにきたのよ。まさか本当に話しにきたわけじゃねーだろ?」
一息ついたところで、話題を切り替えたシアン。王都からここまで地竜に乗っても数十分かかる。夏の猛暑はなりを潜めたとはいえ、わざわざ愚痴を言いに来る距離では無いだろう。
葉はハッとした後、ゴソゴソと肩にかけたカバンから透明な何かを取り出した。
「あ、そうだった。今度試してみたいことがあって、そのために魔力をちょっと分けて欲しいの」
五、六個机にばらっと広げられたそれは、小さな薬莢だった。ただし、金属でも火薬が入っている訳でもなく、プラスチックかガラスのような材質でできた中身のない模型。
「なにそれ」
「魔弾の……殻?」
「殻…………?」
「鉛玉はやっぱり怖いから、魔力弾を使えってエルムさんに言われたの。それで、幅を広げるために他の性質も混ぜてみようって話になって……うん、まあ、そんな感じ」
聞けば本人もよくわかっていないらしい。
先月起きたアイシハイクの事件で、葉はカイロの熱を弾として凝集させて発砲したと聞いている。今回の話は恐らくその延長だろう。一般論として、風の魔法は他の属性との親和性が高いのだ。
シアンの考えとほぼ同じことをライアが述べた。
「ま、風魔法は応用が聞くからな。熱風、冷風、暴風雨、吹雪、砂嵐。熱と質量の小さい物体なら混ぜ込めるってことだろ。逆に雷とか光闇とかは相性が悪い。それはいいんだけど……なんで私達?」
彼女は不思議そうに薬莢を手に取り、問う。
葉は曖昧に語尾を濁し、もそもそと言葉を慎重に選びながら説明を始めた。
「そう!そんな感じの説明してた。で、最初は熱の方が簡単だよねって話になって、炎系統と氷系統、熱操作系の魔法を得意とする人を探してたの。まずは氷系のトラリア隊長に頼もうと思ったんだけど、予定が合わなくて……」
「先生はどうしたよ。あれの得意も炎系統のはずだろ?」
トラリアは別の隊所属なので予定が合わないのも仕方がないだろう。しかし、スザクは葉直々の師匠である。毎日のように顔を合わせているのだから、機会はいくらでもあるだろう。
「スザク先生が言うには『同じコップで水を汲むのであれば、金魚鉢からよりも湖からとったほうが合理的』って」
「こっちに投げやがったな」
「あいつ自分の魔力量少ないからって……どうせほとんど使えないくせに」
淡々と本を読みながら述べる姿が目に浮かぶ。真面目な顔をして、スザクは案外省エネ派であった。余計な仕事はしない主義。省けるところは省く主義。
呆れ顔のシアン達に、葉が手を挙げた。以前の解説を覚えていたらしい。
「待って?魔法が使えないとエインスカイには存在できないんじゃないの?」
「魔力があればいいんだよ。使わなくてもいいんだ。蓮夜とかも持ってるだけで使ってないぜ。あれはー、なんだっけ、妖力?」
「そんな感じ」
「へぇ」と納得した顔の葉。
迷イ人にも色々ある。異能力を持つ世界、呪術を扱う世界、精霊を呼び出す世界と様々だ。それら全てが魔力を使うかといえば、そういう訳ではないのである。
「後はほら、錬金術とか。お前んとこのエルムとかね」
「えっ副隊長って迷イ人なの?」
「いや?祖先に迷イ人がいただけじゃね?あの子捨て子だからルーツもわからんし」
葉の声が驚きで裏返った。彼女が知らないだけで、ルーツに迷イ人を持つ人間はかなりいる。何も迷イ人は一代限りではないのだ。それぞれに生活があり、歴史があるのだから。
「もう一ついい?魔法…………構築魔法と錬金術って何が違うの?同じ物を作る術だよね」
「あー、そこか〜。私達も錬金術使える訳じゃないから詳しいことは知らないんだけど、例として構築魔法が魔力を材質として利用した3Dプリンターだとすれば、錬金術は材質を無理やり変形させるもの。要は……リユース、リデュース……」
「リサイクル?」
「それ」
「なーるほど〜?うん。なんとなくわかったかも」
葉の世界の言葉を探して詰まったライアに、本家からの助け舟が出されていた。葉もふんわり感覚で理解したらしい。
あえてその説明に付け加えるのであれば、錬金術は自由性が魔法より劣るものの、コスパは圧倒的に持続的。故に、近年では錬金術にフォーカスして研究を行う者も多くいるらしい。
☆
その後、葉が差し入れに持ってきた最近話題になった和菓子屋の目玉商品『蕩けるきな粉餅』を味わいながら、来月に控えた葉の軍務入隊試験についての話や、この先冬に向けて必要なことなど、積もる話に花を咲かせていた。
「そろそろ暗くなってきたな。葉姉どうする?明日休みなら泊まってくか?」
「うーん、そうしようかな……ってごめん、電話だ…………シャナ?」
急な連絡に席を外す葉。そそくさと部屋を出ていった。彼女は電話を聞かれたくないタイプの人間らしい。
と、同時にライアの通信デバイスも電子音の起動とともに空中へ画面を映し出した。
「突然の連絡失礼しますね、お二方」
「あ?…………クロウドじゃーん。お前元気してた?この前のあれは災難だったな〜」
「ソラから聞いたぜ。庭も元に戻りつつあるんだってな?なんでも走るサボテンが住み着いたんだって?」
画面の向こうに合われたのは、色の薄くなった髪を緩く結った御老人。フォレイグン辺境伯本人だ。
彼は以前、フィブルという組織に屋敷を襲撃され、一週間ほど地下に軟禁されていた。その間、人形に立場を乗っ取られていたらしい。
事件が解決した後、栄養失調になりかけていた彼はしばらく入院となったが、艶やかな顔を見るにもう健康そのものと言ってよさそうだ。
「えぇ。その節は大変お世話になりました。ふふ、サボテンも元気にしておりますよ」
「いや、サボテンの健康はどうでもいいんだよな……」
「まーまー。それで?なんの用だよ辺境伯?」
「そうでした。以前の感謝を述べたばかりで重ね重ね申し訳ないのですが……」
彼は一度、言葉を整えるように呼吸を挟みこう言った。
「今一度、貴女方ディアスタシア姉妹の力をお借りしたく存じます」




