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氷炎護リ人  作者: 有麻環
幕間
66/96

5章 カルヴィテリア編 1 貴族街にて高らかに

ここから5章です!

2章のキャラが再度活躍するので思い出していただけると・・・

『私の可愛いリザイア。どうかあなたは自由に、世界を羽ばたけますように』


 友を守るために媒介もなく無理をした召喚魔法。空を覆うほどの巨大な天使が現れた時、柔らかく、温かい、よく知っているが二度と会えない女の声が聞こえた。

 ぬるま湯に浸かるような安心と堕落の混ざった記憶。誰よりも大好きで、何よりも憧れた。今までの人生の中であの時間が最も世界を明るく照らした。

 

 最後に見た貴女は、どんな顔をしていただろう。音の出ない喉は、いったい何を伝えたかったのだろう。

 本当に知りたい過去だけが、記憶の影に落ちる。それはシミのように広がって、元ある記憶を飲み込んでいく。

 現実に色はなく、温もりもなく、光もない。


「リザイア、僕たちの大切な娘よ。準備は出来たかい?」


 最後に見た貴方の笑顔は、一体いつのことだったのか。柔らかく、冷たい声が石の壁に反響する。

 誰よりも近くにいて、誰よりも自分を大切にしてくれた男の言葉に感情はない。高揚も、緊張も、謝意も、後悔も、何一つとして心が動く理由がないと言うように。

 

「お前は今から我らカルヴィテリアのために――神になるんだ」


「はい……お父様」


 目を合わせることもなく、小さな返事を絞り出すのが精一杯。

 もう少しだけでもいいから、もっと遠くまで羽ばたいてみたかった。


 ☆。.:*

 

 荘厳な屋敷が立ち並ぶ貴族街。どの家も自慢の主を称えるように、胸を張って日に照らされている。

 彼らを纏めるように街の奥に座する、特別目を引く威圧感。バルフィレム建国以来、長年国を支えてきた由緒正しい公爵――カルヴィテリア邸。

 その門の前で、場違いに明るい声が響き渡った。


「リーザーちゃん!あーそーぼ!であります」

 

「そんな小学生みたいな……」


 来客用のベルも鳴らさず大声で叫ぶ蜜柑色の少女に、葉は思わず呟いた。隣に立つ菫色の少女が「小学生……?」と首を傾げたところで、ここは日本ではないのだったと思い出す。最近、あまりに馴染みすぎていたため、ここが異世界(エインスカイ)であることを忘れかけていたのかもしれない。


「リーザーちゃん!!あーそーぼー!」


 近所迷惑も考えずに再び声を張る蜜柑色。明朗快活、元気溌剌を体現し、スポーティな服に身を包んだ彼女は、アミナ=ガナドール。

 その隣でジッと開かずの門を見つめる菫色がサヴ=ヴァーサル。

 二人とも葉と同じ18歳であるが、若くしてその能力を買われバルフィレム軍務の副隊長に就任している強者でもある。それぞれ医療部隊と暗殺部隊。正反対の特性を持つ仕事人だが、二人は大の親友同士なのだそう。


「アミナ……ちょっと、声落とそう?っていうか、いくら友達でも貴族の家にアポなしはまずいんじゃ…………」

 

「いいえー、リザとはいつもこうやって遊んでいたのでありますよ。もうひと騒ぎすれば中の人が気づいてくれるはず……」


 貴族街という馴染みはないが創作物でよく見る存在に葉は酷く慄いた。緊張で微かに手が震えるくらいには。そして、アミナの容赦ない呼び掛けが追い打ちとなり冷や汗まで浮かぶ始末。

 これ以上はまずいだろうと、三度目の叫びを準備するアミナを止めようと手を伸ばした時、ピピッと電子音が聞こえた。


「こちらはカルヴィテリア公爵家でございますぅ。御用のある方は門右横のインターホンを押してくださいませ。く・れ・ぐ・れ・も!大声で叫ぶなどご近所様の迷惑になることはおやめ下さい」


 流れてきたのは若干の苛立ちを含んだ上品な女性の声。葉の懸念通り、迷惑極まりない騒音を止めるように忠告が添えられた。


「ほら言われたぁ…………ってか、インターホンなんだ。なんかイメージと違う。もっとこう、ベルとかアナログなものかと…………」

 

「今どき電子化してない屋敷はフォレイグン辺境伯のとこくらいしかないと思うよ?あれだって御仁の趣味だし……」

 

「そっか……そうなんだ…………」


 貴族と言うから、葉の頭の中では中世ヨーロッパのような趣深いものを想定されていた。実際、景観だけでいえばその通りである。しかしそこに現代技術が組み込まれていることの違和感。エインスカイには慣れてきたと思っていたが、まだまだ認識のズレがあるようだ。なるほど、世界は広い。

 サヴからの冷静な否定に少し、ほんの少しガッカリした葉。しかし、感傷に浸る間もなくインターホンの前では未だアミナが何かを叫んでいた。


「それで?本日のご要件は?」

 

「リザイアを遊びに誘いに来ました!」

 

「残念ながらお嬢様はもう皆様と道楽に浸ることは叶いません。お引き取りくださいませぇ」

 

「じゃあせめて声だけでも聞かせて欲しいのであります!連絡もつかなくて心配なんですよ」

 

「それに関しては安心してください。お嬢様の健康は私共一同がきっちり整えておりますゆえ」


 突き放すような女性にアミナの頬が膨れ上がった。

 アミナの言うことはわかる。今から約四ヶ月前、フォレイグン屋敷で行われた敵組織フィブルとの戦闘以降、葉はリザイアと一度も会えずに今に至る。

 会えないのは葉だけでなく、元来の友であるアミナとサヴ、引いてはリザイアがよく入り浸っているフォレイグン屋敷の面々も、一番の親友であるシャナですらも連絡が取れていないという。

 

「健康っていうのは身体的なことだけではないのでありますよ!ずっと遊ぶことができないくらい忙しいなら、それは精神的に不健康であります!!」


 アミナの必死の叫びに気圧されたのか、音声は一度沈黙した。そしてその後、全てが面倒になったようにスピーカー向こうの女性は上品さを投げ捨てた。それこそ正に最終手段。

 

「それ以上叫ぶなら軍を呼びますよぉ!」


 日本で言うところの「警察を呼ぶ」と同義である。

 しかし相手が悪かった。

 

「自分が副隊長であります!!」


 堂々と色々な方面で最悪な返答。正直、これが上層なのは組織の信頼を揺るがすのではと思いたくなる行動の数々。隣で黙っていたサヴも、流石に「あちゃー」と言葉を漏らしている。そしてその後「ま、いつもの事だけど……」とも言った。

 葉は考えざるおえなかった。いくら実力主義、奇人変人の巣窟と言われていようと、本当に大丈夫なのかバルフィレム軍、と。

 最終手段が意味をなさなかった屋敷の中にいる女性は、これで無理ならもう無理だと言わんばかりの勢いで、一か八かもう一つの必殺技を繰り出した。

 

「あーもう!じゃあ騎士を呼びますぅ!!」

 

「それは困る!!」


 アミナに効果は抜群であった。

 

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