幕間4 ソラの平穏 後半
結論から言おう。
解き放たれたサボテンは、一目散にソラ達向かって走り出した。油断すれば追いつかれる勢い。なかなかの恐怖体験だった。
漸くフォレイグン屋敷に着いた頃には、さすがのサボテンも疲れた様子。汗のように水分が漏れていた。
「で?何そのトンチキ植物」
屋敷のベルを鳴らして出てきたのは、クロウドの養子であるリュウガ。彼は紫煙を吐き、これでもかと言うほどの嫌悪を見せた。
ソラが説明しようと後ろを向くと、恥ずかしそうにサボテンはくねくねと枝を動かしそのうちピタッと固まった。腕のような二本の枝を曲げて静止。まるで中に人がいるか疑いたくなる動きに正直気味が悪い。
「ハニワみたいなポーズするのやめてもらって」
「やだ……セクシー……!」
「やだ……響の感性わかんない……」
「シュールだな……」
謎のポーズに何故か響が喜んだ。思わず突っ込むと、リュウガは無言で目を逸らしながらソラの肩を叩く。その手からは労いと哀れみを感じた。
「それで……リュウガさん。種蒔って何撒けばいいのでありますか?」
漸くアミナが話を本題へと戻した。リュウガ曰く、クロウドや蓮夜は今留守にしているため、困ったことがあれば彼に聞いて欲しいのこと。
「そこの箱に積んであるやつ頼むって爺さんは言ってたよ。配置はアミナのセンスに任せるって」
「了解であります!響先輩、ソラくんやりますよ〜〜!」
「いぇーい!」
「なんでオレまで……」
「じゃ、なんかあれば呼んでくれ」
何故か頭数に数えられたソラ。しかしここまで来たからには手伝うのも気晴らしになるかもしれない。
リュウガが去ったのを確認し、アミナがテキパキと指示を出す。ソラと響で三つの花壇を終わらせろとのお達しだ。彼女本人は目にも止まらぬ速さで作業を始めていった。恐らく一人でソラ達の倍は進むのだろう。手馴れている。
「オレ、ガーデニングとかしたことねえわ」
「へぇー意外。ソラさん長く生きてるから大抵のことは経験してると思ってた」
「ライアなら経験あるかもだけど、オレとシアンはそうでもねえよ。オレは旅するせいで世話とかできないし」
「あぁ、確かに」
機械のように猛スピードで種をまくアミナを眺めながら、一つ一つちまちまと植えていく男性陣。
よく言えば丁寧、悪く言えば遅い。しかし響曰く、植物魔法の練習には数よりも込めた気持ちが大切なのだそう。真偽は不明。
雑談を交わす彼らの視線は、そのうちカルガモのようにアミナの後ろをついて行くサボテンへと集まった。
「あのサボテンってどういう思考してるんだろうな……というか、思考しているのは脳?脳ってどこ?精神対象の魔法って効くのかな」
「どしたいきなり難しい話して」
「いやね、前うちのとこのゼルリオが思考回路を模倣した機械にも洗脳が効くって知ったせいで、そっち方面の研究始めちゃって……」
「あいつは……何を作りたいの……?」
突然哲学に片足を突っ込んだ響。それをきっかけに、技術部隊とも言える彼の八番隊副隊長のゼルリオの話題に移り変った。
修理を頼めば余計な機能を付け足すで有名なゼルリオ。数日前のアイシハイクにおける戦いで機械の制御を思考操作魔法で行った者の話を聞いてしまったらしい。その後何故だか人に寄せた人工知能や機械生命体を作り出そうと躍起になっているとのこと。
このフォレイグン屋敷にも奴の作った芝刈り機が置いてあるが、以前リュウガから聞いた話――
『あの芝刈り機、よく切れるけどそのうち人間まで狩り始めようとしたからぶっ壊した』
との事だ。
勿論、危険すぎてその後出禁になったらしい。さもありなん。
そんな雑談を繰り返していけば、気づいた頃には手持ちの種が底を尽きていた。
「終わったーーーーであります!」
ほぼ同時にアミナの作業も終わったらしい。
陽の光に照らされた土は、埋められた生命を祝福するかのごとく輝いていた。それはもう絢爛豪華、煌びやかに。
「…………なんで光ってんの?」
誰も何も言わないので思わず流すところだったが、この光景は明らかに異常だろう。知識が乏しいソラでもわかる。
有識者代表としてアミナを見ると、彼女は唸り声をあげた後にある仮説を述べた。
「多分、ほんと多分ですけどサボテンのせいだと思うであります」
「あの畑のど真ん中で踊り狂ってるやつが?」
「はい。今のアレには隊長自慢の栄養剤が過剰なほど潤沢に含まれているので、動けば動くほどその効果の余波を周りが受け取ってる……んだと思います」
「まっさか〜……とも言えない。もともとあのサボテンって、食用にすると魔力回復になるってやつだし……」
アミナの荒唐無稽な仮説に響が乗っかった。
ソラもBGMが聞こえてきそうなほど軽快に踊るサボテンを見て「自力であそこまで動くなら、何が起きてもおかしくないか」という結論に至った。
この時、リュウガが様子を見に来るまでこの場にまともな思考を持つものは誰一人としていなかったのである。
☆
「お前ら全員、酒に酔ったみたいな状態になってるぞ」
作業を終えたことを報告したところ、リュウガによってソラ達は全員客室に放り込まれ、有無を言わさず診察された。
「酔ってはないれありまひゅ」
「既に呂律が回ってないんだよ」
言われてみれば酒を浴びるほど飲んだような酩酊感。アミナなど顔が真っ赤で、ゆらゆら揺れている。隣に座る響も心做しかぼんやり顔が火照っていた。
「あのサボテンが何撒き散らしてんのか知らねぇけど、あれが原因なのは間違いないな」
「あれは〜クロウドおじいちゃんへのお土産れす」
「家に余計なもの置いてかないでくれねぇか」
サボテン誕生秘話を聞いたリュウガ曰く、栄養剤とあのサボテンが元来持っていた細菌が混ざって発酵されたのではないか、との事だ。
しかし軽く検査したところ、植物への防虫効果は間違いないらしく、庭の管理人として有用なのは確かである。しかし、リュウガは「面倒事を増やすな」と、苦々しい顔で言い放った。気持ちは分かる。
「でもこいつ人の話わかるし、植物の手入れ勝手にしてくれるし……ゼルリオの芝刈り機よりは結構いいと思うんですけど」
「ゼルリオ印よりは……まぁ…………。前借りてだいぶ酷い目にあったし……」
「あいつ人間に恨みでもあるのか?」
「アレだって人間のはずなんだけどなぁ…………ほんと、うちの副隊長がすみません」
一見シラフに見える響が、サボテンの売り込みを始めた。踊り、追いかけ、酒を撒き散らすサボテンよりも評価が低い芝刈り機。どうやら危うく殺されかけたのだそう。確かにそれはソラでも嫌だ。
ゼルリオの話になった途端、わっと泣き出した響。泣き上戸である。流石のリュウガも驚いたのか、落ち着くように茶を勧めていた。
「なんかこっちこそスマン……やばい副隊長を持つと隊長は大変だな」
「いえ、まあ…………はい」
「逆もまた然りでありますよ!」
「アミナ?」
響が落ち着いたと思えば次はアミナ。彼女はフラフラと頭を動かしながら、寝言のように叫び始めた。
(嫌な予感しかしないな…………)
大抵、このタイミングでくる寝言にろくな言葉はない。ソラの経験則である。
「だって知ってますか!リフレット隊長すぐ人の事をハグするんです。自分は子供じゃないのであります!」
警戒してアミナの言葉を待ったが、飛び出したのは案外普通の可愛らしい悩み。ソラのざわつく心は一旦凪ぎ、安心して温かいお茶を啜ろうとした。
「隊長のハグは顔面におっぱいが当たるのであります!」
「ん゙ッ」
危うく茶を吹き出すところだった。目の前にいるリュウガや響も同様である。
「あ、アミナさん?いきなり何を言い出して……」
響は今の発言で完全に酔いが覚めた様子。慌ててアミナの口を閉ざそうと健闘するが、一度回り始めた彼女の口は止まらない。
「知ってますか?胸とは、おっぱいとはそこにあるだけで幸せなんです。分かります?人類皆幸せってことであります」
「「分からないです」」
「そういう話題って女の方が嫌がるもんじゃないの?」
「何故……?」
「何故……?!」
謎すぎる持論を提示したアミナ。言っていることが全くわからない。やんわりと響が静止を促すも「何故」の一言で一刀両断。ソラ、響、リュウガの男性陣に為す術はない。
外を見ればサボテンが踊り、記憶の中では地竜が怯える。そして現実にはこの混沌。
もう、ソラは全てを考えるのを諦めた。
スっと目を閉じ、茶を一口。その後、最後に一言だけ考えを巡らせ、壁にかかった夕焼けの絵画を眺めることに徹したのだ。
(結局、オレは何かに巻き込まれる運命にあるんだな……)
と。
☆
その晩、ソラは夜空に微笑む月を見ながら思い出した。
「アミナの強烈すぎる自論は、割といつも唱えてたな……あれシラフだ…………」
世界は今日も平和である。




