幕間4 ソラの平穏 前半
穏やかな朝。多くの人は朝食を食べるであろう時間。
迷イ人の多く住む町、パレットもその例に漏れず、優しい日差しとともに各世界、各国独自の匂いが空腹を刺激する。
「やっぱ肉まんは『七天ヤッコー』に限るよな……ああでも『橙々』も捨て難い…………うーん、どっちもうまいでいいか」
ソラは紙袋いっぱいに詰められた肉まんを抱えながら、静かな町並みを歩く。
ふわふわの皮にジューシーで僅かに柑橘を思わせる独特な甘味の強い肉。ピリ辛いタレが絡み、筍の食感がアクセント。豊富なキノコが肉の旨みを引き上げている。
予め朝寄ると伝えておいて正解だった。この肉まん、開店と同時に消える日もあるほど、バルフィレムでは有名な一品である。
(あのクソ騒がしい双子が爆睡していただけで、一日の始まりがこんなにも素晴らしい。やっぱ平和がいちばんだよなあ……)
普段はニワトリのように朝から騒ぎまくるアホ一号が珍しく爆睡。昨晩、買ったまま溜まってた本を読むとか言っていたのでそのせいだろう。
アホ二号は毎度の如く庭で撃沈。どうせ夜遅くまで剣を振っていたのだろう。いつもなら部屋に放り込むが、今日は泥に汚れていたので放置。
珍しく心に余裕のある良いスタート。ソラは満足気に肉まんを頬張り、ある小屋の戸を叩いた。
「おっす、早番おつかれー。差し入れ持ってきたぜ」
「ソラさんだ!しかもそれヤッコーの謎肉まんじゃないですか!いいんですか?」
そこは軍が主導になって最近建てられた『レンタル地竜・パレット支部』。飼い慣らされた地竜の帰巣本能を利用した、所謂レンタル自転車のようなもの。
小さな管理棟の中にいた隊員はつまらなそうに頬杖をついていたが、ソラの顔を見た瞬間弾かれたように立ち上がった。
「いいよ。腹減ってるだろ」
「さすが三馬鹿の中で一番人間に優しいソラさん。某双子とは大違い……!」
「それ本人に聞かれたら絶対うるせえから気をつけな」
ソラは軍の所属では無いものの、軍に属する彼らとは広く交流を持っている。自身の縄張りであるパレットに来た者には、必ずと言っていいほど差し入れをしていた。無論、ソラと同じ立場であるはずの双子にそのような気遣いはない。
嬉しそうに肉まんにかぶりつく軍の彼に、ソラの心がつられて温まるのを感じながら、再び紙袋から取り出した。
「今日はあと誰か来るのか?」
二つ目の幸せを堪能しながら、ソラは管理棟の外へ顔を移す。視線の先では一列に並んだ地竜たちが、与えられた食事を牙も本能も剥き出しで齧り付いていた。今日も彼等は元気である。
「今ちょうど王都から二頭帰ってくるので、それ迎えたらあとは無人です。人件費削減のためのレンタル地竜なので」
「ふーん。お前らもしっかり者だなあ…………あれ?」
食べ終えた包み紙を握りながら、ソラは竜に近寄り、彼らの角を撫でようとした。普段の彼らなら間違いなく子猫のように擦り寄ってくるのだが、今日は何故だか親の仇を見るような目でプルプルと怯え始めた。
「えっ、何……なんでそんな顔して…………」
再び恐る恐る手を伸ばすソラ。一斉に部屋の隅に逃げる地竜。彼らの口から漏れる鳴き声からは「食べられる」、「狩られる」、「死ぬぅ」と言う意図が聞こえてくる。
「どう……して…………」
ついにソラは崩れ落ちた。ここ数日、毎日のように可愛がっていた地竜達からの冷たい視線は、あまりに彼の心を抉った。動物の言葉がわかってしまうことが傷に塩を塗っていたのだ。そうでなくとも、ソラは生まれてこのかた動物に逃げられたことなどないというのに。
「ソラさん?ソラさんしっかり…………!」
「もう……無理…………泣く」
未だかつて無い絶望っぷり。双子が見れば大爆笑間違いなしの悲惨な現場だった。隊員が駆け寄ると、地竜はさらに大混乱。ギャオギャオ叫ぶ彼等を背に、ゆっくりとソラが歩き出した。
「ちょっと、外の空気吸ってくる……」
ソラの頭には何が悪かったのか、何が彼等を傷つけたのかがぐるぐると回っていた。ある日突然彼女に別れを告げられた男の気持ちがわかった気がする。と、彼は後に語った。
そんな思考の潮が渦巻く中、ソラの耳は海を割るような複数のノイズを捉えた。
「止まれ止まれ止まれぇぇぇええええ!!」
「そこの人!サボテンに轢き殺されたくなければ避けるでありますぅぅううう!」
「なんて?」
町の外から一直線に向かってきた見覚えのある何か。それらはソラの横を一瞬で横切り、風圧が髪を乱した。
その姿を確認する間もなく、さらに遠くから土埃をあげて向かってくる緑色の物体。細長く、全身にトゲが生え、二足歩行で姿勢よく走る――――サボテン。
「あ、最後の二頭帰ってきたんですか………………って、なんですかあれぇ!!」
「知らんわ」
大声に寄せられ、棟から出てきた隊員。何も知らない彼は轟速で走るサボテンを視認し、空いた口が塞がらなくなっていた。
「とりあえず、あれ止めないと地竜のとこに突っ込むぞ」
落ち込んだ気分はまだ晴れないが、どうもそれどころではない様子。
仕方がなく槍を取り出し、投擲の体制のままサボテンへと狙いを定めると、先程通り過ぎた人の声が風に乗って聞こえた。
「やっちゃってください、大丈夫です!動物ではないので」
「そりゃあ、植物だもんなあ…………っと!」
手を離れた槍は雷のように真っ直ぐ飛ぶ。真正面から穿たれた槍は焦げ臭い匂いを漂わせ、地面へサボテンを縫いつけた。
「し……死ぬかと思った……!」
「戦場ならともかく、死因がサボテンハグによるアイアンメイデン死は嫌すぎであります……圧死するなら隊長みたいな豊満な胸がいい……!」
「何言ってんだこの子は」
ぜぇぜぇと息を切らす地竜に乗った二人組。一人は前髪を上げた紺色の髪の男。以前、葉をフォリアーテ協会へ連れて行った時にも会った八番隊長の語響。
その隣で己の願望をさらけ出す少女は、常に溌剌、治療も戦闘もできる万能型。胸への執着が異常に強いのが玉に瑕な医療部隊六番の副隊長、アミナ=ガナドールであった。
「ひ、響隊長とアミナ副隊長……?!どうしてここに?」
レンタル地竜の当番だった彼が驚愕の声をあげる。まさか最後の地竜二頭を利用しているのが上司だとは思わなかったのだろう。
「いや、その……見ての通りっていうか…………」
「見てわかんないから聞いてるんだろ」
「っすよね〜」
「自分から説明するのであります」
隊員の問いに響が答えようとしたが全くわからない。
そのうち響は例のサボテンを指さし、「アレのせい」とだけ言った。その顔は何を見てきたのか真っ青だ。
同じく青い顔をしたアミナが挙手。涙目のまま事の顛末を語ってくれた。
「今日、自分と響先輩は休みの日だったので魔法の練習をしようって集まったのであります。先輩は植物魔法を使うから、実際に育てた方がいいってことで自分が育ててるサボテンを一緒に世話しようと思ったのですが……」
響の魔法は魔法を植物のように形作り操るもの。本物の植物ではないがその生体は本物と同じになるため、実際に世話をすることが一番の修行になるのだそう。
そこで抜擢された指南役がアミナ。サボテンの収集、育成、観察を趣味とする彼女である。
「元気がない子がいたので、リフレット隊長の作った栄養剤をあげたら手が滑ってぶちまけまして……こうなりました」
「うーん…………わからない」
しおしおな顔で申し訳なさそうなアミナには悪いが、全くもってわからない。
漸く立ち直ったらしい響がその言葉に補足した。
「本当はその栄養剤『一滴で瞬く間に生き生きする』って言われていたらしいんですけど、瓶に入ってた分全部かけたら……活きがよくなりました」
「………………やばい薬ぶちまけたら走り出したって事ね」
「そういうことです」
考えるのをやめたソラ。隊員の彼も既に思考をシャットダウンしていたらしい。ニコニコしながら何も異常はなかったと言いたげに地竜を回収し始めた。しかし竜には再び逃げられていた。
「どうすんだよそのトンデモ生命体……」
遠くで突き刺さった槍を抜こうと頑張っているサボテン。なかなかしぶとい奴である。ソラの一撃を受けて尚動く危険物、軍内部ならともかく外に出てどうするつもりなのだろう。
「フォレイグン辺境伯にあげようかな……と」
「植物好きでしょ、あの人」
なんとも無責任な二人。しかしまあ、バルフィレム一の植物屋敷に住む彼ならば上手く扱える気がしてくるのは何故だろう。
(ただ、あれは綺麗な花が好きなのであって、珍生物が好きな訳ではないだろ……)
地竜に避けられたことといい、よく分からないサボテン事件に巻き込まれることといい、平和とは呪いのように手が届かない。
現実逃避をするように天を見上げると、皮肉なくらい太陽は輝いていた。
☆。.:*
「いやー、ソラくんがいてくれてほんっと助かったのであります〜」
管理棟に会った縄で蠢くサボテンを柱に縛り付け、一同は漸く一息ついていた。元々朝番だった隊員の彼は「仕事終わったので」と言って早々に帰路についた。その顔のなんと清々しいことか。サボテンのことは無理矢理にでも夢だと思い込んで去っていった。
「オレは朝から散々だよ……昨日まで懐いてた地竜に何故か怖がられるし」
「地竜が?ソラさんを?まっさかー」
「そう思うだろ?見ろ、あの子ヤギよりも震えた竜達を」
未だに振動し続ける地竜。その様子を信じられないと眺める響。そんな彼らに紅一点がなんとも残酷な言葉を投げた。
「そりゃー、ソラくん『七天ヤッコー』の肉まん食べたからですよ。あの謎肉ってドラゴンだって噂でありますよ?産地は不明だけど」
「絶滅危惧種ッ!!」
衝撃の事実である。
エインスカイにおいてドラゴンとは特定の地域にのみ生息する幻の生物。地竜はその分家の子孫と言ったところか。
「言われてみれば確かにそんな食感かも。細かく切ってあるからわかんなかったわ…………つまり何か?オレは竜の目の前で竜食ってた訳だ。ああ〜〜〜〜それはビビる。悪いことしたな……」
ソラはかつて狩ったドラゴンを思い出し、その記憶を思い出した。そのまま食べると筋っぽく、筋肉の硬さが残るが、ドラゴン特有の甘みは確かに記憶と一致する。加工次第でこうも変わるものかと感心した。
その後、地竜達を恐怖のどん底へ突き落としたことへの反省と謝罪の念を込めて、今度彼らお気に入りの餌を狩って来ようと決意した。
「で、だ。話を戻すんだけど、あのサボテンまじでクロウドのところに連れてくわけ?」
「はい!もう連絡済みであります!」
「行動が早くて何よりです」
地竜の問題が解決したが、もう一つは全く解決する予感がしない。
ソラの問に元気よく答えたアミナ曰く、もともと響の魔法練習を兼ねてクロウド、フォレイグン辺境伯から庭の種蒔を手伝って欲しいと言われていたらしい。三ヶ月前、蓮夜を狙ったフィブルとの戦闘跡が漸く綺麗になったとの事だ。
(この二人をこのまま見送るのはあまりに危険すぎる……どうせ既に平穏な一日とは言えないし…………仕方がない)
意気揚々と再び地竜に乗ろうとする二人に、ソラは渋々声をかけた。
「オレも行く。つかオレが乗せてくよ」
「まっじすか!ソラさんに乗るの何年ぶりだろう」
「響先輩乗ったことあるんですか?いいな〜」
わざわざレンタル地竜を使わずとも、ソラが狼に変身して走った方が早いという意味である。二人は遊園地のゴーカートに憧れる子供のようにキャッキャとはしゃいだ。
「ただ、問題はアレだ。こっちを追いかけてくるなら上手く誘導できるけど、そうでないなら引き摺ってくしかないぜ」
「うーん、多分、いや間違いなく、あれはオレたちを追ってきます。親だと思われてるみたいなんで」
「親…………?」
ソラは響の発言に疑問を抱きながらその姿を狼に変え、二人を背に乗せた。その言葉を信じて走り出した直後、彼が魔法で縄を切ったのが見えた。




