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氷炎護リ人  作者: 有麻環
幕間
63/96

幕間3 建国記念日 後半

 建国記念パーティ。名前の通り、バルフィレム王国の建国を称える祝祭である。二日間に渡って王都全体がお祭り騒ぎ。飯屋も服屋もこの日のために準備に準備を重ね、当日の売上にウハウハである。

 シアンは二日目の会食に参加するため、ライアと城の中庭で時間を潰していた。暇すぎて会話が途切れたところ、タイミングよく明るい呼び声が聞こえた。


「あ!ライア、シアン!ここにいたんだね」

 

「葉姉じゃ〜ん!お前もパーティ参加するの?」

 

「うん。スザク先生たちがマリーシャ王女に掛け合ってくださったみたい。『雑用だろうとうちの子だから出る権利がある』って」


 師匠の言葉を思い出し、照れくさそうに頬を掻く葉。彼女は正式に入隊している訳では無いが、四番(カノ)隊の雑用係として一応国から給料を貰っている身なので参加可能と言い渡されたらしい。

 もっとも、宰相(ドレオス)はともかくマリーシャの性格であれば「もちろん大歓迎です!パーティのご飯は美味しいですよ〜」と、満面の笑みでひとつ返事を返しただろう。呑気な笑顔が容易に想像できる。

 

「あはは!相変わらず投資されてんねー、本当に!」

 

「うっ、プレッシャー…………それに、こんなパーティなんて出たことないんだけど……何か作法とかってあるのかな」


 不安げな顔の葉。確かに数ヶ月前まで日本に生きてきたただの学生なら、そんなにパーティに参加するなどという機会はないだろう。強いていえば結婚式くらいだろうか。

 緊張で固まる葉をほぐすように、ライアが笑って回答した。

 

「んー、記念パーティつっても二日目は関係者オンリーの親睦会っつーかお疲れ様会みたいなものだし、気を楽にしてタダ飯食えばいいと思うぜ」

 

「タダ飯って…………そういえば、このパーティって二日間やってるみたいだけど建国記念日はどっちなの?」


 慣れない正装に躓きながら、葉はシアンの向かいに腰掛けた。薄緑色のドレスが随分大人びて見える。


「昨日だ。初日は貴族とかが集まる厳かなやつで、マナーとかクソうるせぇんだよ。だから私たちは行かない。隊長とか騎士団とかは出席してたはずだぜ」

 

「シャナとかクロウドも来てたんじゃないか?リザイアは…………カルヴィテリア家って欠席だったっけ?」

 

「ソラ曰く、な」


 一応立場的にはシアン達護リ人三人は同盟関係に入るため、招待状も二日分届いていた。しかし参加したのはソラだけで、彼は毎年二日間とも出席している。決して王女の面目を保つため……とかではなく、「飯を食うため」という本能的な理由である。

 

 実の所、厳格に見える貴族の集会場(一日目)も軍幹部、もしくは騎士団長を通してドレオスやマリーシャに許可を貰えば誰でも参加できてしまう。これを利用して貴族とコネを作りたい企業なども参加している。

 

 以前マリーシャに「警備ザルでは?」と問いかけたところ、何かがあっても騎士や隊長が揃っているなら問題ないだろう、とのこと。危機感の欠如を疑ったが、それだけ彼らを信頼しているのだろう。ドヤ顔で語った妹分のことを思い出していると、突然誰かの絶叫が鼓膜を揺らした。


「ああああああああぁぁぁ!なんでよぅう!!」


 その声は、この世の終わりのような絶望に満ちたものだった。シアンとライアはそれぞれ視線を地面と天へ逸らし、葉の肩がビクリと跳ねた。

 

「え、何事……」

 

「ライアも!シアンも!!なんでスーツなんですかぁ。ドレス楽しみにしてたのにぃぃぃぃぃぃぃ」


 戸惑う葉の声をかき消す第二声。シアンが渋々声の主を見やると、そこには膝から崩れ落ち、地に手をつき俯く菫色の髪を持つ少女がいた。彼女は全身で絶望を表現している。


「いや、毎年着てねぇだろ」

 

「招待状にはフォーマルな服としか書かれてないし。女がスーツ着ちゃいけねーとは言われてないからな」

 

「うぅ、屁理屈だ……」

 

「多様性と言え」

 

「そんなぁあぁあああ」

 

「ねぇこのやり取り毎年やらなきゃだめ?」

 

 ついに頭を地面に擦り付け始めた少女に双子の呆れた眼差しが向けられる。あまりの痴態、見ていられない。


「えっと……この人は……?」


 唖然としていた葉が、なんとか現実に戻ってきたようだ。彼女は未だ泣き叫ぶ少女とは初めて会ったらしい。

 一方ライアは少女を無理やり抱き起こし、彼女のドレスに着いた誇りを手で払う。その様子を見ながら、シアンが少女の名を答えた。


「こいつはサヴ、七番(ユール)隊の副隊長だ。お前、いくらここが人工芝とはいえ、そんな綺麗な服で膝を着くんじゃねぇよ……」

 

「綺麗だと思うなら着て」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

「なぜ…………!」


 くわっと目を見開いた少女。何故そこまで執拗に双子にドレスを着せたがるのかさっぱりわからないが、このやり取りは彼女が入隊して以降毎年行われている。現に、中庭そばを通り過ぎる他の隊員や騎士、官僚までもが同じ表情をしていた。


 ――あぁ、今年もこの時期か……。


 と。


 ☆


「落ち着いたか?」

 

「はい。とても名残惜しいです」

 

「まだ言うかお前……」


 漸く、喧しすぎる失意状態から立ち直った少女。彼女は自身の身だしなみを手馴れた手つきで整え、葉に向かってにこりと笑った。


「さっきはとんでもない醜態を晒しました……。貴女は確か、葉ちゃんですよね。改めて、サヴ=ヴァーサルです。さっきシアンが言った通り、七番(ユール)隊の副隊長を務めてます。七番(うち)は所謂暗殺部隊なので、なかなか会う機会もないですけど……」


 先程までの暴れっぷりはなりを潜め、お淑やかを全面に引き出した自己紹介。ここだけ見ればただの穏やかな少女である。

 

 葉は副隊長と言うワードに反応し、急に椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。未だ正式入隊はしていなくとも、既に軍人としての条件反射が出来上がっているようだ。

 その様子を見たサヴが慌てて付け加えた。


「葉ちゃんは大地先輩の一つ下でしょ?だったらわたしと一緒だから、そんなに肩肘張らないで。是非とも友達として接したいな」

 

「そう……ですか……。じゃあ、まあ、遠慮なく」


 確かにサヴも葉も同じ18歳だったはず。同い年、という変え難い共通点があることで、葉の態度も自然なものになっていた。

 

「えへへ、これからよろしく。実はあともう一人同年代の女子がいるから、その子も今度紹介するよ。リザイアとシャナ交えてよく遊びに行くの。だから今度一緒に行こう!葉ちゃんのエインスカイ歓迎会しよう!」

 

「か、歓迎会……?いや、そこまでしてくれなくても」

 

「じゃあタコパしよう!タコ食べたい」

 

「うん、うーん?パーティしたいだけだな?でも、今から建国パーティだったはずじゃ……」

 

「この会食にたこ焼きは出ないもん」

 

「そういう問題?」


 すぐさま「元から友達でしたが何か?」と言わんばかりの会話を繰り広げる二人。サヴの勢いもあるが、葉も葉で相変わらず対応力が秀でている。


「最近の若いやつって馴染むの早いよな……」

 

「シアンお前……何ババアみたいなこと言ってんだ?」

 

「みたいじゃなくて私ら実際、ババアもびっくりな700歳だろうが」

 

「それはそう〜〜」


 キャッキャと会話に花を咲かせる彼女たちを、保護者のように眺めるライアとシアン。その姿は娘の気持ちが理解できない、くたびれた父親のような有様であった。つまるところ会話に花がなければ、顔に覇気もない。


「お嬢さん方〜〜意気投合しだしたところわりーけど、パーティ始まるぜ」


 建物の中かざわついてきた。そろそろ本当に始まるのだろう、ライアが二人にそれを知らせている。

「はーい」と元気よく返答する葉を見て、シアンは少し胸が傷んだ。柔らかな砂の中に小石が入ってしまった程度の引っかかりであるが、何故か心から離れない。

 

 葉が異世界から突然落とされて早三ヶ月。今までいた平和な世界を捨てて、命をかける覚悟までしてしまった姿を見ていて、ずっと気にかかっていた。本人の意志とはいえこれでよかったのだろうか、と。


(まずいな、目の前で人が死にかけたのを見て思考がナーバスになってる。らしくねぇことばっか考えちまう)


 悩むシアンの顔を覗き込み、ライアがニヤ〜と笑った。


「当ててやろっか、葉がこのまま軍に入るのは本当にあいつのためかって思ってるだろ。あーいや違うな、根本からか?世界に留まらせたことすら後悔してる?無理やりにでも返せばよかったーって」

 

「…………ライアお前」

 

「あっははー!図星だな。お前は本当に分かりやすいぜ、本当に!」


 前を歩き、ケラケラ笑う片割れに言い返すことは出来なかった。

 ふと笑いを止めたライアを見ると、普段の何を考えているか分からない笑みではなく、清々しいような、この成長を見守る寂しさのような微笑みを浮かべていた。


「でも見てみ、今の葉を。あの笑顔があるなら、きっとこれでよかったんだ。あいつはあいつなりに成長して、自分の行く末を定めてる。そこに私達の意見なんざ必要ない。己の幸福は己の手でしか掴めないってやつだ」


 その言葉と共に見た葉の顔は屋内の光に照らされたのも相まって、とても輝いているように見えた。

 

 辛いこともあったのだろう。弟が心配でたまらないのだろう。それでも、彼女は今こうして新しい友達と笑っている。ならば、それを尊重し、見守るのがシアン達護リ人としての役目なのではないだろうか。

 

「それも……そうだな」


 その零れた言葉にライアは何も言わず、満足したような顔で先を行く。シアンもフッと息を吐き、その光へと足を進めたのだった。

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