4章 21 雪だるまはお友達
雪の森を歩き続けて数十分。行きに来ていたスノーマンの着ぐるみは戦闘でボロボロになってしまったため、葉は恐る恐るトラリアの後を追いかける。葉は精神的なダメージを多少受けたものの、運良く怪我はしていなかった。強いて言うなら寒いことだけが問題だが、それも例のカイロのおかげでマシになっている。
トラリアはもうスノーマンが人を襲うことは無いだろうと言っていたが、狂気的に襲いかかって来る彼らしか知らない葉に、その言葉をにわかに信じることはできなかった。
「トラリアちゃん!葉さん!」
もうすぐアイシハイクの町が見えるだろうという頃、遠くで手を振る影が見えた。町長だ。
昨日、町に着いた葉達を助け、一宿一飯の世話を焼いてくれた親切な彼の姿に、張り詰めていた糸が漸く緩んだ。半日にも満たない僅かな時間であったが、先の戦いはそれだけ葉にとって濃い経験だったのだ。
「ステイルおじさん!着ぐるみ無しで外にいるってことは、スノーマン達は落ち着いたってことですね?」
「あぁ。飲み込まれていた人達も奇跡的にみんな生きていたよぅ。今『天焼の魔神』が皆を温めてくれている。生きていたとはいえ凍え死ぬ直前だったからね。それでも助かったんだ。なんとお礼を言えばいいか…………」
トラリアの問いに吉報で答えた町長。昨日は酷くやつれているようにも見えたが、今はふにゃりと微笑み、泣きそうなほどの喜びに満ちていた。
「お礼なんていらないよぅ。アイシハイクはわたしに取っての家族ですもん。助けるのは当たり前!……語弊がないように言っておくけれど、勿論家族じゃなくたって助けるよぅ」
「そうだぁね。キミはいつだってそういう優しい心を持った子だ。その怪我といいきっと何かあったんだろう?でもまぁ、話はあとにしよう。君たちも温まった方がいい。……特にトラリアちゃんは手当もしないとだぁな」
二人のの説明から何かを察した町長は、真剣な面持ちで町へと促す。葉はともかく、トラリアはかなり血が出ている上に、義手が殆ど骨格部分しか残っていない。かなりホラーチックな外見になっていた。
☆
町に着くと、多くの人が町の中心にある大木の元に集まっていた。人が集まっているせいか、この周辺だけ暖房が着いたように暖かい。
人々はおしくらまんじゅうでもするかのように一つに集まっている。泣きながら抱きしめ合う彼らの中に悲しい顔は一つも無かった。
災害時における生命のボーダーラインをゆうに越えた一週間。町長の言う通り、誰も手遅れになることなく家族や友人と再会できたようだ。まさに奇跡である。
「あー!葉姉とトラリア。あはは!なんだお前らボロボロだな〜」
「二人とも無事で何よりだ」
人の輪の中心からよく知った声が聞こえた。顔を向けるとライアとソラが木の根元に座り込んでいた。
「あなた達こそ元気そうでなによりだよぅ…………ライアちゃんは今まで何してたの?そして今も何してるの?」
「あ?ああ、そうか。お前らあの時おかしくなってたから知らないのか……こいつさっきまで――」
「お黙りソラくん。知らねー方がいいことも世の中にはあるんだぜ?」
昨日の昼にはぐれて行方不明になったライアにトラリアが問い詰める。葉もトラリアもソラとウィンが来たことは知っていたが、正直何故ソラがライアを追いかけたのかまでは分かっていなかった。何故ならあの時、二人はレディアの魔法によってその時抱いていた感情を無理やり何倍にも増幅させられていたのだ。ほかの事に気を配っている余裕など微塵もなかった。ソラが救援に来た衝撃で目が覚めたと言っても過言では無い。
何かを言いかけたソラの口をライアが無理やり塞いだ。明らか何かを誤魔化しているが、この様子を見るに話す気は無いのだろう。トラリアは何かを察したようで、ものすごく呆れたような理解できないという顔をしていた。
「私が何してたかはどうでもいいんだよ。人生大事なのは今!ってね。んで、今は体の芯まで凍えちまった被害者一同のためのヒーター代わりにさせられてるってわけ」
「シアンの言った冗談が現実になっている……」
「ん?なんの事?」
「いや、なんでもない」
つまらなそうに頬杖をつく彼女だが、とても重要な役割だ。ライアのそばに行くほど温度も高くなっているため、皆がここに集まるのだろう。
確かに下手な屋内よりも心地の良い温かさ。体の芯からじんわり溶けだすような緩やかだが、確かな温もりを感じた。ライアの魔法はまだあまり見たことがなかったが、案外優しい使い方をするものだと意外に思った。
「で、だ。葉はともかく、トラリアはまず怪我の手当してきてもらえよ。六番隊来てるぜ」
「なんで医療チームがここに……?ライアちゃんが呼んでくれたの?」
「んなわけ〜。ウィンっつーかシアンだよ。あいつが連絡するように指示飛ばしたんだと。なんでも重篤患者がいるとかなんとかで、ウィンはそいつ連れて先に帰ったみたい」
バルフィレム軍務の医療担当、六番隊。その隊長であるリフレットには、葉も何度か世話になっていた。
隊長自ら出てくるほどスノーマンの被害が残った人がいるのだろうか。しかし周りの人の声に耳を傾けても、有益な情報は得られない。
「あー、一応言っとくけど、町の人間じゃないぜ。勿論ウィンでもシアンでもない。気になるなら六番の奴らに聞いてくれば?ソラ、お前案内してやんなよ」
「しょうがねえな……ま、オレも寒くなってきたから室内入りたいし」
「ライアはまだここにいるの?」
「私あと三十分は動くなって言われてるから。いい加減感動の再会も家でやれよなーって思うけど!」
「前科持ちは辛いぜ」と木に寄りかかる彼女の言葉に疑問を抱きながら、先導するソラの後を追う。
案内されたのは町の公民館だった。
中では町長と六番隊の面々が集い、鍋やら食材やらを運んでいる。スノーマン暴走のせいで陸の孤島になっていた町民達への炊き出し用だろう。
「六番の皆お疲れ様だよぅ〜」
「うわっ、トラリア隊長?!なんですかその怪我!義手もぶっ壊れて……何ボサっとしてるんですさっさと手当に行きますよ!」
「あぅ、引っ張らなくてもちゃんと行くよぅ…………葉ちゃんまた後でね!」
トラリアは室内に入るやいなや医療班の隊員に見つかり、葉が何かを言う間もなく早々に連行されていった。
六番隊のメンバーは彼らの隊長の影響あってか、放置した怪我に対しては上官だろうと容赦がない。
以前鍛錬中に怪我をした四番の隊長であるスザクが、たまたま通り掛かった六番隊の副隊長に連れ去られていったのを見たことがある。その時スザクを引きずる副隊長の般若の如き恐ろしい顔は今でも忘れられない。
「あ、葉姉。なんだ、お前も怪我したの?」
唖然として六番隊の動きを眺めていると、よく知った声が耳に届いた。
いつもは一つに結っている長い髪を珍しく下ろしたシアンだ。それは町の誰も犠牲にならなかったことを喜ぶ顔ではない。不安と後悔に押しつぶされそうな暗い顔をしている。初めて見た姿に胸が押しつぶされそうになり、言葉に詰まった。
そんな葉の配慮を知らないソラが淡々と話しかける。彼は雑にシアンの頭を叩き、そのまま外を指さした。
「なんだお前、まだンなとこで考え事してたのか。さっきスノーマンが呼んでたから暇ならそっち行ってやれよ」
「は?なんで私が神の眷属の言う事聞かなきゃ行けないんだよ」
「いいから。今後あいつらが人間を飲み込まないように躾ないとだろ?」
「躾って……野生動物じゃねぇんだぜ?」
空気を読まずいつもと変わらぬソラの態度が逆に落ち着くのか、シアンの声に張りが戻ったようだ。彼女はそのまま怠そうに立ち上がり、真っ白な髪を持ち上げる。
「仕方ねぇ。悲しい人外に人との付き合い方ってもんを教えてやるか」
「シアン……」
そう言った彼女は、既にいつも通りの堂々とした顔をしていた。しかし、葉にはそれが無理をしているようにしか見えず思わず止めようとしたが、その手をソラが抑えた。
「一人にさせてやれ。あれで結構無理してんだ、あいつは」
シアンと長く一緒にいただけのことはある。ソラも葉の抱いた違和感は全て理解した上であえて、その姿を見送らせたのだろう。静かに首を振った男に、葉は何も言うことができなかった。
☆。.:*
「いや〜憔悴してんね、お姉ちゃん?」
「…………何が言いたい?」
「あはは、やだな!姉が辛気臭いしてっから心配した妹の言葉に、裏なんかねーよ」
「お前が私を姉と呼ぶ時は大抵馬鹿にしてるか煽りたいときだろ」
「あっははー、バレてら」
ケラケラと笑う自身とよく似た顔には毎度のことだが腹が立つ。しかも今回は何を思ったか、シアン達一向に立ち塞がる謎の裏切りムーブをかました後だ。タイミングよくソラが到着したおかげで大した邪魔にはならなかったが、非合理的極まりない。
「お前、鏡を見ただろ」
「んー?なんのことかわかんねーけど、あれはただハイになってただけだってソラから聞かなかった?」
「聞いたさ。その上でソラと私の見解がそれだ」
「あっはは!仲のよろしいことで!――っと、んな事よりスノーマンが呼んでたぜ。ほらあそこ」
軽口を叩き合った後、ライアが人混みの先を指さした。感動の再会に満足し、帰路に着く人々の向こう側に小さな色い塊が蠢いてる。シアン達がアイシハイクに来て最初にあった小さなスノーマンだ。
モジモジと様子を伺う彼は表情こそ変わらないものの、どこか気まずそうな雰囲気を漂わせている。
「何してんだあれ」
「一応人間を取り込んでたことにスノーマンなりのショックがあったらしくてよ、他の奴らもあんな感じ。話しかけたいけど自分が行ってもいいものか……って」
「自分たちがしでかしたことの重大さはわかってるんだな」
スノーマンがそんな罪悪感を持つとは思っていなかったシアン。愛ゆえとはいえ人を襲ったことを一旦忘れれば、その姿はただの幼い子供のようだ。
やがて、見られていることに気がついたのか、のろのろとスノーマンがこちらへ向かってきた。その場に残っていたアイシハイクの民は、若干の緊張を漂わせながら道を開ける。
彼らの中には石を投げる者も、逃げ出す者も一人としていなかった。ただ固唾を飲んでスノーマンを見つめている。
スノーマンはシアンの前で立ち尽くし、俯いたまま固まった。そして決心したように顔を上げ、見下ろすシアンにこう求めた。
『ニンゲン、ニンゲン。ギュッテシテ』
「はぁ?…………私?!」
あまりに予想外な要望に思わず声が出た。なんでよりにもよって神を最も嫌う人間に手を伸ばすのか。
未だシアンには初めてスノーマンを見た時の悪寒が残っている。今考えてみれば、あれは彼らの殺意などではなく、単純にシアンが神を毛嫌いしているだけの拒絶反応だった。
「ほら〜してやんなよ〜」
『ニンゲン……』
「テメェライア、他人事だと思って……」
煽るライア、見守る町民、腕を伸ばすスノーマン。悲しきかな、今のシアンに逃げ場はない。
「くっそマジで今回だけだぜ」
キラキラと目を輝かせるスノーマン。心做しか花が咲いたように見える。背丈を合わせるためシアンがしゃがむと、彼は小動物のように駆け寄って来た。
こうやって人々が飲み込まれたのだろうと思うと警戒は怠れないが、それもすぐにかき消えた。
『静寂』の眷属は行き過ぎた愛で人を食らう化け物で、冷たい雪の塊であるはずなのに…………初めて触れた小さなスノーマンはどこかほんわり暖かかった。




