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氷炎護リ人  作者: 有麻環
四章 アイシハイク編
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4章 19 『純心』

 古い木造建築の並ぶ職人の巣窟。長い年月と血の滲む研鑽に励んだ技術者たちが住まう通り。

 ここ61(ロクワン)工房もその一つ。通りの中では若輩にあたるが、その精巧な技術とかける魂は他の追随を許さない国内最高峰の武器屋。

 腕を失くしたばかりのトラリアは、兄と師に連れられ神牙の情報を探しに職人街へ足を運んでいた。

 

「神牙に関することね……一応書籍なら見つかったよ。ただ大昔すぎて解読ができてないんだ」


 工房の主、目元を布作面で隠した大男がそう言った。餅は餅屋に、武器のことなら武器屋に聞くのがいちばん。そう唱えた兄の言葉は見事的中したらしい。

 しかし、大男曰く見つかった資料も歴史書並みに黄ばんだ紙。少しカビのような古臭い香りが漂う。人間よりも長生きな鬼の一人である彼でさえ、完全な解読には時間がかかるとの事だ。

 彼は図体に似合わずしおらしい態度で例の書籍を開いて見せた。


「うわ、ふっっっる。見た事ない字もあるなぁ……よく虫に食われず残ってましたね」


 覗き込んだ兄も驚愕の声を発した。つられてトラリアも顔を出す。確かに所々読めそうで読めない文字の羅列。今とは文法が異なるのだろう、読み解こうとしても意味が繋がらない。


「これを読み解くまでは神牙も再封印かねぇ。騎士側に渡すのも癪だし、アウラさんに預けとこっか。いいですよね、シアンさん?」

 

「いや、お兄ぃ。師匠に聞いても……」


 兄はそうそうに匙を投げた。

 危うく街全体を凍らせる程の被害を出す武器だ。その使用方法が分からない以上、下手に触らない方がいい。

 師の顔を伺う兄。しかし彼女はあくまで弟子のトラリアを心配して付き添いに来てくれただけだ。正式な軍属ではないのだから委ねられても困るだろうに。――と、止めようとしたトラリアだったが、その静止は意外な一言で遮られた。

 

「あ?大昔ったって作られたのはここ数百年だろ?見せてみろ」


 師は大男のもつ資料を手に取り、パラパラと捲る。その間「あー」だの「はーん」だの、意図の掴めない声が漏れたが、暫くして静かに本を閉じた。

 

「…………師匠、もしかして読めるの?」

 

「あぁなんだ、当時の崩し文字じゃねぇか、読める読める。私らが生まれた時くらいの文字だぜこれ。伊達に不老不死やってねぇよ」

 

「うわ。オレ初めてアンタが不老不死なんだって実感した……実はただの自称700歳かと疑ってたのに」

 

「うるせぇドラグア、シバくぞ」


 バルフィレムで知らぬ人はいない三人の不老不死。そのうちの一人である師からすれば、歴史書と言うには新しい部類に入るそう。

 彼女は本を大男に返し、その内容を告げた。


「『静寂』の神牙、『純心(イノセンス)』。またの名を『自己犠牲の象徴』」

 

「自己犠牲……?」

 

「あぁーー、簡単に言うと、怪我をしたぶん出力できる魔力が上がるってことだな。だから腕持ってかれた時、辺り一帯凍ったんだ」

 

「なーるほどね〜。元が『静寂』の神(ベルナイース)の死体なだけあるぜ。アイツも黒炎の精神異常にかかった八神と人間を助けるために自身を犠牲にした訳だし」

 

「うわっ、ライアさん?!」


 本に書かれた内容を聞いていると、突如第三者の声が響いた。

 工房の奥から出てきたのは師によく似た金髪の女。軽薄そうな見た目だが、彼女もあれで700歳を優に超える。

 その登場に驚いた兄。トラリアも声こそ上げなかったものの、ついバランスを崩してしまう。


「っと。危ねー、トラリアお前杖持ちな、腕無いとバランス崩れるだろ?」


 咄嗟に支えるライア。いつの間に隣にいたのだろう。気づけば疑問を抱く間もなく椅子に座らさていた。

 トラリアの思考が止まっている間、工房の大男がライアのセリフに反応する。

 

『静寂』の神(ベルナイース)の自己犠牲?そんな記載八神伝説にあったかい?」

 

「ん〜なんかの文献で読んだんだっけ?ソース忘れたけど。でもあったはず」

 

「いや、そんなことより!トラちゃんがこれを使うためには怪我が必須ってことか?!そんなのって……」

 

「ドラグア…………」


 神話の話題に花を咲かせる彼女達と、神の名前を聞いて酷く顔を歪ませる師。いつも通りな光景に、兄が食ってかかった。

 自己犠牲。それがあの武器の性格ならば、確かに血を流すことは避けられないのだろう。戦場に立つ身であるのだから、怪我が怖い訳では無い。しかしなんとも使い勝手の悪い武器に思える。

 

「いや。トラリアちゃんはこれから義手を作るんだろう?その仕様を上手く合わせれば簡単にできるんじゃないかい?八番(ライド)隊の人と相談してみたらどうだろう……ってそうか、今の隊長はドラグアくんだったね」

 

「確かにな。義手も体の一部だって認識されれば、義手が欠けることも怪我になるわけだ。よっしゃ、物は試しだ、やってみようぜトラリア、ドラグア!」

 

「やってやりますよ、なんたって大切な妹のためだから!」


 しかし、懸念はあっという間に払拭された。

 大男の言葉を聞いた師と兄は「いけるいける」と何やら方針を固めた様子。トラリアの意見を聞くまでもなく、話がトントン拍子に進んでいった。

 しかし一つ、先程からずっと心に残ることがある。


「師匠……いや、シアンちゃん……。やるって、まだ師匠でいてくれるの?」


 まともに武器を握ることもできない今、軍属でもない彼女がトラリアを気遣う必要性はないのではないか。悠々自適に過ごしているが、彼女は決して暇では無いのだとトラリアは知っている。彼女は彼女なりに目的があって生きていることも。

 別に見捨てて欲しい訳ではない。ただ、責任感が強い彼女を自分の失態で縛り付けたくなかったのだ。

 ――が、それら全て杞憂でしかなかった。

 

「あ?何言ってんだお前、当たり前だろ?つか、大変なのはこっからだぜ。お前はこれから義手の使い方と、義手が取れた時の対処法と、何より耐久鍛えねぇといけないんだから。軍に残りたいんだろ?だったら気合入れやがれ」


 ――この時の、太陽のように笑う師の顔が忘れられない。

 非常識に長い人生、辛い思いもしてきたのだろう。それでも、この人はこうして笑っている。

 この人の元でならば、どんな苦難も乗り越えられる気がしたのだ。

 

 ☆。.:*


 ぼんやりと、意識が水面に浮かぶ。

 雪に触れる頬がヒリヒリする。


「平常心を保とうとするのは疲れるわよね。沢山頑張ったからこそ、貴女の感情は言葉に黙っていられない。だって貴女は過去を覚えているのだもの」


 柔らかい肌が、感覚のないはずの金属に触れた。

 レディアが義手に掴まれた神牙を奪おうとしているのだろう。

 

 ――そうはさせるか。これは、わたしが持つべき武器なのだ。変え難い兄との思い出の一つなのだから。


「そう。貴女のいうことは間違ってないよぅ」

 

「あらま、やっぱり血が少なかったのかしら。もう起きてくるなんて、あたくしびっくりですわ」


 レディアはびっくりしたとは思えない余裕の微笑み。

 血、先程頬にかかった時のことだろう。女の魔力が多く含んだ血液が直接かかったことで、半強制的に平常心を崩されたと見た。

 神牙を強く握る。再び魔力を使おうと意識を落ち着かせる。そして、今度は柄ではなく()()に集めた。

 

(最初から覚えてたらあんな暴走に引っかかることもなかったのに……う〜ん、不覚)


 一枚、義手の装甲が剥がれ落ちた。メカメカしい骨格部分がむき出しになる。


「ふふ、小さな隊長さん?大切な腕が壊れかけているけれど、大丈夫?」

 

「敵に心配される言われはないよぅ」


 別に壊れたわけではない。この義手は自傷が必須になる武器、『純心(イノセンス)』を使いこなすための特別仕様。わざと装甲を切り落とすことで、神牙へ一時的に怪我をしたと錯覚させるのだ。

 長いこと怪我による出力強化以外の効果を使う機会が無かったためすっかり忘れていたが、『純心(イノセンス)』の本質は()()()()()()

 

 ライア曰く、『静寂』の神(ベルナイース)はその身を賭して世界を救った。で、あれば。その遺骸である武器も伝承と同じ効果を持っていて然るべきだろう。伝承と魔法とはそういう因果を持つものだ。


「なんだか分からないけれど、秘策ありって顔ね」

 

「ふふん、伊達に隊長やってないよぅ。こんな所で負けてるわけにはいかないんだから」

 

「あら、肝心の効果は教えてくださらないの?」

 

「うん、教えてあげない。わざわざ敵に教える必要ないもんね。なんて言うんだっけ?異世界の言葉で確か……そう、『敵に塩を送る』ってやつ?」


 まして、神牙を作ろうとしている組織にその情報を与える利点はない。

 とはいえ、無効化はそう何度も使えない。義手を全て落としてしまえば、本当の自傷――肉を裂くしか無くなるのだから。

 

「葉ちゃん!そのカイロに思い切り魔力を込めておいて!巻き込んじゃう!」

 

「は、はい!!……え、巻き込む……?」


 既に決着がついているらしい葉へ声をかける。

 再びレディアと言葉を交わせば、先の二の舞。下手な小細工をされる前に、一気に決めるべき戦況だ。


「そんなに見たいなら見せてあげる。神牙の恐ろしさ、とくとその目にご覧じろ、だよぅ」


 『純心(イノセンス)』が白銀に光り輝く。直視するにはあまりに眩い。

 義手の部品を、必要最低限の骨格だけ残して全て外す。無いはずの骨に沁みるような冷たさだ。雪山の寒さなど可愛らしく思えるような、災害のごとき寒冷。空気中の水分が次々に冷え固まり、益々乾燥が酷くなる。


「ふふ、あはははは!神牙の本領発揮を見せてくれるなんて、随分と太っ腹なのね」

 

「バカ言わないで、誰も本領発揮だなんてしないよぅ。貴女一人くらい片手で十分」

 

「あら残念っ――!」


 そう言ったレディアは赤い破片のような何かを投げた。


(また血……?)


 それは鋭い刃となってトラリアの皮膚を傷つける。氷のように冷たいが、炎のように真っ赤な鉱石。アイシハイクの名産、そしてレディアがアイシハイクに来た表向きの目的――緋氷石。

 ただの石ではない、特殊な加工工程の末漸く装飾として使えるようになる危険物。異常な程濃い魔力を蓄えたそれを無遠慮に割ってしまえば……


「トラリア隊長!!」


 爆風がトラリアを覆う。地雷のように石の破片が肉に突き刺さる。

 葉の悲痛な呼び声が響いた。彼女の場所まで被害があった訳ではないらしい。ホッとしたトラリアの脳裏に、かつて聞いた師の言葉が浮かんだ。


 『いいかトラリア。その武器を使うなら火力は心配いらねぇ。今お前が鍛えるべきは耐久力だ』

 

 『耐久力……』

 

 『防御と言ってもいいけど、お前の場合武器の性能を考えると多少のダメージは必要不可欠になってくる。だから耐久力。とにかく耐えろ、倒れるな』


 そして、理不尽ともいえるほど強力な技のサンドバックにされた日々を思い出し苦い顔になる。あれはキツかった。

 しかしそれも今となっては愛のムチ。確かに厳しいものだったが、間違いなく今、トラリアの強さになっている。

 静かに息を吐き、寒さと痛みをやり過ごす。

 今から行うのは、神話の再現。人が統治する世界では見られない幻想の一つ。


「『静粛に(イン・ウクシエス)

 厳格に(イン・ウカネグ)

 |血を流すのは一人でいい《コー・ウスティクィア》」

 

「それは、まさか古代詠唱……!」


 初めてレディアの顔が驚愕の色を見せた。

 トラリアの口から紡がれたのは数百年も前に失われた言語。統一言語を持つこの世界(エインスカイ)に唯一記録のみ残る、二つ目の言葉。


喧騒を憎み(ウムクィ・ウォスク)万物を愛そう(イア・オシュア)

 災いを呪い(イオロ・イアワゥザ)世界に眠りをイラウェン・イン・イケィス』!!」


 義手の破壊、緋氷石の爆発による裂傷。怪我のストックは十分。押しては返す波のように、殴った風船が拳を弾くように、今までの負債が全て魔力となって解き放たれる。


「――――!これは、あぁ、とても、とても悦い!神牙とはここまで強く儚いものですのね。ますます欲しくなってしまうわ!」

「姉様避けて!!」


 トラリアを中心に渦をまく吹雪。視界は一瞬で雪にまみれた。巻き込まれる位置にいるであろう葉は、何故か異常に発熱するカイロを持っているため心配ない。彼女の魔力量なら、この吹雪だって自衛できる。

 吹雪はレディアを飲み込み、その鮮やかな赤い髪が白に塗りつぶされていく。それでも尚、彼女は恍惚とした表情を浮かべている。女を慕う妹分が手を伸ばすも、その想いは届かない。


(わたしが腕失くしたときのお兄ぃを見てるみたいで心苦しいけど……)


 ここで止めれば、後々苦しむのは自分たちである。

 ()()は終わった。あとは、敵に向けるだけ。白銀の光がひとつに収束し、刃となる。

 『純心(イノセンス)』の刃は魔力の刃。形あるものは切れないが、魔法を、呪いを、異常を、精神を断ち切る。レディアには悪いが三日、否、一週間ほど眠っていてもらおう。


「さぁ来て小さな隊長さん!是非ともあたくしに神の力を見せてちょうだい!」

「口頭とはいえバルフィレムに喧嘩を売ったこと、夢の中で後悔してもらうよぅ!」


 吹きすさぶ雪の中、光の剣が赤い女を貫いた。

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