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氷炎護リ人  作者: 有麻環
四章 アイシハイク編
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4章 17 炎VS雷

 雷鳴が響き、カラスが森から飛び去った。

 世界有数の万年雪も、炭と焦げた臭いに包まれたこの一箇所だけは斑に地面を覗かせていた。

 

「ひっひ、あっははははは!」

 

「――っぶねえ……。なあ!どうしてオレらが戦う必要がある?」


 銀世界に似つかわしくない山火事のような光景。雪は溶け、ぬかるんだ土は既に乾燥し、草木は電飾のような火の粉を燻らせている。流星群の如くといえば聞こえはいいが、それが己の身に降りかかってくればただの災害だ。


「漸くやる気になったかよ、ソラぁ!!」

 

「ああ、誰かさんのおかげでな。寒さで凍え死にそうだったのが多少はマシになったぜ」


 昔から寒さには弱いのだ。今回とて、わざわざ雪山に来る予定はなかった。しかし、「トラリアから連絡を受けたから」と半泣きのウィンに駄々をこねられ仕方がなく、なんの準備もせずに走り出したのだ。そして、世間一般的に、今は夏である。

 

 ――そう。ソラは今、防寒装備など何一つ持っていなかった。

 不幸中の幸いなのは、相対するのが()()()()()()()()ライアだったことだ。彼女の得意な炎魔法のおかげで、冷えて固まっていた体が漸くほぐれてきた。


「それは結構!じゃあ続きだな」

 

「ンなことより。さっきから聞いてるんだが。なんでお前と戦わないといけないんだ。いい加減答えろ、ライア!」

 

「あっはははは!」

 

「答える気は無いってか……」


 何がそんなにウケるのか。

 ソラの問には反応せず、ただただ爆笑と攻撃を繰り返すライア。爛々と輝く橙色の瞳は焦点が定まっていないのか、先程から一向に目線が合わない。

 

 トラリアの連絡により、「アイシハイクに住み着く『静寂』の神の眷属(スノーマン)が人を襲った」と言うのは知っていた。

 現場に来て、敵対勢力が関わっていることもすぐに分かった。

 が、しかし。その敵対者達と同じ側に立つこの女の意向だけは分からなかった。

 

 シアンと鎬を削る様子を見て、思わず槍を撃ち、吹き飛ばしたのが先程のこと。何故戦っているかなど気にもしなかったが、よくよく考えれば不可解だ。

 最も、考えたところでソラの頭は難しいことを受け付けないし、本人に答えるつもりがないのなら迷宮入りだった。


「埒が明かねえな……これは一回黙らせた方が早いか」


 考えて分からないならば考えない。至極簡単なことである。

 

 ライアの傍に刺さったままの槍を引き寄せる。二、三回振り回し、どこにも異常が無いことを確かめてから両手でしっかり構えた。そこらのチンピラ程度ならばともかく、此度の相手は己と同じだけの時間を生きた『天焼の魔神』、ライア=ディアスタシア。初めから出し惜しみ無しで挑むべき強者である。


「雷に撃たれる覚悟はできてるな?阿呆」

 

「そう来なくっちゃ〜〜〜〜!!」


 周囲に野生動物の気配は無い。思う存分、戦える。

 敵は真正面。ソラの槍は刀であれば抜刀術と呼ばれるものと同様の構え。

 土を踏み締め、掴む手に力を入れる。

 短く息を吐く。

 体から空気を抜き、軽くなったと錯覚するように。


 

「――――――――『豹閃』」



 紫電一閃とはよく言ったものだ。

 地を揺らすほどの轟音が耳に届く頃には、既にソラの槍先はライアの腹を薙ぎ払わんと距離を詰めていた。このまま一瞬の猶予もなく、彼女の腹は惨たらしく切り離されるのは明白だった。


(が、これで終わるようなら苦労しないんだよな……)

 

 一瞬、ここに来て初めて目が合った。

 うっすら上がった口角に嫌な予感がする。それまで燭光のように揺れていた瞳が孤を描いて、一切の迷いなくこちらを射抜いている。

 勢いのまま薙ぎ払った刃が、ライアの腹を真っ二つに切り裂いた。


「あっは」


 体が二つに別れた瞬間、漂うようにライアの上半身が揺らぎ、実に愉快げな笑いを漏らした。

 彼女の腹から血が出ることもなければ、そもそも槍が物体に当たった感触すらない。

 ソラのサンダルが土を抉り、高速移動の勢いを消す。

 ハッと狂気にも見える幼馴染の姿を確認すると、刃の通り道を避けるようにライアの体が炎のように揺らめいていた。


「炎とは無形。風に揺れ、波に揺れ、感情に揺れる。

焔とは無限。数を持たず、起源を持たず、万物を覆う。つまり〜……テメーの攻撃なんぞ当たるかよ」


 臍を境に上と下に分断されたまま、ライアの口は言葉を落とした。何やら難解な詩の如き言葉を。

 ケタケタと馬鹿にするライアに、ソラの動きが止まる。

 もの凄く。むしゃくしゃする。脳を虫が駆けずり回るような、アレルギー反応のような、掻きむしりたくなる程の苛立ちと不快感が込み上げ――――耐えられなかった。


「あああああああもうごちゃごちゃうるせえ!オレにそういう小難しい概念的な話するなっていつも言ってるだろうが!!」


 ライアの言葉は常にそうだ。煙に巻くように曖昧な言葉を並べ、本質があるのか無いのか分からない。

 この場にいたのがシアンであれば、雰囲気にあった比喩的なセリフを返すのだろう。奴は短気だが馬鹿では無い。

 しかし残念ながら、今ライアと対するのは文学よりも野生本能に生きる男、ソラ=ドラッドである。言葉は常に直球でぶつけ合ってきた。

 

 珍しく、不機嫌を顕に威嚇をするソラ。それはまるで天敵を前に唸る獣のようである。

 その様子を満面の笑みで迎えるライアの周りには、気づけば幾つもの炎が形を変えようと蠢いていた。

 一、二、三……計八本の短剣。彼女の相棒たる神器、カグツチ程ではないにしろ、どれも炎のように自在に変形する魔力の剣。あれらをそれぞれ自在に操るのだから、奴の並行思考は馬鹿にできない。


「あっははは!やってくれんじゃ〜ん、ソラぁ。んじゃ、今度はこっちの番ってことで!」


 炎の剣が撃ち放たれる。真っ直ぐ飛びかかるもの、鳥のように旋回するもの、蝶のように意味不明な起動を描くもの。一度に弾き返されないようにするためか、五月雨式に、不規則に襲いかかる。

 

 ――が、それら全て目的はソラ。いずれ自分にたどり着くとわかっているならば、タイミングを合わせることなど造作も無い。

 ソラは槍を回し、その刃は弾いた証拠に金属音を奏でる。音は七回。軽快に鳴り、落ちた剣は形を失い炎に戻った。

 しかし、ソラの顔は晴れない。難解な言葉は理解できずとも、戦闘においてよく回る彼の頭が違和感を逃すことはなかった。


(待った。弾いたのは……七回?増えることはあっても減らす意味がねえ……ってことは)


 予想通り。最後の一本は遅れてソラの元へ届いた。それも、ライア本人の手によって。

 

「――――――チッ!!」


 火に包まれた剣がソラの肉を裂く寸前、何とか槍を挟み後ろへ飛び退く。

 そして回避の後、地に足が着いた直後、ほんの僅かだが地面から何かが嵌まる音がした。

 目の前の女が指を鳴らして笑った。

 

「おーっとそこは地雷源〜」

 

「ンなこったろうと思った!」


 地に立っていられないならば空に逃げようと、即座に腕を鳥の形に変化させ風を押す。

 足元ではまともに喰らえば洒落にならないレベルの粉塵が火と共に吹き出した。地雷だ。ソラは咄嗟に上空に逃げたため、巻き込まれることは免れた。

 しかし、災難はそこで終わらない。


「あっっっぢぃ!!」

 

「そんでお次は籠の鳥っと!」


 気づいた時には翼が何か糸のようなものに絡め取られ、その糸ごと燃えている。

 空間座標に直接魔力の糸を固定するトラップ。獲物が絡まれば糸が火を纏い、逃れる隙もなく燃やし尽くす。蜘蛛のように陰湿な、ライアが好む戦法だ。

 

「こいつ……!」

 

「あっははは!いやー思った通りに動いてくれてま〜じ楽しい〜」


 二重三重の罠。間違いなくライアの十八番である。初撃で吹き飛ばしたあと、すぐに戻ってこなかったのはこのトラップを張っていたからだと漸く気づいた。ソラが自分を追いかけてくることまで予見していたのだろう。

 

 そして、この地獄絵図のような景色もその一つ。普段であればソラは、土でも空でも、何かを隠せば匂いで気づくはずだ。しかし今、周囲の木々が焦げているせいで鼻が効かなくなっている。わざわざ分厚い雪を溶かしてまで森に火をつけたのはこのためだったのだ。

 随分と念入りな出迎え。最初の、理性が吹き飛んだ言動からは考えられない。


「…………お前、意識あるな?」

 

「あっははは!なんの事〜?」

 

「まあいいや、そういうことにしておいてやる」


 普段から「護リ人三人の中で誰がいちばん強いのか」という質問をよく受ける。すると、決まって双子は「間違いなくソラ」と即答するが、ソラからすれば「状況による」としか言えない。

 持久戦ならシアンに勝てる気はしないし、森や街中など入り組んだ場所でライアに罠を張らせたらこの通りである。

 

 しかし、だからと言って大人しく罠にかかる道理も、負けてやる道理もない。

 翼をはためかせ、地雷がないであろう足跡のある場所へゆっくり足ををつけ、腕を人の形に戻す。恐らく火傷はしているだろうが、そんなことは些事である。

 そんなことよりも、今重要なのは目の前の女を黙らせること。空へ飛んだ時に落とした槍を再び引き寄せ、此度はそれを片手で軽く握った。


「で、だ。ライア、お前さっき言ったよな。オレの攻撃は当たらないって?馬鹿言いやがれ、お前は今生きてそこにいる。この世界に存在してる限りオレの魔法は当たるっつーの」


 地には地雷、空には糸。恐らく火のある範囲は他にも至る所に罠がしかけられているのだろう。

 で、あれば。ここから一歩も動かずに、避けられないレベルの攻撃を放てばいい。

 物理攻撃が当たらずとも、あれは一時的に肉体の組成をを魔力に置き換えているだけに過ぎない。そう連発できる技ではないし、同じ魔法攻撃なら効果はある。

 ライアはさらにテンションが上がったのか、再び炎の剣を八つ現し、日輪のような円環状にそれらを掲げた。

 

「あはははは!もっと楽しもうぜ、なぁ!『有象無象から万象まで、燃やし尽くしてしまおうか』!!」

 

「その短詠唱…………そっちがその気ならオレにも考えがある――『ここから先、言葉はいらない』」


 ソラも同様に槍を高く掲げる。


「悪く思うなよ。……いくぞタケミカヅチ」

 

「戒炎よ此方に集え 黎明よ焦土と共に

情熱は泡沫へ 陽光は暗雲へ 信仰は残基を打ち落とす……」


 ソラの神器は避雷針となり彼の魔力を帯電する。

 ライアの剣は詠唱と共に集中砲火を構え、彼女の魔力を凝集する。

 お互い、全身全霊とは言わずとも確実に相手を消失させるつもりでいた。

 雲行きが徐々に怪しく、厚くなっていく。最後の一手に相応しい、証明が消えた舞台ような緊張感。

 両者の視線が交わる。

 どちらともなくほぼ同時に、掲げた矛を振り下ろす。


「『|狂熱よ、燃え続けろ《クレイズ エル ブレイズ》』!!」

 

「落ちろ――――雷霆!!」


 曇天から穿たれる落雷。

 八つの剣から放出される高出力の猛火。

 さながら天に挑む龍の咆哮のような惨劇に、耳を劈く衝撃波。

 白飛びした世界の中で、皮膚を焦がす熱だけが感じられた。

 

 ☆

 

「…………で、だ。何か遺言は?」

 

 気絶したように足元に転がるライア。いつもの人を小馬鹿にしたような笑みは消え、橙に輝く瞳も瞼に閉ざされている。

 しかしソラは一切の容赦なく、彼女の脈目掛けて槍を突き刺した。

 刃が喉を貫く直線、ライアの首が無言で曲がる。スレスレのところで首の皮一枚を裂くだけに留まった。

 

「ソラくんさー、いくらなんでもまじに殺そうとするとかアリ?私が本当に操られてる被害者だったらどうするわけ?」

 

「どうもしないが?ここで反撃なしに避ければお前は正常に生きてる。そのまま刺さればそのうち回復して洗脳ごと元に戻る。それだけのことだ。だからあえて避けられる位置に刺しただろ」


 ライアは淡々と述べるソラをジトっと睨む。その目を全く気にすることなく、槍を持つ彼は「そもそも」と続けた。

 

「お前は魅了とか洗脳とか効かないはずだ。なんだっけ?既に頭が狂ってるヤツはこれ以上イカれないってやつ?」

 

「いや、躊躇いなく首切ろうとするのがヤベーって話」


 ソラは「あっそ」と興味無さそうに返事をし、刺した槍の形を羽織に変え、肩にかけた。そして、寝転がるライアの上に座り込んだ。下から「ぐえっ」とカエルが潰れたような声がしたが気にしない。

 

「不老不死ってのはこういう時に活用するんだ」

 

「倫理観とかお持ちでない?」

 

「お前が言うな。半分くらい自発的に暴れてただけのくせに」


 そう。今の今までまるで誰かに操られたか、暴走させられたように見えていたライアだが、実の所()()()()()()()()()()()であった。つまるところ、シアンに飛びかかった時点から自分の意思による行動だったということだ。

 しかし、何のためにと聞いたところで、帰ってくるのは笑い声だけだろう。時間の無駄な問いはしないに限る。


「はぁぁぁぁ。疲れた。寒いし、腹は減るし。誰かさんのせいで最悪だ」

 

「はいはいサーセンした」

 

 ソラは今日一番のため息をこぼし、忘れかけていた雪山の寒さに腕をさすった。

 当たりが焦げた草木であっても、ここが氷神のお膝元であることに変わりは無い。吐いた息が白く靄になったことが寒さを視覚的に助長させる。


「つか、いつまでも人の上に座ってんじゃねーよ」

 

「もう暴れないからどけって?お前の言葉なんぞ信用に値しない。つか、抜けたいならさっきみたいな炎になればいいだろ」

 

「あれは〜、もの凄く集中するかハイにならないと無理」

 

「さっきまでは」

 

「スーパーハイ」

 

「やっぱ自我あるんじゃねえか」


 文句を垂れるライアに悪態をつき、項垂れる。平気な顔で会話しているが、これでも全身が痺れて動くのが辛い。

 近くに町があることを考慮し、全力は出していないにしろ、自身の中で一番の大技を放ったのだ。


(一番のとんでも馬鹿は抑えたんだ、あとは勝手にやってくれ)

 

 ソラは他の場所で戦う面々を思い出し、静かに心の中で激励を飛ばした。

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