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氷炎護リ人  作者: 有麻環
四章 アイシハイク編
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4章 16 爆発した想い

 目算高さ三メートル程の化け物は、触手のようにコードをうねらせ、鞭のように叩きつける。初めから戦わせるつもりだったのか、コードには有刺鉄線や氷柱のような棘が生えていた。

 

 胴部分の所々には溶けかかったスノーマンの顔。電線に縛り付けられている彼らに、既に意識はないだろう。しかし、ただの顔パーツの配置にすぎないが、心做しか無念と怨恨の表情にも思えて見る者の心を抉るようだ。

 極力彼らと目を合わせぬよう、猛攻を掻い潜り、パーツごと殴り飛ばす。触れたそばから糸が解けるように形を崩していく化け物。相手が神の眷属であるならば、シアンの神壊術――所謂神殺しはこれ以上ない有効打である。化け物の前に立つ者がシアンでないならば、こうも容易く解れることはなかっただろう。


「え、何?スノーマンが人間襲ったってどういうこと?」

 

 ――と、順調に敵の戦力を削っていた最中、ウィンから突然のカミングアウトにシアンは耳を疑った。

 てっきりウィンは全て事情を知っているばかり思っていたからだ。否、本来ならトラリアからの連絡を受けたのだから知っているはずである。

 真面目な彼女が町の危機のことを伝達しないはずがないし、ウィンに同行していたソラはある程度事情を知っていた。

 

「あ?ウィンお前、トラリアから連絡受けたんだろ。その時に聞かなかったのか、『スノーマンが町の住民を取り込んだって』!」

 

「うん?」


 ダメだこいつ。

 彼の反応を見るに、救援連絡が来たことは覚えているが、その内容に関しては全く記憶にないと見た。大方、爆速で走るソラに乗っていたせいで気絶し、その衝撃で綺麗さっぱり情報が頭から抜け落ちたのだろう。到着後も酷く酔っていたようだから間違いない。なんと情けないことか。これで本当に仕事が務まっているのか、師は甚だ疑問である。

 

 もはや怒りも湧いてこない。出てくるのは呆れ果てた溜息だけだった。


「んー、でも来た時見たスノーマンは『思考操作』の影響受けてなかった……けど。あれぇ?」

 

「あれぇ?じゃねぇ……っよ!」


 フィルクルの視線がウィンの持つ動力源コードに向けられているためか、化け物の攻撃が単調になっている。数あるコードを壁に氷で張り付かせ、一時的だが動きを止める。既に本体部分も崩れ掛けているため、その様子はクモの巣に引っかかった虫食いだらけの葉っぱのようだ。

 あとはウィンが動力源を断てば終わる話。シアンは念の為動かないよう化け物の一部を掴みながら、無知な弟子へ説明をした。


「スノーマンの暴走は『思考操作』じゃなくて、『感情増幅』のせいだ。さっき見たろ?あのレディアっつぅ女の魔法だ」

 

「あぁ、あのちょっとヤバい嗜好の爆イケ姉さん」

 

「ちょっと〜、私達の姉様のこと変な目で見るのやめてくれない?本気でキモいんだけど」


 今回ばかりは煽りではなく、本気の嫌悪が滲み出たフィルクル。これはウィンの表現が悪い。

 

「変な目で見られたのはボクの方…………ちょっとまって?スノーマンの感情を爆発させたら人を襲ったって……じゃあアイツらずっと人間を恨んでたってこと?」

 

「いや、そこまではわかんねぇ。レディアに殺されたスノーマンが復讐に駆られて、それが伝播、増幅しただけかもしれねぇからな」


 「んーでも、それはないでしょ」と、ウィンはバッサリ言い捨てた。そして、ついでと言わんばかりに手にしたコードも切り裂いた。

 シアンにとって、その感想はまさに青天の霹靂だった。あの何かと叫び散らかす小心者が一切の迷いなく、否定したからだ。何を根拠に言ったのかは定かではない。しかし、なんの根拠もなく断言出来るほど彼の心は強くない。


(なんだ?何をもって違うと言い切れる?…………またなにか見落としてるのか?)


 どうもアイシハイクという場所は思考が定まらない。シアンは今まで起きたことを一から考えるが、情報が濁流となって押し寄せるだけで、なんの糸口も見えなかった。


「ああああああああぁぁぁ!!ちょっと!何コード切ってくれてんの?!」

 

「だって切るって言ったじゃん。邪魔ならいくらでもできたでしょ」


 その乱流に溺れかけた時、フィルクルの絶叫がこだました。何事かと意識を浮上させると、彼女はウィンがコードを切ったことにご立腹らしい。

 動力源が完全に絶たれた化け物も、これで動くことは無いだろう。保険で添えていた手を離そうとしたその時、シアンの頭に音が響いた。


『最近、ニンゲン、イナイイナーイ』

 

『寂シ、寂シ』

 

『ニンゲン仲間、スノーマンフレンド』

 

『フレンドフレンド、会イタイ、会イタイ』


 無数のスノーマンの声。化け物に取り込まれていた彼らの、最後の言葉であり、今なお町を闊歩する同位体達の想い。シアンは霊的な現象を信じないタチだが、その言葉たちは魔力を通した、確かに存在する感情だった。


「そうか……怒りじゃねぇんだ」

 

「え?師匠?」


 その言葉を聞いて、ずっと抱えていた違和感の糸が一つの線に解けたようだった。

 

「ウィン、お前。なんでスノーマンの暴走を復讐じゃないって言いきった?」

 

「………………勘?」


 などと言っているが、恐らく彼は持ち前の『鑑定・解析眼』で見たのだろう。ただその否定の根拠を言語化出来なかった、あるいはそこまでしなかっただけで。


「いやでもっ!復讐とかそんな暗い感じじゃないってのは見えたんだよぅ…………じゃあなんでって言われるとわかんないけど」

 

「だろうな。多分さ、チープな言葉で悪いけど、アイツらは最初からずっと人間が好きなんだ……よく言うだろ、『食べちゃいたいほど可愛い』って」


 ウィンは言った。『スノーマンってニワトリ級の鳥頭だ』と。そんな彼らが、数ある枝の一固体が殺されただけで人間に殲滅行動をとるほど怒りが持続するだろうか。否、もしそこまで復讐心が続いていれば、『会いたい』などという言葉は出てこないだろう。

 

「大好きで、ハグして、取り込んで、取り込んだことも忘れちまって。やっぱり好きで。でも人間はそれを恐れて姿を見せない。だから『寂しい』んだ。つまり――」


 アイシハイクに到着した日、トラリアが質問した後に流れ落ちたあの個体の涙は、『やっと人間に会えて嬉しい』の涙なのだと、今漸く理解ができた。

 この時、シアンは生まれて初めて、純粋な神の眷属を一つの生命体として認識した。

 歪ながらも友を想い、胸の内を行動で伝え、人恋しいと感じる。少し、僅かに尺度が違うだけで本質は人間と何も変わらないではないか、と。

 

「――爆発したのは、人に対する『愛』なんだよ」

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