4章 14 初陣
冬が短詠唱を使用した。
葉の予想だが、名前の響き的に迷イ人、それも日本人か日本に近い世界の出身だろう。
その短詠唱は朧気ながらも記憶の中、フィブルとの戦いで蓮也が唱えたものと響きが似ている。確か蓮也のいた世界は妖怪や悪霊が存在する世界と言っていた。もしかしたら冬は本当に雪女なのかもしれない。
「お前はさっきお姉様の魔法で怖がっていた。大方、スノーマンが殺されたってことに恐怖を抱いたんでしょ?」
途端に視界がぼやける。ぐにゃりと歪んだ世界が元に戻ると、目の前に記憶の中の死が横たわっていた。
「だったら見せてあげる。貴女の恐怖を。生命の死を。心配するな、死への恐怖は生きるもの全てに備わった当たり前の感情だ。何も恥ずかしい事じゃない」
喉が変な音を立てて酸素を吸い込んだ。
葉の足元に、先程まではなかった男の死体が見える。胸を撃たれ、血を流し、焦点の合わない視線。
「お父さん……」
この世界に来る前。まだ中学生に入ったか、入ってないかくらいの記憶。ずっと昔に終わった記憶。
幻だと分かってはいる。父はもう居ない。分かってはいるが、息絶える父の姿に目が離せない。
思わず手を伸ばしかけ、その手に銃が握られていることを認識し、手が震えた。
(違う!あたしが撃ったんじゃない。これは今じゃない、目を覚ませ!!)
脳内での必死の抵抗も虚しく、体は言うことを聞かない。雪の中に銃が落ちた。
父がこちらに腕を伸ばしている。それと同時に、足元から手足がまとわりつくように雪が体を這い、葉の体温を奪っていく。
『葉……。お前までオレを化け物扱いするのか』
呪いのような言葉だ。年を重ねるにつれ、錯乱した父が何度もそう言っていた。
『こんな場所……本当は来たくなかったってのに』
絞り出すような声に、全てを否定されたような気になる。家を出た母親も弟も、こんな父の姿は知らないのだろう。
寒い、冷たい、抵抗する力が入らない。
幻だろう父の顔も、敵である冬の顔も、まともに見えないほど意識が薄れていく。
「『葉、お前さえいなければ。オレは自由に生きられたんだ』」
何よりの拒絶。とどめを刺すかのようなそれは、子供にかける言葉としてあまりに無責任で残酷だ。
「それだけは違う!!」
――が、それ故に違和感がある。
「お父さんは、そんなこと一度だって言わなかった。どれだけ周りを認識できなくなっても、あたしの生を否定することは最後までなかった!」
なけなしの魔力を爆発させるイメージで拳を握る。
これは恐怖ではない。紛れもない怒りである。自身の大切な人の記憶を、こんな形で汚されれば誰だって怒りを抱くというものだ。
不意に、手の近くにあったポケットがじんわり熱くなってきた。視界を覆うほどの雪が溶けていく。冬の顔が驚愕に染るのが見える。
「あっつ!!」
魔力を使おうとするほど、今度は火傷しそうなくらい熱く、ポケットから火が出るかのようだ。慌てて取り出したそれは、雪の上に落ち、瞬く間に雪を溶かした。それと同時に、雪の上に横たわる父の幻が煙のように消えた。熱の刺激で幻術から逃れたようだ。
手のひらサイズの白い袋。見覚えがあるそれは、アイシハイクに来る前、百貨店でシャナがくれたカイロだった。
「何お前、なんで乗り越えてきたの?なんで乗り越えられるの!自分の恐怖の根源なんて、そう簡単に越えられるものじゃないよね」
「恐怖どうこうよりも、今は憤怒の方が強いかな……。人間の記憶はある意味聖域だよ。そこに土足で踏み込むって言うならそれ相応の報いを受けてもらう」
葉は拾い上げたカイロを握り、火傷しない程度に魔力を込める。ベリアの街でシルク少年と戦った時と同じように、水鉄砲のような暴風を起こす為の銃を形作った。
(予想だけど、もし本当に雪女なら多分きっと熱に弱い!できるかどうかはわかんないけど……)
熱源であるカイロを銃弾にするイメージで暴風を放てばドライヤーになるのでは。
葉は咄嗟にそう考えた。仕組みは分からないがこのカイロ、魔力を込めれば込めるほど熱くなるらしい。自身は手袋でカバーすれば多少の熱は耐えられるだろう。
風を凝固し、銃弾のように放つ特訓は既に何度も行ってきた。弾を当てる訓練は二の次でとにかく形にすることを重視した甲斐あってか、今までやったこともないがカイロの熱を弾に混ぜるイメージがつく。根拠は無いができる気がする。
「机上の空論もトライ&エラーの末に現実になる……か。だったらとりあえず『やるっきゃないよね!』」
「姉様の言葉使うとか何様のつもり?」
葉の言葉が気に食わなかったらしい冬が雪を操り襲いかかる。
ゆっくり銃を構える。
ここで撃っても雪に阻まれて不発に終わるのが目に見えている。そもそも、葉は未だ弾を的に当てるのが下手である。ならばどうするか。答えは簡単だ。
「当たらなければ、当たりに行く!」
「はぁ?!」
まっすぐ前に走る葉。雪の壁は別に硬いわけではない。突進すれば砕ける程度だ。勿論寒いし、多少は痛い。しかし、スザクによる組手の方がよっぽど痛い。
回避と体当たりを繰り返し、冬の前へ入り込む。ちょうどカイロもいい感じの温度になったところだ。
銃口を冬へ向ける。冬は怖がるでもなく、軽蔑するような視線を向けていた。
「親を銃で殺されたくせに人を撃てるんだ」
最もだ。
葉とて以前同じことで悩み、そして振り切った。その後、スザクとエルムにもその悩みを打ち明け、自分の精神に負荷がかからない範囲の戦闘法を考えたのだ。決して、人の命が軽く見えるようになった訳ではないし、いつまでも同じ悩みを抱えて生きる葉ではない。
「別に、人を撃つ必要はないんだよね」
葉は躊躇いなく、引き金を引いた。すかさず分厚い雪の壁を作る冬。彼女は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「まあ結局当たらなければ意味は無いけれど」
「その通り。だから言ったよね?当たりに行けばいいって」
「え?」
銃弾は雪の壁に防がれていなかった。
「当たらないなら当たりに行く」とは、別に特攻の話ではない。
カイロの熱が十分にこもった弾は、物理的にありえない軌道を描き、雪の壁を迂回した。
葉の得意魔法は風。多少物を動かすくらい基礎の基礎である。
銃弾は冬の背後まで回り、彼女のすぐ後ろにある木にあたり、弾けた。
「〜〜〜〜!なにこれ、あっっつい!!」
スチームサウナのような熱が放出し、温風が冬を襲った。一般の人間ならストーブに当たるくらいの熱だが、冬には熱すぎたようだ。
「待ってほんと、雪女にこれは死ぬ、溶けちゃうよ……!」
「あ、本当に雪女だったんだ」
「お前ほんと嫌い!」
「気が合うね、あたしも貴女のこと好きじゃないや」
ぜぇぜぇと息を整える冬。たかがカイロの熱じゃ凝集したとて大した時間は稼げないようだ。しかし、この場はそれで十分のようだった。冬は顔を真っ赤にして、くたりとその場へ崩れ落ちた。
葉は戦意喪失した様子の冬を横目に、落とした銃を拾い上げた。
「せっかくの初陣だけど、今回は出番なかったな……。ま、いっか!」
☆。.:*
『次のニュースです。半年前に発売された魔力発熱式カイロの自主回収が発表されました。当局の取材によると、込めた魔力により際限なく発熱するため、火傷や発火の恐れがあるとのことです』
「あ」
「あれ、この前シャナが葉さんにあげたやつじゃないっスか?」
「うん。葉、大丈夫かな……」
バルフィレム郊外、天使蔓延るソウェル大草原を超えた先にある植物屋敷――フォレイグン邸。数ヶ月前の戦闘跡が未だ残る中、シャナと蓮夜はボケっとテレビを見ていた。
「なんで持ってたんだよ……」
それを眺めるリュウガは首を傾げる。報道で流れているのはカイロである。そして今は夏真っ盛り。いくら葉が雪山アイシハイクに行くとはいえ、何故シャナがそれを持っていたのか。甚だ疑問である。
「ポッケに入ってた」
「だからなぜ!今夏だろう」
「さあ?」
「…………」
自分でも分からないと答えるシャナ。呆れてものも言えないが、このお嬢様のことだ、大方「カバンの整理したら出てきて、しまう為にポケットに入れた」とかだろう。
(……火傷とかしてなければいいんだが)
リュウガは既に次の番組を見始めているシャナ達を見て、深いため息を吐いた。




