4章 12 化け物
「さてと。わざわざ待たせて悪ぃな、ミスレッドファンド」
「いいえ。なかなか愉快な感情を肌で感じさせて頂きましたので……はぁ悦い」
「変態だなぁ」
律儀にもシアン達の作戦会議を待っていたレディアと冬。冬の思考は読めないが、レディアはウィンをみて頬を染めていた。自分の嫌なことに頗る正直な彼の姿勢が気に入ったらしい。当の本人は舐め回すような視線に鳥肌を立て、ソラの背後に隠れていた。
「じゃ、つぅわけだから私たちは行くぜ。トラリア、葉、ソラ、頼んだ。おら行くぞ、ウィン!」
「拒否権は」
「あるわけねぇだろ、諦めろ」
「ひぃん」
シアンはウィンの首根っこをつかみ颯爽と走り出す。ソラもそれに続き、ライア捜索のため再び狼姿へ変わっていた。
「あら、そこまで許した覚えはありませんのよ?お三方」
しかし大人しく黙って見ているレディアではない。彼女は唐突に自身の手をナイフで刺し、その血を握った。血はスライムのように形を変え、水風船の着いた針、細いビードロのような奇妙な武器に変わる。鋭い注射器のようにも見えるそれを、レディアが的確に投げ撃った。
「させないよぅ!ここがわたしの仕事場だからね」
即座に軌道へ入り、それらを弾くトラリア。その鉄の腕には、刃のない剣が握られていた。
それを見た途端、レディアの注目がそちらに集まる。彼女はほんのり頬を染め、再びあの艶かしい表情を浮かべていた。
「それが噂の「静寂」の神牙――『純心』。あぁ、なんて鋭い魔力、流石ですわ。でも……刃がないのはどういうことかしら」
「お眼鏡にかなったようで何よりですよぅ。けど、残念ながらこれは愚者には見えない刃ってやつなので」
「うふふ、言ってくれますわね。ま、構いませんわ。それが神牙であることが重要なんですもの。是非ともお譲り頂きたいわ」
「寝言は寝てから言ってほしいかな」
冷戦のように言葉の斬り合いを始めた両者。魔力をぶつけ合う間もなく、冷ややかな空気が流れ始めた。
☆。.:*
フィルクルを追いかけ行き道を走ること数十分。道中激しい雷鳴や轟音が響く。ソラがライアと接触したのだろう。
「ウィン!神座まであとどんくらいだ?」
「もうすぐです!」
「お前さっきもそれ言ったからな」
「師匠が聞くの早いんだよ……5分も経ってないって」
その直後、「あ」と間抜けな声を出して立ち止まるウィン。その目はまっすぐ前を見据え、戸惑うように揺れていた。
つられて前を向けば、目の前に聳え立つ石造りの建造物。ところどころ苔むしたりヒビが入ったり、時間を感じさせる重厚な壁。神が息たえた最後の地――神座を祀るための神殿だ。
氷神とも呼ばれる『静寂』の神の本拠地。気温の変化に疎いシアンでも、この場の空気が他より異常に冷たいことがわかる。
「師匠。提案です」
「なんだ」
「帰ろう?」
「は?」
「だってヤバいもん!絶対とんでもないやつ中にいるってぇ!!死んじゃうよぅ」
突然何を言い出すかと思えばまた情けないことを。怒りよりも呆れが上回ったシアン。すでにフィルクルは内部に侵入しているのだろう。ならばここで立ち止まる意味はない、早々に彼女を取り押さえなければ。
シアンは泣き喚くウィンの忠告を無視し、叫ぶ彼の首根っこを引っ掴みながら進む。真っ白い雪に弟子の引き摺られた後を残しながら神殿に足を踏み入れた。
中は酷く殺風景だった。神の墓も同然なのだから、もっと供物や眷属に囲まれているものだと思っていた。しかし実際は、だだっ広い空間の中央に一つの大樹が生えているだけ。
それは普通の広葉樹に思えるが、よく見ればその葉や枝の一部は薄氷のようで鼓動するように輝いている。一つの幹に本来の体と氷の体、二つが共存しているかのような大木。――そう、アイシハイクの町の中央にある木と同じものだ。しかしそれ以外には何も無い。否、正確に言うなら奥に続く扉と屋内なのに積もった雪と足跡がある以外。
『静寂』の神にふさわしい、物音一つしない異質な空間だった。
「これ、町の中にもあったよな」
シアンは大木の前で足を止め、青白く光る枝葉を見上げた。そして、床は足場が見えないほどの積雪だが、枝には雪が積もっていないことを見るに、雪の発生源はこの木なのだろうと予想をつけた。
「あ〜、これが神座ですよ。つまりスノーマンの親……っていうか本体。誰も見たことはないけど、言い伝えではスノーマンはこの木の枝から生まれ落ちるらしいです」
「木の実かなにかか?」
ウィン曰く、『静寂』の神の神座であるこの大木の枝が折れ、雪が集まることでスノーマンが生まれるらしい。枝はスノーマンの核、鼻の部分に当たるとか。
「これはあくまでボクの鑑定結果なんだけど、スノーマンは個体ごとに差があるように見えて、情報は全て共有されてるみたい。一つの個体に与えられた影響は、この木を通って他の個体に伝達される。少なくとも雪の上にいる限りはそうなってると思う……多分」
「お前が見た結果ならそうなんだろ、自分の魔法を信じろよ」
「だってぇ…………誰かに確認しようとしても誰もわかんないって言うからぁぁ」
自己肯定感が低いきらいはあったが、ここまで酷いとは。しかし彼の目はバルフィレム軍務の中でも最も正しく物を捉える力を持つ。その彼が言うのだからほぼ確定だろう。
「とにかく、その説明があってることを仮定すると、一つが怒りを抱いたら他も怒るってことだな?」
「どうだろう。そこの出力部分は個体差ありって感じ」
「よくわかんねぇなぁ……」
神の眷属は今だ謎が多い。今、深く考えるのは時間の無駄だろう。少なくとも、スノーマン達が人を襲い始めた理由がレディアに殺された個体の感情によるものである可能性が見えただけよしとしよう。
雑談を交わしながら神殿を探る二人。入った時は気が付かなかったが、この大木の根元にはコードのような紐が巻きついていた。
そのコードの先を辿ると、奥の部屋に続く扉に続いている。足跡も同様に続いていた。
「あの女はこの先か……」
この先にフィルクルがいるのは間違いないだろう。確認と覚悟を決めるように、シアンの口から言葉がこぼれ落ちた。
「うーん、それは間違いない感じだけど、なんか様子が……ヤバいぃ帰りたいぃ」
「この期に及んでまだ言うか。いい加減腹くくれ」
泣き言を言っているものの、彼はその性格ゆえかシアン以上に異変への察知が早い。既に自身の得物である銃を構え、臨戦態勢である。
シアンも持っていた剣を握り直し、警戒しつつ奥への扉に向かう。例の鼓動するように光る大木は、時間が経つにつれ苦しむように発光の頻度を上げる。それと共に、背筋を這うような悪寒と、頭の中で心臓を掻きむしりたくなるような悲鳴の如き音が響く。
のしかかる重圧に耐えながら、何とか扉を開いた。
「………………なんだあれ」
扉の向こうに広がるのは、巨大な雪とコードと機械の塊。よく見れば雪だるまのような部位が見えるも、反応は無く、本物の雪だるまのよう。
人間で例えるなら、何人もの人間の腕や足、頭を無理やり縫い合わせたような化け物。
頭の中の悲鳴が強くなる。全てを拒むような強い感情が流れてくる。
おぞましい生物のような何かの足元にフィルクルはいた。
「あ〜…………来ちゃった。もうちょっとで終わるはずだったのに」
おどろおどろしい背景に似合わぬ、可愛らしい膨れっ面をする少女。欲しいお菓子を親に買って貰えなかった時のようなその表情は、この状況にあまりにアンバランス。それが化け物の不気味さを助長している。
「邪魔して悪ぃなお嬢さん。けどそんなあからさまにヤベぇもんを黙ってほっとく訳には行かねぇんだわ。なぁウィン、お前の目から見てあれは何だ?」
「ひぇ……怖すぎ、視界に入れたくないんだけど…………多分スノーマンの集合体って感じだよあれ」
ウィン=ジートゥルの得意魔法はいわゆる鑑定。対象のステータスや状態を見ただけで判別する、本人に似た非戦闘向きのものだ。現に今、化け物を薄目で見ながら冷や汗を垂らしている。それもすぐに建物内に充満する冷気で凍ってしまったが。
「見た感じ、そうだな……強いて特性をあげるなら『神性』、『寒冷』、『機械生命』ってところ?無理やりスノーマン達を機械で繋いだ挙句、神座からなにかエネルギーを吸い取ってる最中って感じ。今見えてるスノーマン達はその抜け殻に近いかな……嫌すぎる、帰りたぁい」
「うぇ、なんでそこまでわかるのキモ〜。でもその通り〜」
ウィンの解析結果にフィルクルが手を叩いてはしゃぐ。なかなか業の深いものを作ってくれたようだ。
ギシッと音を立てて動く化け物にウィンが小さく悲鳴をあげた。
「あんなの倒すとか無理だよぅうう。だって知ってる?スノーマンって強いんだよ?!おれ喧嘩したことあるもん、ボコされたもん。アイツもう覚えてないだろうけど。スノーマンってニワトリ級の鳥頭だし。それがあんなに居るんだよ??」
「やかましい」
「きゃはは!何お前いきなり語り出すじゃんマジでキモーい、コミュ障かよ」
「あぁぁー味方が居ない!」
怒るシアンと嘲るフィルクルに、「あまりに酷い」と叫ぶウィン。この状況であってもペースが崩れないのは、ある意味彼の強みかもしれない。
ひとしきり叫んで満足したのか、彼は唐突に脱力した。悩むような呻き声をあげるウィン。
「でも、あの中に友達だったヤツらもいるんだよな……ああああ!じゃあやるしかないかぁ」
自身のウェーブがかった髪を狂乱者のように掻き回しだす。漸く気分が整ったのか、彼のスナイパースコープのような眼光はしっかりフィルクルに狙いを定めていた。
「もういいのか」
「お待たせしてすみませんね!三番隊副隊長ウィン=ジートゥル、現着です」
銃を握り、一歩前に出る。あの情けなさの体現とも言えるウィンが、自分から。一瞬も敵から目を離さずに。
「アイシハイクの人間として、バルフィレムの守り人として、アンタを見過ごすことはできない感じなんで――――どうぞこれにてお覚悟を」
今まで教えてきたことは、無駄ではなかったのだ。
シアンは初めて教え子の背を頼りになると、そう思えた。




