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氷炎護リ人  作者: 有麻環
四章 アイシハイク編
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4章 10 幕開け

「ちょっ、シアン?!何言って……」


 尋問のような声に葉が焦った。

 しかしシアンの耳には入らない。今、シアンの頭にはいくつもの思考が混濁し、渦を巻いていた。濁流の底には何があるのか、女の答えで全てが決まる。

 女の視線がシアンとかち合う。真意を探り、探られる。数秒にも満たない静かな睨み合いの後、女は俯き、その桜色の健康的な唇が震えた。


 「ふふ、うふふふふ。あはははは!」


 笑っている。悪意、悪行などとは程遠い場所にいるような、天女の如く美しい女が。嘲るように、企むように。

 葉が唾を飲み、異常を察したトラリアが武器に手をかけた。シアンは一切微動だにせず、女の答えを待つ。


「…………」

 

「あぁら、怖い顔。でもぉ、そんなに熱い感情をお持ちだなんて。あたくし、とても……昂りますわぁ」

 

 その顔は長いこと雪の中にいたとは思えないほど赤く、明く、彼女の高揚を表していた。そしてなにより、もしこの場に男がいれば、まとめて欲に溺れてしまうほど艶めかしく、厭らしかった。

 ふと、停電が起きた夜のように、女の顔から興奮が消えた。彼女は雪を払いながらゆっくりと、しかしなんの障害もなくスムーズに立ち上がった。そしてその目をシアンに向ける。


「そうですわね――――そのガイドのお方。幻でも見ていたのではなくて?」


 嫌な予感ほど当たるものだ。女の回答は、シアンの弾き出した違和感の正体を裏付けるものとなった。

 無言で剣を取り出す。

 飽くまで落ち着いた思考のまま、シアンは再び女を睨んだ。


「それはつまり、テメェは最初の被害者でもなんでもなく――事の発端……ってことであってるな?」

 

「流石ですのね、『凍結の魔人』。でも、察しが良すぎるのも考えものですわよ?せっかくの劇が台無しですもの」

 

「そりゃあ悪ぃことをした。こっちも急いでたもんでよぉ」


 女はシアンの異名を口にした。『神殺し』に並ぶシアンを形容する代表的な肩書き。名乗る前にそれを言ったということは、彼女はシアンの容姿を知っていたのだろう。


(誤魔化しもしないとは……。初めからバレるのは織り込み済みってことかよ)

 

 ふつふつと、ここ数日溜まっていた怒りが湧き上がるのを感じる。剣を握る手に力が入り、今にも切りかかりそうになる。


「えっと……え?どういうこと?幻って…………事の発端?」


 話についていけてないらしい葉が戸惑いの声を上げた。無理もない、先程まで誰よりも弱々しく見えた庇護すべき人間が何故か黒幕のような顔をして立っているのだから。


「つまりだな、ミスターステイルが聞いたっつうガイドくんの証言は全部幻なんだよ。観光客も、もう一人のガイドってやつも、おそらく被害には合ってない」


 尚頭にハテナをうかべる葉にトラリアが補足した。

 

 「けど実際町では被害が起きてる。戻ってきた彼が言った『何もしていないはずなのにスノーマンが急に襲ってきた』っていうのは、多分半分正解、半分不正解。確かにスノーマンは襲ってきた。けどそれは()()()()()()()()()()()()()()んだよぅ」

 

「じゃ、あ……もう一人の観光客は…………」

 

「どっかで見てるか、別行動か。ガイドは……下手すりゃ存在ごと幻かもな」


 思い出されるのは昨日の町長の言葉。彼は戻ってきたガイドはしっかりと認識していたものの、もう一人に誰をつけたか覚えていないようだった。行方不明になった町の人間を一週間で忘れることがあるだろうか。もしそうだとすれば、あの町長はあまりに薄情な人間ということになる。


「危害は加えないと言った手前申し訳ないのですが……ここから先、返答次第では武力行使もやむなしですよぅ」


 先程まで至極丁寧な対応を心がけていたトラリアも、すっかり警戒モードに入っている。彼女は静かに女を見つめた。


「教えてください、レッドファンドさん。貴女、何をしたんですか。スノーマンを怒らせるような何か……その手に持っている物と関係、ありますよね?」


 トラリアの視線から避けるように、女は肩にかけていた上着を綺麗に折り畳み、律儀にも葉へそれを返した。


「その前に、再び言わせて?ありがとう、茶髪のお嬢さん。上着をかけてくれた心が何より素敵よ。

 そして、小さな隊長さん。これが気になるのね?貴女ならすぐにわかると思ったのだけれど……」


 出会った時から大事そうに握りしめている円錐形の何か。鬼の角のような、人参のような、どこかで見たことがあるが、シアンにはそれが何かまでは思い出せなかった。

 しかしトラリアは女の言葉通り、すぐに気がついた――否、気がついてしまったらしい。普段温厚な彼女が目を見開き、顔を青くしたかと思えば今度はすぐに赤くなった。武器を握る金属の手が音を立てて震えている。寒さではなく、怒りなのだろう。呼吸が荒くなっていた。


「まさか……それは…………スノーマンの核、ですか」


 スノーマンの核。その言葉でシアンも思い出した。円錐形のそれは、スノーマン達の鼻に着いていたということを。よく見ればそれには、氷のような透き通った外郭の中に、芯の様な小枝が見て取れた。

 『静寂』の神(ベルナイース)の神体は大樹と聞く。その眷属がなぜスノーマンなのかと思っていたが、本体が枝であれば、確かに納得はできる。

 問いかけてはいるが、本人の中で確信は着いているのだろう。トラリアはシアン同様、女の一挙手一投足も見逃さないと言うほど真剣な眼差しだった。


「その通り。緋氷石ももちろんだけれど、あたくしのホントの目的はこれですもの」

 

「それを持ってるということはつまり……スノーマンを殺したんですね」


 トラリアが震える声で確認を取る。疑わしきは罰せずを貫く当たり、まだ場合よっては保護対象になると認識しているようだ。

 震える声を何とか抑えるように、トラリアが言葉を絞り出した。


「何の……何のために?」

 

「お姉様の悲願のため……と言っておきましょうか」

 

「お姉様ぁ?……てこたぁ、あんたの宝石屋とは別件の組織ってことか。神の残骸なんぞ何に使うのやら…………」


 『真紅の蝙蝠』はレディア=レッドファンドが一代で立ち上げたブランドだ。そのオーナーでもある彼女に、お姉様と呼べる立場の人はいないだろう。

 しかし、それが別の組織となれば話は別だ。

 先日のフィブルのように、八神の力を求める組織はいくつも存在する。目の前のこの女が、その組織の一員だとしても、なんらおかしなことでは無い。


「つまり、あんたがその核欲しさにスノーマンを殺し、奴らは同胞を殺された怒りに飲まれて人間を襲った……って辺りか。とんでもねぇ事してくれやがって」

 

「うふふ。純粋な神の眷属にも感情があることを、あたくし初めて知りましたわ。それも、あんなにすっごく暑い想いだなんて…………はぁ」


 女は何やら興奮気味に己の記憶をなぞり、堪えるようにぶるりと身を揺らした。

 対して、いい加減保護対象と見做せなくなったのか、トラリアは武器を構えて今にも飛びかかりそうだ。幼い頃からの友人を殺され、愉悦に浸られたら誰だって怒るだろう。軍人としての規則か、本人の礼節か、寸前のところで堪えてはいるがその様子は正に虎のようだ。

 

 しかし、その怒りは女を悦ばせるだけだった。


「いい、いいわぁ。トラリアさん、でしたっけ?小さな隊長さん。貴女の感情もとても快い。そんなところで抑えてないで……『全部あたくしに曝け出して!』」


 雪も溶けそうなほど興奮した女に、シアンも一瞬くらりとした。酒を飲んだような酩酊感、欲情するような火照り、そして溶岩が煮えたぎるのような憤怒。様々な感情が何倍にも膨れ上がる。おそらくは女の魔法だろう。

 トラリアは獣のように怒り、葉は……いったい何を感じたのか真っ青になって震えている。目の焦点があっていない、恐怖を抱いた時の顔だ。


(クソったれ!!思考が揺れて何考えればいいかわからなくなる……!)

 

 ここでもう一人の観光客――女の仲間が来れば、間違いなく成すすべなく逃げられる。否、逃げられるだけならば御の字だ。奴らが神に連なるものを探しているなら、トラリアの神牙を盗られる可能性もある。単純に迷イ人である葉を攫う可能性もある。最悪の想定をする理性とは裏腹に、なぜだか女に傅きたいような気分にもなってくる。魅了や洗脳といった精神汚染のようなものだろう。抗い難い激流に押し流される前に、どうにかして女の魔法を止めなければ。

 「いっそ腹でも切ってしまうか。どうせ不老不死の己なら、傷なんてすぐに治るだろう」と剣を逆手に持つシアン。痛みは最大の覚醒剤にもなる。思考が完全に閉ざされる前に……と覚悟を決めた。――その時だった。


「ひぃ――――――やっはぁ――――――!」


 けたたましい叫び声と共に何かが飛び出してきた。

 森の奥から現れたそれは、一直線にシアンへ飛びかかる。

 その大声で意識が現実に戻ったシアンは、腹を裂こうとしていた剣でなんとか衝撃を受け止めた。

 金属がかち合う音が響く。

 雪を巻き上げ、吹き飛ばされる。

 なんとか体勢は崩さないが、雪の間から見えた、よく知る顔に目を見開いた。


「な……にすんだ、ライアぁ!!」

 

「あっはははは!やっぱシアンに不意打ちは無理か〜」


 見間違えるはずもない。そこには、生まれた時から今の今まで、700年以上を共に生きた双子の片割れ――ライア=ディアスタシアの姿があった。

 赤髪の女を守るように前に立つライア。手に持つのは彼女の相棒(カグツチ)ではないにしろ、それなりに使い込んでいる双剣。状況だけならば、どこから見てもライアはレディアの味方である。


「テメェ……まさか…………」

 

「うっふふ、流石は『凍結の魔人』と対をなす化け物、『天焼の魔神』。その感情の昂り、実に頼りになりますわぁ」


 問い詰めようとしたシアンの言葉に、レディアが続いた。そして、その言葉はライアの状況を表すにほかならない。

 当の本人はいつも通りニコニコと何を考えてるかわからない笑みを浮かべている。肯定もしなければ否定もしない。

 収まっていたはずの怒りがまた湧き上がる。

 ギリギリと歯を食いしばり、シアンはライアに剣を向けた。

  

「テメェってやつはどうしてこう、嫌なタイミングで敵に回るかな!!ほんっと腹立つぜ」

 

「あっはは!まじで楽しくなっちゃうな、本当に!!」

 

「あぁクソ、話が通じねぇ!」


 本人の意思か、暴走か。いずれにせよ今のライアは、間違いなくシアン達と敵対する腹づもりだろう。

 ライアを倒して、混乱するトラリアと葉を庇いながらレディアを捕まえる……なかなかハードな状況だった。そんな中、敵は更にシアンを追い詰める。

 小動物が草を掻き分けるような音と共に、新たな声が響いた。


「あれぇ〜、レディアもう化けの皮が剥がれちゃったの?」

 

「フィルクル……あれは演技って言うんだ。じゃないと姉様怒るよ」


 二人の小柄な少女。一人はゴーグルをつけ、煤で汚れたやんちゃな印象。もう一人は霜の降りた朝のように儚げな印象。後者は見ようによっては美少年にも思える。

 レディアの知り合いということは、もう一人の観光客と消えたガイドか第三者か。とにかく敵が増えたことに変わりはない。


「フィルクル、冬、そしてライア。皆様いいところに来てくださいましたわね」

 

 鈴のような澄んだ声。それは唐突に鳴らされた戦闘開始の合図と同義だった。それぞれの感情が渦巻く中、ただ一人――レディアだけがうっとりとした顔で告げた。


「さぁ、幕を上げましょう。本当の劇はここからですわ」

 

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