4章 9 雪の中の赤い違和感
町は案外静かだった。
発狂したオウムのように喧しかったスノーマン達も今日は静かで、耳をすませば小さな世間話も聞こえる。
『今日ノ天気ハ?』
『雪ダルマ!』
『明日ノ天気ハ?』
『多分晴レ!』
『『ワハハハハ』』
(何だこの中身のない会話……)
幼体だろうか。一メートル弱程の二段スノーマンだ。天気の話でここまで楽しげに笑うやつは初めて見た。相変わらず耳に入るのは雪を固めたようなギュッという音だが、他の個体も大抵似たようなことを話している。昨日シアン達を襲ってきたのが嘘のように穏やかだった。
正直疑っていたが、着ぐるみを被ればバレないと言うのは本当らしい。現に、今前から向かってくる二メートル級のスノーマンはフンフンと鼻歌らしき音を出しながらシアン達の真横を通り過ぎて行った。
これが彼らの普段通りなら、確かに人間と共存できていたのだろう。会話が弾むかはさておき、傷つけ合うような関係ではなかったはずだ。
(トラリアがあいつらを救いたいと思うのもわかるな……。けど――)
あの中に人間が閉じ込められているかもしれないと思うと、腸が煮えくり返る思いだ。今にも叫びそうになる。
耐えるように手を握りしめ、前を進むトラリアと葉を見失わないように着いていく。
全く、よくできた着ぐるみだ。足元をよく見れば違いはわかるが、パッと頭を見ただけでは本物と見分けがつかない。
人の列からすぐさま外れて行方不明になるライアは、普段こんな気分なのだろうか。否、アレはきっと見分けは着いた上で道を逸れ、少しくらいなら戻れると謎の自信を持って消えるのだろう。
(そういえばアイツ、今何処にいるんだ?町長が町を封鎖してるなら、近い場所には居そうなもんだけどな……)
半分忘れかけていた片割れのことを思い出しながら前へ進む。気づけば周囲に家はなくなっていた。
「よし、漸く町を抜けた。ここから先はスノーマンの数が減るから会話くらいなら大丈夫だよぅ。周辺警戒しつつ対象が見えたら一旦黙る、ね」
「りょうか…………くしゅん!」
「葉姉大丈夫か」
「大丈夫。さっきから髪がかかったせいでずっと鼻がムズムズしてて、我慢してただけだから」
「一回脱げば?トラリアも」
「そうするよぅ。流石に暑くなってきた」
スノーマンの巣窟たる町を出たことで、一同に余裕が出来た。しかし、この先に舗装された道はなく、神殿までは森の中を進む他ない。ただでさえ動きにくい着ぐるみに、足を取られる雪道。加えてけもの道とくればコンディションは最悪だ。落ち着ける時に落ち着いておくのがいいだろう。
トラリアと葉が一度着ぐるみから頭を出す間、警戒するように辺りを見回すシアン。真っ白な雪の合間から、ところどころに血のような赤色の結晶が覗いていた。
「あれが件の緋氷石か。見事な赤だな、でもすげぇ冷たい」
「アイシハイクの名産品だよぅ。冬の仕事はもっぱらこれの加工だからね」
夏の今ですらこの雪景色。雪の町たるアイシハイクは、冬になれば家を出るのも大変になり、作物は全くと言っていいほど育たない。そのため、冬の収入源のほとんどはこの緋氷石を装飾品に加工することだそう。魔力を豊潤に蓄えているこの石は、下手に弄ると魔力が溢れ出し爆発する危険物にもなるそうだ。要は獣の毛皮とか、マンドラゴラのような下処理が必要なパターン。
(高い金を払ってまでそんな爆弾じみたものを購入するセレブの気持ちはわからんな)
ちなみに、夏は普通に農作をしているそうだ。適度な雪がないと育たないこの地域特有の野菜があるのだとか。
閑話休題。
緋氷石があるということは、観光客もとい、第一被害者が消えた場所が近いということ。シアンは神殿があるであろう方向を眺めた。
すると、森の奥、赤い何かが揺らめいた。
「…………トラ、葉、なんかいるぜ。警戒しとけ」
「――!」
「まさか、スノーマン?」
「いや、多分違う。あれは……」
緋氷石と同じ色。鮮血とも言えるような艶やかな紅。それは髪だ。一瞬、昨夜のトラリアの『出る』発言を思い出し、背筋が冷たくなった。しかし、遠目ではあるが、シアンの目は確かにそれを「人間」だと認識した。
「噂の範疇だがよ、確か『真紅の蝙蝠』のオーナーは赤毛の女。だったよな?」
「え?あぁ、うん、確か。それがどうし…………」
「あ、あの人……」
二人も気づいたらしい、シアンの視線の先に見える赤毛の女の姿に。
「スノーマンに食われたって聞いてたんだがなぁ」
「どうにかして助かったのかもしれない!話を聞きに行こうよ」
「そうだね。スノーマンは怖くなってるかもしれないから、念の為着ぐるみは全部脱いでいこう」
早る葉、声には出さないものの明らかに安心したという顔のトラリア。シアンはその後ろで走り出す二人を見つめた。
(なんだ?妙な違和感っつぅか、嫌な気配があるような……)
初めから、全ての仮説が間違っているような、何か重大なミスを犯しているような。拭いきれない不安を抱えたまま、シアンも女に近づいた。
☆
「間違いないよぅ。『真紅の蝙蝠』のオーナー、レッドファンドさん。ですよね」
「え、えぇ。その通りですけれど、貴女方は?」
「とりあえずこれ、着てください。今着てたやつですけど……すみません」
「謝らないでくださいな。とても寒かったの、ありがとうお嬢さん」
その女は随分と薄着だった。何も分かっていないという顔で、一人震えて雪の上に座り込んでいた。手にはひどく大事そうに円錐状の何かが握られている。
それはまるで悲劇のヒロインのようで、これを疑うなど人の心がないのかと思うほどに弱々しい姿だった。何より醜美に興味が無いシアンでさえも引き込まれる、上品で、麗しい容姿がそれを加速させていた。
自身の剥き出しになった肩を抱きしめ、歯を鳴らす彼女に葉が自身の上着をかけた。最悪、葉は着ぐるみがあるから寒さは耐えられるだろう。
「わたしはアイシハイクの人間だよぅ。そして、バルフィレム国軍の三番隊隊長、トラリア=ラルジィ。こちらはわたしの友人、安心してください。貴女に危害は加えません」
「そう、軍の方なのね。幼いのに隊長だなんて、立派ですわ」
「幼いってよ」
「シアンちゃんうるさいよぅ」
初見の人間がトラリアを子供だと思うのも無理は無い。何せ本当に外見だけは幼いのだから。当の本人は茶化すシアンに膨れ面をするが、さらに幼く見えるだけだった。
「あたくしはレディア=レッドファンド、肩書きはご存知の通り。可愛い隊長さん、そのご友人さん。見つけてくれてありがとうございます」
「いいえ、お気にならさず。それよりも――」
「まて、トラリア」
トラリアがこれまでの経緯を聞こうとするが、シアンはそれを遮った。
「なぁに、シアンちゃん。怖い顔して。事情はわたしが聞くよぅ」
「イヤいい、私が聞く。ミスレッドファンド。名乗りもせずに失礼するが、一つ聞かせてくれ」
「……なんでしょう」
急かすように心拍数が上がる。
この女を見た時からだ。
違和感は膨れ上がり、不安の根源はここにあると本能が訴える。
「失礼がないように!」というトラリアの視線を無視し、シアンは単刀直入に尋ねた。
「あんたは一週間前にスノーマンに取り込まれたと聞いた。あんたの連れとアイシハイクのガイドもだ。なぁ――あんた何でここに居る?」




